第六話 日常に策動する者
~未来浮島区海上~
「すげえ、こんなにサケが……うおぉっ!」
剛くんが生け簀の足場から固形状のエサをばらまくと大きなサケたちはびちびちと水面に群がった。
それに目を見開く合宿の三人。
なれない人には驚くことが多い。
それを僕とこももは微笑ましく思いながら、分担して他の生け簀にもエサを撒いていく。
「農業実習は聞いた事がありますけど、漁業実習って凄いですねぇ……」
「周りが完全な海だから出来ることだね」
傍にいる忍くんの声に僕はサケの群がり具合を確かめながら苦笑して見せた。
「正直、ここでは工芸品と漁業が盛んだからね。野菜とかは本土から運んで貰わなきゃ行けないから、かなり高いんだよ」
「うわぁ……」
忍くんは顔を顰める。ベジタリアンなのだろうか?
それとも魚が苦手とか?
見ると、シオンさんも顔色は良くない。
「忍くんとシオンさんは、魚が苦手なのかな?」
「あ……いえ、強いて言うなら、海水、ですか?」
「海水? 水嫌いなの?」
僕はエサを撒きながらちらっと視線をやる。忍くんは苦笑を見せる。
「水は……まぁ、好きではないですね。ですけど、海水はもっと好きじゃない」
「……へぇ」
「シオンの好き嫌いが移っちゃったかな?」
「……忍くんとシオンさんって付き合っているの?」
「……ご想像にお任せします」
忍くんは困ったように笑みを浮かべて肩を竦めた。
まぁ、詮索されたくないのかもしれない。
「まぁ、大変そうだったらすぐに休んで良いよ。後は僕らでも出来るし」
あとは成長具合を確認して、先生に報告するだけだ。それでどの生け簀のサケから水揚げするか決まってくる。
「ん……最後までお手伝いします」
忍くんは一つ頷いてそう言う。僕はそっか、と頷くとエサの入ったバケツを指差した。
「じゃあ、全部の生け簀にエサをお願いしようかな」
「はい。小太郎先輩は?」
「ああ、こももと一緒にサケの具合を確かめないといけないから」
「了解です」
忍くんはバケツの方へと歩いていく。それを見ながらこももに手を挙げて合図した。
こももが近寄ってくると、小首を傾げた。
「もう確認しちゃう?」
「うん、もう大きいし……ダメかな?」
「ううん、私もそう思っていたとこ」
ニコッとこももは微笑むと、網を拾い上げて素早く生け簀の中から一匹のサケを掬い上げた。
「……ん、大丈夫そうかな。充分成熟している」
「そうだね……これは三、四日後辺りにみんな来たら水揚げしようか」
「ん、そうね……遅すぎてもいけないし、まだ最後の日だから忍くん達もいるしね」
そのまま他の生け簀も確認する。他は熟成が遅かったりしたが、生け簀の五つほどは充分成熟していた。どうやら近いうちに全て水揚げせねばならない自体は避けられているようだ。
「ありがとうね、今日は」
「いえいえ、お世話になっていますし、御礼には及びませんよ」
生け簀のある海から学園に戻って実習室に戻ると、僕達は忍くんを缶コーヒーで労った。
三人はそれを飲みながら楽しそうに本土の話をしてくれる。が……どうしてだろうか、何か時々言いにくそうに口ごもったりする。
何か三人には秘密があるのかも知れない。
「あ、そうだ。少し、ドリームを観光していくかい? いろいろ見られるよ」
ふと思い付いて言うと、忍くんと剛くんは顔を見合わせた。
そして、遠慮がちに忍くんが言う。
「良いんですか?」
「構わないよ。といっても、観光地と言ったら展望台と原生林、あとは浜辺と港ぐらいかな……」
「他はどうなんですか?」
「一応、農地と商店街、それと住宅地が三分の二を占めているから」
「へぇ……」
「まぁ、こもももいるし、原生林の方に行くかな?」
「あー……あー、いや、今日はちょっと止めた方が良いかも」
こももが気まずそうに視線を逸らして言う。
「……そうか?」
気になったが、彼女がこう言う時は『言いたいけど言えない事がある』という状況だ。後で二人になったときに聞くのが一番良さそうだ。
僕は眉を顰めながらも少し考え込んで別案を出す。
「じゃあ、浜辺と港を回って住宅地をちょこっと通って最後に図書館を案内して今日はお開きにするかな」
「あ、図書館ってあるんですか?」
心なしか忍くんは顔を輝かせて言う。
「うん、まぁ、資料館に近いかな。美術館と博物館を一緒くたにしたような施設だよ」
「ほうほう」
剛くんが興味深げに頷いて見せる。良かった。興味を引かれたようだ。
「じゃあ、早速行ってみるかい?」
「はい、お願いします」
忍くんがニコリと微笑む。その微笑みは、どうしても謎めいたものに見えて仕方なかった。
~未来浮島区小太郎宅~
小太郎は日中はずっとその合宿の生徒に島を案内した。
浜辺、港、住宅街……。
そして夕暮れに解散し、そのまま小太郎は家に帰宅すると傍らにいたと思しきネズミに声をかけて食事をした。その際、ネズミは青年の姿……レイズとなっていたが。
その後、就寝。
レイズは一人室内でぼんやり窓を眺めていた。
が、ふっと部屋に誰かが入ってくる気配を感じ取って、レイズは振り返る。
「……遅かったな、隆史」
「ああ、ライラの足取りまで探っていたからな」
はたしてその通りか、部屋の中にそっと一人の青年に入ってきていた。マントの姿がその部屋にはとても不釣り合いである。
「どうだった?」
「いた。カオルが匂いを拾ってくれた。だが、どこかに身を隠しているらしい。見つけられなかった」
「マジか。しかしおかしいな……警戒しているにしては変だな」
「だよな。ライラの匂いをカオルが拾った、ってことは僕に自分を見つけて欲しかった、ってことは違いないと思うんだ。だけど、そこから足跡を絶って隠れている、ということは……」
「敵に、追われているのか」
「多分、昨晩の黒い塊が絡んでいると思う」
「ああ、昨日言っていた奴か……。ああ、それと隆史。怪しい奴がこいつの学園に来ていた」
「……怪しい奴?」
「そう、合宿とか言って入り込んできていた」
そうしてレイズは学園にいた、忍一行のことを伝える。そして付け加えるように自分の考えを告げた。
「恐らく、あれは俺らに絡んでいる。敵かどうかは分からねえが……」
「……今から探ってこよう。学園で合宿しているんだよな?」
「ああ」
「行ってくるから、レイズも来い。それと、アメリ」
「はい」
青年の声に、暗がりから誰かが答える。
「アメリは小太郎くんを。外でまた黒い塊がうろついていた。家まで襲撃をかけるとは思わないが……守っていてくれ」
「はっ」
「じゃあ、行くぞ。レイズ」
「おう」
そうして、闇夜に二人の青年が溶け込んでいく。
しかし、策動する者は、彼たちだけではない。
他の者達も、動いていた。