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第五話 とある生徒の合宿

   ~未来浮島区小太郎宅~


「ん……あぁ……」

「お、目が覚めたか」

 耳にパタン、と本が閉じられたような音が響く。

 それに僕の意識は完全に覚醒を遂げる。

 僕は身体を起こすと、視線を彷徨わせてソファーに腰掛けて本を持っている青年を発見した。

 無感動にそれを眺め、ふと昨日の記憶を思い起こした。

「……レイズ、さん?」

「おいおい、さん付けなんて気色悪りぃ、レイズで良いよ」

 茶髪の青年は手を振って苦笑する。そして本のテーブルに置くと立ち上がった。

「コーヒーでもいるか? それぐらいは俺にも出来るぞ」

「あ……やって頂かなくても……」

「敬語もやめろ。ていうか、遠慮すんな。どうやら、俺とお前の間柄も不本意ながら一日二日だけじゃなくなるみたいだからな」

「え……? それってどういう……?」

「明け方、隆史が帰ってきた。端的に説明するぞ」

 レイズはそう言うと台所でいろいろと覗き込みながら説明する。

「隆史とカオルはここの島を軽く探ってみたらしいんだが、どうやら結界に近いものが張られているらしい」

「け、結界?」

「そうそう。それでそれを破るにも複雑な術式を組まないといけないらしい。カオルがその材料を探してその術式を構成するらしいから、まぁ、最高でも二ヶ月は一緒にいることになるぜ。まぁ、その前に隆史が解決手段を見つけたらまた別だけどな」

「あー……じゃあ、この部屋の鍵を渡した方が良い、のかな?」

 僕がそう訊ねると、レイズは小首を傾げた。

「何故? 俺はいつでもお前の傍にいるぜ。隆史は小太郎のいるときしか帰ってこないし」

「そ、そうか……? というか……学校まで一緒っ!?」

「当たり前だろうが……まぁ、猫か鴉か、普通の動物になって一緒に行くから安心しな」

「……安心して良いのか?」

「良いに決まっているだろ。俺がいるからには大船に乗った気でいろ。お前には恩人だからな!」

「はいぃ?」

 何で恩人なの? 僕何もしていないけど。

 すると、レイズはよよと手で顔を隠して泣く仕草をした。

「隆史の暴挙はいつもひどくてだな……暇があれば俺をこき使うわ、気に入らなければいじめてくるんだ……なんてひどいのだろうか……」

「は、はぁ……それはお疲れ様で……」

「うう……あ、それでコーヒー豆ってどこにあるんだ? 探しても見つからんが」

 ひとしきり泣く仕草を終えると、顔を上げて台所をごそごそと探しながら訊ねてきた。

「ないけど」

「は? じゃあどうやってコーヒーをいれろと?」

「インスタント、で」

「インスタント? 即席?」

「そう。戸棚の上にガラス瓶の容器ない?」

「ああ……これか。あ、コーヒーの匂い」

 レイズはそれを取り出して蓋を開けてすんすんと匂いを嗅ぐ。

「それにマグカップ辺り一匙、その粉末を入れてお湯を入れるだけ」

「おお、心得た。マグカップに注いで……お湯は……よっと、よし、沸いた」

 ……え?

 一瞬で、今、沸いた、って言った?

 僕が戸惑っていると、レイズはマグカップを持ってテーブルに置いた。その中にはぐつぐつと煮え立ったコーヒーが入っている。

「まぁ、冷めたら飲んでくれ……で、今日は出かけるのか? 学園とか?」

「あ……おう、今は秋休みだから自由登校だけど」

「秋……休み? ああ、隆史から聞いた事があるな。農業の手伝いをするための休みとか」

「あながち間違いじゃない、かな。ドリームでの秋休みは漁業のためなんだ。ここの住民の半分以上は漁師だから」

「ほう」

 かく言う僕も、学園の実習として養殖をこの秋休み中に何回かやらねばならない。

 春に卵から孵した稚魚ももう立派な成魚だ。名残惜しいが、最後の世話をして水揚げせねばならないし。

「今日は行こうかな。船を出して貰えれば生け簀を見に行きたいし」

「おう、分かった……魚か、新鮮なのを食っていなかったから楽しみだぜぇ……ふふふ……」

「……食わないでね?」

 僕は嫌な予感を感じながら出かける準備していった。


「……ん?」

 ドリームの学園、夢空学園の第七実習室へと僕が入ると、そこには三人の男女が仲が良さそうに話していた。

 この実習室は組が同じ人と座学をするためにあるが、見覚えのない生徒だ。しかも、夢空学園の制服とは別の制服を着ている。正直、そんなのはどうでも良いが。

 彼女はまだ、いないようだ。

「……ん? あ、ちはー」

 と、一人が入ってきた僕に気がついて手を振ってきた。

「……ども」

 僕は頭を下げて近寄ると、手を振ってきた少年は馴れ馴れしい笑みを浮かべて話しかけてきた。

「えと、ここの生徒さん? 僕ら、合宿でここに来たんだけど」

「はぁ……どこの?」

 半信半疑ながら学校名を訊ねるが、答えられた学校は記憶にない。どうやら本土の学校らしいのだが……まぁ、知らずとも当然か。

「ま、知らないよね。マイナーだもん。それでさ、世話になる御礼に実習の手伝いをしろ、って言われているんだけど……」

「ていうか、馴れ馴れしすぎだろ、剛」

 と、不意にその少年に後ろから別の少年が近寄って彼の頭を叩いた。

「あいたっ」

「ここは高校なんだから先輩だろ? 全く……」

 その少年は肩を竦めると、フレンドリーな少年を後ろに引き下げて僕の前で頭を下げた。

「申し訳ありません。ご無礼を働きまして」

「ああ……いえ……」

 よくついて行けないが、この子となら話が通じそうだ。

「ええと……星夢学園に五日間、合宿をさせて貰うことになる、先程申し上げました学園の中等部二学年に在籍しております、(ひかり)(しのぶ)です。こちらは羽賀(はが)(つよし)で、あっちがシオンです。よろしくお願いします」

 光、忍……珍しい名前だ。思わずそう思いながらも反射的に自己紹介を返す。

「ご親切にどうも。僕は星夢学園の二年七組の佐藤小太郎です。えと、先程の実習を手伝う、というのは……?」

「何も聞いたとおりみたいだわ」

 背後から不意に声が響く。

 振り返ると、そこには同級生の竜宮こももが教室に入ってきていた。

 黒髪のツインテールを揺らしながら入ってくる。可愛らしく生真面目なので定評があるのだが、今日はその顔に疲れが浮かんでいる。

 その顔を見て思わずほっとすると同時に心配になる。

「どうした? こもも。疲れているみたいだけど」

「ちょっとね……どこぞの軍師が突然ご訪問になってね」

「は? 軍師?」

「ううん、こっちの話」

 こももはそう苦笑して言うと、僕の横まで歩み寄って忍くんを見る。

「えっと、光忍くんね。先生から話を聞いたわ。私はここの教室の委員長をやっている竜宮こももよ。よろしくね」

「あ……はい、佐藤さんに竜宮さん、よろしくお願いします」

 忍くんはきっちり頭を下げる。そして彼が視線を上げた瞬間、思わずぞくりと悪寒が走った。

 昨日の黒い塊と対峙したときと似たような感覚。

 恐怖を越えた恐怖が身体を襲う。

「……コータ? どうしたの? コータ?」

 肩を叩かれる感触に、我に返る。

 焦点を合わせると、こももが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫? 何かぼーっとしていたけど」

「いや……ちょっと不思議に思ってさ」

 僕は慌てて取り繕うように言う。別に取り繕う必要はないのに。

「何で手を貸してくれるのかな……ああ、いや、迷惑な訳じゃないけど、こっちだってそれなりに人員はいるし……」

 このクラスには三十人、人員がいる。部活で何人かがかけても十人ぐらいいれば充分実習は出来る。

 だが、こももは首を振った。

「それがね、水球部が今日から五日間、合宿なの」

「あ……あー……」

 うちのクラスの大体の男子は水球部に属している。つまりそれはおおよそ、三分の二の人員だ。

 なるほど、それで補欠に入るという事になる訳か。

「オマケに、女子バスケも今日から三日間、合宿。だから来られるのは貴方と私、あと、留美子と久枝と洋子だけよ。その三人は一週間も本土旅行って……! 何でこんなに重なるのかしら……」

「……それで、先生が気を利かせた、と」

「そゆこと」

 僕とこももがため息をついていると、ととと、っとさっきまでじっと僕らを見つめていた、シオンとかいう少女が歩み寄ってきた。

「……聞いて良い?」

 不意の質問に僕らは面食らうが、こももはすぐに頷く。

「良いわよ」

「二人って恋人なの?」

「ぶっ!」

 不意打ちに思わず狼狽える僕。こももは顔を真っ赤にしてあわあわ言う。

「そ、そそそそ、そんなはずないじゃないっ! ねぇ! コータ?」

「そそそそ、そうだよ、そんなはずないしっ!」

「……そっか」

 何故か、シオンさんは得心したような顔で頷くと、忍くんの後ろにすすすっと場所を移動した。

 ……よく分からない子だ。

「と、とにかく……ええと、実習、だよね?」

 面食らっている少年二人にとりあえず、言葉を続けるとこももは物凄い勢いで同調した。

「そ、そう! 実習しに行かなくちゃ! ふ、船の鍵貰ってくるからちょっと待っててね!」

「は、はい……」

「わ、分かりました……」

 二人は全くついて行けない様子だ。

 こももが脱兎の如く、教室を飛び出ると、僕はため息をつきながら机に寄っかかった。

「えと……まぁ、よろしくね、忍くん、剛くん、シオンさん」

「あ……はい」

「はい……何か気が合いそうな気がします……」

「偶然だね、僕もだよ」

 三人はははは、と気のない笑いを漏らすのであった。

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