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第四話 悪魔を使役するもの

   ~未来浮島区小太郎宅~


「悪いね、小太郎くん。泊めてもらうつもりはなかったけど……」

「僕は恩人を野宿させるほど、薄情ではないので」

「優しいね、小太郎くんは」

「そうでもないですよ」


 僕は部屋に隆史さんを招き入れていた。

 最初の方は隆史さんは頑なに固辞していたが、僕が何度も辛抱強く説得すると彼は折れてくれた。

 少々、気分が悪そうだったのでそれも手伝ったのかも知れない。

「なかなか居心地のいい住まいだね……カーペットもソファーもふかふかだ。置き方も理路整然としているね」

 隆史はソファーに腰掛けて部屋を見渡す。

 僕の住まいはドリームに存在する学校が管轄するアパートに存在する。家賃二万円だが、トイレキッチン風呂などを完備してさらにそこそこの広さがある。

 だが、その部屋のほとんどはベッドとテーブル、ソファー、さらに多大な本棚で埋まっている。

 そんな窮屈な部屋でも、隆史さんは満足そうであった。

「ああ、このソファーの柔らかさで充分、眠れそうだよ」

「そ、そんなに過酷な環境にいたんですか?」

「うん、まぁね。じゃあ、小太郎くん、状況を確認するけど」

 隆史さんは真剣な顔になって、テーブルを挟んでベッドに腰掛ける僕を見つめる。

 その瞳は真剣そのもので思わず、僕は引き込まれそうになる。

 そして、隆史さんは言葉を発した。

「トイレって、水洗なのか?」

「……はい?」

 思わず、素っ頓狂な声を上げる。何でそんなことを言っているのだ?

 しかし、隆史さんは至極命題だ、と前置きして言う。

「私のいた場所では汲み取り式だったからな。あまりトイレには行きたくなかったんだが……なるほど、水洗とは便利になったものだ……。そこまで魔術式が社会に浸透したという事か。いや、未来というのは恐ろしい……」

「一応、未来、というのは認めたんですね」

 ちなみに、幕府がどうのこうのと話していたので、僕は今の時代の背景を粗方話した。

 そして、高校の教科書を一読させて今に至る。

 隆史さんはふむ、と頷いて彼が読んでいた教科書を丁寧にテーブルの上に置いた。

「拝見させて貰ったけれど、なかなか信憑性が高いと分かった。違う出版社でほぼ似たようなことが書いてあるという事は、小太郎くんの手の込んだ自作自演でない限りは疑う余地はないよ。さて……困ったね。日本に来るつもりが、未来まで来てしまうとは。ライラもここに来ているか怪しい話だな……」

 隆史さんは困ったように小首を傾げる。

 さっきからライラさんって誰だろう? 

 訊ねて良いかな? と僕が悩んでいると、隆史さんはおもむろに懐からチョークを抜き出した。

「ええと、すまない、紙か何かはないかな?」

「え、あ、はい」

 突然言われて面食らったが、僕はすぐに本棚に収納してあるレポート用紙の一枚をちぎり取って彼に渡した。彼は礼を言って受け取ると、それにすらすらとチョークで何かを書き込む。

 見てみると、それは魔法陣のようだ。何個かの円にラテン語か何かの呪文が描き示されている。複雑な図形の組み合わせだが、それをすらすら書く隆史さんは一体……。

 もしかしたら、本当にヨウマカイとか言う所の人なのかも知れない。

 だったら、今やろうとしているのは……。

「悪魔の、召喚?」

「そう。僕と契約している奴をね」

 隆史さんはちらりとこちらを伺って言うと、暫く手を動かし続けて魔法陣を描き上げた。

 そして、その魔法陣をテーブルの中央にしっかり置くと、それを指差して目を閉じる。そして呪文を厳かに唱えた。

「レイズ、アメリ、カオルよ。主、安倍隆史の名の元にこの地に召喚されたし」

 それと同時に、ぎゅん、とまたしても何かが回転するのに似た音が響き渡った。時空が引き裂ける音、か……。

 そして、次の瞬間、ふわりと甘い香り、すっとしたミントの香り、つんっとした刺激臭と共に三人の男女がテーブルの上に立っていた。

「……ここは? 見覚えがないけどよ」

「はっ、御主人様、まさか浮気相手……!」

「修羅場? 修羅場なの?」

 三人は辺りを見渡すと一斉にしゃべり出す。というか、テーブルから降りろ。

 隆史さんは疲れたようにため息をつくと、億劫そうに三人に視線を向けた。

「全員、テーブルから降りてソファーに座れ。とりあえず、自己紹介だ」

「はーいっ」

「あ、ご、ごごご、御主人様、お、お隣はよろしいでしょうかっ!」

「良いよ」

「じゃ、私は御主人様の左隣っ!」

「で、では、私は右隣に失礼して……」

「お? 俺の座る場所がねえな」

「レイズは僕の後ろで立っていろ」

「扱い雑だな……まぁ良いけどよ」

 僕は騒ぎが一段落するのを見計らって、隆史さんに声をかける。

「あの……この方々が、悪魔?」

「ああ、人間の姿を取っているけどね。ええと、じゃあ、まずは……カオル」

「はい、御主人様に愛を持って使える妖霊、カオルですっ!」

 隆史さんの左隣にいる可愛らしい少女がにこっと微笑んで挨拶した。薄い緑色のワンピースにやや膨らんだ胸元、亜麻色のツインテール。萌えの要素を詰め込んだような少女だ。

「で、こっちが」

「御主人様に忠義を持ち、全てを捧げる妖霊、アメリです。よろしくお願い致します」

 隆史さんの右隣にいるのはカオルさんとは正反対の凛々しい女性であった。凛々しい顔立ちで長い黒髪にきっちりとマントを着こなしている。意外とスーツとか似合いそうだ。

「んで、背後のが」

「レイズ。隆史の戦闘主任だな。まぁ、気楽に付き合ってくれや」

 隆史さんの背後に立つ、悪魔の中で唯一の青年は茶髪の癖毛を揺らしながら悪戯っぽく笑っていた。なかなか親しみが持てそうな感じだ。

「で……こいつらの主人をしている、安倍隆史だ。よろしく」

 そして、黒髪短髪の青年が最後に自己紹介を締め括る。その瞳は人を食ったような目で思わずぞくぞくと背筋に寒気が走った。

 が、こちらも自己紹介せねばならない。

「えっと……小太郎です。よろしくお願いします。ここの部屋主です」

「コタロー……ね、分かった」

「小太郎さん、と」

「小太郎か、日本人だな」

 三者三様の答え。なるほど、くっきりとした個性があるようだ。

 隆史さんは自己紹介を確認すると、まず左隣に座るカオルさんに視線を注いだ。

「カオル」

「なぁに?」

「この島の状況を調べてくれ」

「……ん、分かった」

 カオルさんは隆史さんを見つめた、と思えばすぐに立ち上がって部屋から出て行く。本当に調べに行ったのだろうか。

 そして次の隆史さんはアメリさんを見た。

「アメリは、ライラの捜索だ。海の方を探ってきてくれ」

「……お言葉ですが、御主人様」

 アメリさんは不服そうな声で反対する。

「その任務、レイズの方が適任かと」

「レイズはレイズで小太郎くんの護衛がある。レイズはそれで良いな?」

「構わんけど?」

「……分かりました。ご無理はなさらぬよう」

 アメリさんは渋々そう言うと、その場でひらりと宙返りした。その瞬間、その凛々しい女性の姿は空に溶けるように消え去り、そこにはネコが代わりに存在していた。

「……え?」

「悪魔は姿を変幻自在に変えられるのさ」

 レイズさんが事も無げに言う。そしてそっと隆史さんに目配せして口を耳元に寄せる。

 が、彼は首を振った。

「彼は信頼出来る」

「……なら言うが。この島は明らかに怪しい。何かの術が働いている節がある。カオルが具体的に調べてくれるだろうが……この島からは早く離れた方が良い。隆史」

「それは重々承知だ」

 彼はそう言うと、レイズは肩を竦めた。

「このお人好し」

「好きなだけ言え……じゃあ、僕も調査してくるよ。明け方には戻ろうと思うから」

「あ……はい」

 僕はその事を理解してゆっくりと頷くと、隆史さんは視線をレイズに向けた。

「異様な物が出たら、彼には指一本触れさせるな。良いね?」

「分かった。案ずるな」

 レイズは軽く手を振ると、隆史さんはにっこりと笑って僕を見た。

「じゃ、ゆっくりお休み。小太郎くん」

 そして、手を振った瞬間、目の前がだんだん暗くなっていく。

 薄れ行く意識の中、隆史さんが踵を返して部屋を出るのが目に入った。

 その瞬間、僕は意識を手放していた。

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