第三話 降ってきたロリコン
~未来浮島区原生林~
「なるほど……ですね、つまり」
林の中、私が口を噤んで暫くすると、対面にいた聡明な顔立ちの男性は傍らの女性に視線を向けて言葉を口にした。
「私達はどうやら、平成を飛び越えてもっと未来に来てしまったようですよ。香様」
「……そのようね」
香と呼ばれた女性は辛そうにこめかみをぐりぐりともみほぐしながら言う。
「こももさん、説明ありがとうございます。さて……どうしよう? 孔明」
え、孔明ってあの諸葛孔明?
私はぼんやりと考えていると、その孔明と呼ばれた男性はふむ、と着物の懐から扇を取り出した。
「とりあえず、どこかに腰を落ち着けて状況を整理致しましょう」
そして孔明さんはすっと私に視線を向ける。何を要求しているかは一目瞭然だった。
「あ、それでしたら」
私は頷いて背後を手で示す。そこは私が設営した立派なキャンプがあった。
もちろん、そこにはテーブルや椅子も存在する。
「そこをお使い下さい。……私も、いろいろとお話をお聞きしたいので」
時間は数十分前であった。
私は趣味の天体観測のために、原生林の中にテントを据えて暮らしていた。
実は一本の高い木の頂上にはしっかりとした展望台がある。父が作ったものなのだが。
そこで日課の如く、友人と帰宅してからそこに昇り、星を眺めていた所、眼下に大きな閃光と爆音が響き渡ったのである。
爆発なんかで林が火事になったら一瞬で御陀仏だ。しかし、持っていた双眼鏡で様子を伺った所、別段そうでもないようだ。
状況を確認すべく、そこに向かった所、二人の男女がいたのである。
大丈夫ですか、と声をかけると、まず始めに男性が身を起こし、女性を助け起こして後にすぐ、今は何時代か、と訊ねてきたのだ。
そして正直に答えてその他の時代背景も話した所、先程の対応に話は戻る。
「自己紹介致します。私は橘香と言います。コウとでもカオルとでもお好きにお呼び下さい。こちらは……信じられないかも知れませんが、三国志時代の劉備軍の軍師、諸葛亮孔明です」
「以後お見知りおきを」
つらつらと自己紹介する香さんに、頭を下げる孔明さん。
私は目を見開きながら、思わず声を漏らした。
「本当に……孔明……?」
「ええ、信じられないのであれば少々、私の知識をさらけ出しましょうか?」
孔明さんは微笑んで小首を傾げる。
その瞳は私の隅々まで観察し尽くしている気がして、あまり気持ちいい気がしない。
白い着物に、柳のような眉、穏やかな笑みに、白い羽の扇。見た目はまさしく孔明だ。疑う余地はないかもしれない。
「……いえ、信じます。ひとまずは。先程も自己紹介しましたけど、私は竜宮こももです。それでここは帝聖時代で、場所はドリームという浮島区です」
「ドリーム……? 平成の時代にはそんな場所はなかったけど」
「あ……えっと、ここは日本最南端の島で……沈みそうになった島を埋め立てて巨大化した、とか」
「ああ、沖ノ鳥島を?」
ふむふむ、と頷く香さん。
なるほど、こちらは確実に平成の人のようだ。少なくとも近現代の人間であろう。
「となると本土からは遠い訳ね……うーん……どうしようか? 孔明」
「ここにある物資ならば再度、時空間転送装置が作れるかもしれませんね。作り方は暗記しておりますので、材料さえ揃えばどうにかなるかと」
「でも……あんな材料、そうそう手に入らないと思うけど」
孔明さんと香さんは言葉を交わし合う。
ふと、その様子を見て気付いた。孔明さんの瞳の色が変わっている。
先程は詮索するような感じであったが、今は何か慈しむ様子だ。
香さんは大人びた口調で話すが、身長は低く、顔も幼げな感じなので……もしかして、孔明さんの娘……ということはないだろうな。
じゃあ、何なのだろうか? 養女?
「……ん、こももさん? どうかされましたか?」
ふと、孔明さんがこちらに視線を注ぐ。どうやらじっと見つめすぎたようだ。
「ああ、いえ、孔明さんと香さんの関係が気になりまして……」
「ああ、夫婦ですよ」
「あ、そうなんですか……。え?」
思わず聞き返す。今なんと?
「ですから夫婦だと」
「形だけだけどね」
香さんは不機嫌そうに言う。しかし、孔明さんは嬉しそうだ。
「否定はしないんですね」
「しても無駄じゃない」
「ふふ、後は既成事実を作れば……」
「作らせないわよ」
「……えと? 失礼ですが、香さんのお年って?」
「ん? 二十三だけど」
「……え」
てっきり多く見積もっても高校生ぐらいだと思った。社会人なんだ……。
「……悪かったわね。幼くて。オマケにこの孔明はロリコンだし」
「幼女愛好の何が悪いのでしょうか? 大都督もそうでしょう?」
「え……えええぇ……?」
あの、天才軍師が?
ロリコン?
その事実に、暫く私の思考は停止するのであった。