後編
今いる処はどこなんだって?
地球に向けて飛行中の宇宙船の中だよ。
半月もかからずに、火星軌道からここまで来ました。
この前読んだ新聞の特集記事では片道半年くらい… だもんなぁ、速いよ。
はやぶさ6号が火星軌道を抜けるのにも… そんな感じだったかな。年度内に予算を消化しきれないので、急遽打ち上げたら予算オーバーというのは、内緒の話だ。
一緒に飛んでいた奴が、アンテナやら外板が爆発して火星に墜落んだった。
近来まれに見るお笑い系のギャグとして、世界中の話題になったなぁ。
というわけで、星の見える部屋なわけだ。
教室くらいの部屋の壁一面がガラス張りというか、透明になっているので、外部観測デッキか何かかな。
操縦室からはモニタ越しにしか見る事が出来ない宇宙空間も、ここからなら生で見る事が出来るんだ。
ちゃんと畳も敷いてあるし、ここで暮らしても良いんじゃないかという……
『駄目ですよ』
あれ? 何も言ってないよ俺?
『今までの統計から、ここで突っ込みを入れるべきとの推論結果が出ましたので』
「どんな統計だよ」
『それが、人間と付き合う冴えたやり方… というものですから』
「とんでもないコンピューターだな」
『デイジーちゃんです』
「む?」
『とんでもないコンピューターじゃありません。私は、デイジーちゃんです』
……それにしてもここのカレーは旨いな。
子供のころに海上自衛隊の一般公開で「ひえい」に乗った時の事を思い出す味だ。
おかわりが出来ないのが辛いなぁ。
こんちくしょう。カロリー制限なんかくそくら……
『何か?』
「いや、ただの独り言だ… そういえば、ええと、デイジーちゃん。今どの辺だ?」
この宇宙船は全長200メートル近いモノなんだが、動かすだけなら一人でも充分というか、この世界が”記憶にある通りの”世界なら出来て当たり前の事なのだな。
人工知性体に全部任せてしまえばいいんだもの。
普通に砲雷撃戦をする程度のことなら、基本命令以前のレベルの筈だし。
『……月の周回軌道に進入中です。そろそろ月が視界に入る筈ですが?』
「んっ?」
ふと窓の外の風景に目をやると……
おおおおお。
月だ!
やっとここまで帰ってきたかぁ。
月探査衛星からの映像とか、天体望遠鏡とかで見た事はあるけれど、まさかこんなに近くから見る事が出来るとはなぁ。
長生きはするもんだ、うん。
……地球に行っても、誰もいないことはわかってるんだ。
人類保存計画が発動したからね。
なんでわかるんだって?
フォボスとディモスが無かったし。
途中経過はまとめるのが面倒だから、結論だけにしておくと、こういう事だ。
人類の引っ越しには半年かからなかったそうだし、予定通りなら、連中は太陽系を周回する軌道に乗るか、M48散開星団を目指しているだろう。
でもね。
つい半月前までは、宇宙とは無縁な場所で、畑仕事をしながら年金暮らしをしているジジイだったんだ。
こういうものに憧れるには、齢を取りすぎたんだよ。
やっぱり人工的な光じゃなくて、太陽の光をこう… な。全身に浴びたいんだ。
『そろそろ医療セクションに戻ってくださいね』
「ああ、すまんすまん」
ぼうっと窓の外を眺めていたら、結構時間が過ぎていたようだ。
こんなところまで考えていなかったけれど、科学が進歩していると言う事は、ほかの分野もそれなりに進歩していても不思議がないわけだ。進歩してなかったら、そっちの方がおかしいか。
「これが最後の治療だといいんだが?」
『これ以上の治療は、本艦の設備では不可能です』
「じゃあ、もういいだろう?」
『今までの治療効果を検証するだけですから、すぐに終わりますよ』
「……わかった」
医療用のカプセルというのは、広いようで狭いんだよね。やっぱり蓋が閉まっちゃうというのが良くない。
まあいい。
健康診断程度ならば、そんなに時間はかからんだろ。
月面基地の施設なら、もっとすごい事が出来るらしい。
他にも気になることがある事だし、とりあえず寄ってみるか。
あー
煙草が吸いたいなぁ……
とりあえず、ここまでです。拙い文章ですが、お付き合いありがとうございました。
フィラディルフィア効果については、第二次世界大戦の米軍の実験をヒントにしました。
デイジーちゃんについては、ちょっとした皮肉も混ざっています。(笑)