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 岩陰で、海で泳ごうと思って持ってきていた黒い短パン型の水着に着替えてから、ぼくは湖のふちに立ってみた。

 のぞきこんだ湖の水は恐ろしいほどに透き通っていて神秘的だった。薄暗いほこらの中でも、かすかに湖の底の滑らかな岩肌が見えるくらい。

 深さは、どれくらいだろう?

 少なくともぼくらの背丈よりもだいぶあって、かなり深い。

『せめて魂代が見えるように、われの力を注ぎ込もう』

 タケハヤ様が湖の水よりもさらに透き通った声でそう言うと、湖の底の一ヶ所が急に明るくなった。何かが、青白いきれいな光を発している。祭壇の箱の中から漏れ出していたものよりもずっとはっきりとしていて、力強い光だった。

「あれが……タマシロ?」

『ああ、われの魂が込められた大真珠だ』

 タケハヤさまが言う。光の中心にあるものは、大きな真珠の粒らしい。

「あれを取ってくればいいんですね」

『ああ、すまない……頼む』

「大丈夫ですよ、ぼくは泳ぐのすごく得意なんですよ」

 すまなそうなタケハヤさまの声に向かってぼくはにっこりと笑って見せた。

「本当に大丈夫か? オレが代わりに行こうか?」

 横からリョータが心配そうに顔をのぞかせる。その背中には、ミナがぴったりとくっついている。ぼくはちょっとだけ笑って見せた。

「大丈夫だよ。それにリョータは、ミナのお守りをしてないとだめだろ? リョータが行ったらきっと泣き出しちゃうよ」

 ぼくの言葉に、ミナがちょっとだけ目をそらすけど、リョータにしがみついている手は離さない。やっぱり何だかんだいっても薄暗い洞窟の中で不安なんだろう。

「タツヤ、無理しちゃダメだよ?」

 不安そうな声で、ナツミがぼくの肩に手を置いた。ぼくのむき出しの肩に伝わるやわらかい感触が、なんだかくすぐったい。

「大丈夫だって。ナツミは安心して、ここで待っててよ」

 ぼくがそう言うと、ナツミはまだちょっと不安そうな顔のまま、小さくうなずいて手を離す。

 ぼくはもう一歩前に出て、湖の底を見下ろした。そしてゆっくりと深呼吸をする。

 ぼくの腰には、長いロープを巻きつけてあった。命綱だ。ロープの先は、リョータとナツミがしっかりと握り締めている。

「何かあったら、すぐにロープを引くからな」

「無理しないでね」

「タツヤ〜、頑張れ〜」

 三人の声を背中に聞きながら、ぼくは静かに、湖の中に飛び込んだ。


 透き通った湖水は、思っていたよりもずっと冷たい。

 その冷たさがぼくの頭をはっきりさせて、ぼくは水底で青白く光る真珠めがけて一直線にもぐっていった。

 深いところに進んでいくにつれて重い水圧が体中にのしかかってきて、なかなか前に進めなくなる。

 腰に巻きつけた命綱が絡まないように気をつけながら、ぼくは両手両足で必死で水をかいて、もがくように進んでいった。

 プールや海でよく泳いではいるけど、こんなに深くまでもぐったことはない。水ってほんとに重いんだなぁ、なんてことを頭の片隅で考えながら、ぼくは進んでいった。

 体中があっという間に疲れてくる。腕と足の筋肉が悲鳴を上げて休もうとするのを必死で励まして、気合を入れて水をかく。

 あんまり力を入れていると、呼吸が荒くなって息が続かなくなってしまうから気をつけないと。

 かなり息も苦しくなってきたとき、ようやく目的のものが見えてきた。

 青白い光の中心にある、ビー玉くらいの大きさの白い珠。こんなに大きくてきれいな真珠を、ぼくは見たことがなかった。

 思わず、水をかく手を止めて見入ってしまう。

 ついたため息が泡になって、のぼっていった。

 我に返ったぼくは、あわてて真珠に手を伸ばす。

 あと少しだ、あと少しで手が届く。

 あと50センチ……30センチ……よし、あと10センチ……。

 届いた!

 右の手のひらに、青白く光る真珠をしっかりと握り締める。

 やった、と思った瞬間、意識が遠くなった。

 息を吐きすぎたせいだ。どうしよう、水面に戻らなくちゃ。

 なぜか妙に冷静な意識でそんなことを思うけど、体が思うように動かない。

 その時、腰の辺りに衝撃。

 上でリョータとナツミが、命綱を引っ張っているみたいだ。

 何とか意識をはっきりさせたぼくはロープにすがるようにして、必死で上に向かって水をかく。

 夢中で腕と足を動かしているうちに、何も考えられなくなった。


 気が付くとぼくは、水の外にいた。

 ゆっくりと目を開けた顔の上で、ナツミとリョータが心配そうな顔をしていた。

 リョータとナツミに引き上げられて、どうやら少しの間気を失っていたらしい。

 はっとしてぼくは、自分の右手を見た。ゆっくりと指を開いたそこには、青白く光る真珠がちゃんとあった。

「やったぁー!」

 そう叫んでがばっと上半身を起こした僕に、突然、ナツミが抱きついてきた。

「バカ! 無茶するなって言ったじゃない!」

 ぼくの冷えた体に急激に流れ込んでくる温もりに、ぼくは目を白黒させた。

「な、ナツミ?」

「心配したんだから! 死んじゃうかと思ったんだから!」

 痛いくらいにしがみついてくるナツミは、どうやら泣いているらしかった。

「ほんと、無事でよかった」

「心配したよ〜」

 苦笑したリョータと、その背中にしがみついたミナが、口々に言う。

 ナツミはまだ、ぼくにしがみついて泣いていた。

 ほんと、女の子ってよくわからない。

 でもまぁなんていうか。

 ……悪くない気分だな。

 ぼくは、ナツミに抱きつかれたまま、苦笑しながらつぶやいた。

「みんな、ただいま」

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