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建速御槌水浪主命タケハヤノミヅチミナミヌシノミコトだ』

 その声がほこらに響いたのは、その時だった。

 すっごくきれいな声。

 ぼくは驚くことも忘れて、そんなことを思った。

 男の人か女の人かもわからない。そのちょうど中間くらいの、なんていうかすごく……透き通った声。

 ぼくたちみたいな子供じゃなくて、間違いなく大人の、すごく落ち着いた声だ。

「あなたはだれ……あ、どなた、ですか?」

 ぼくはようやくちょっとだけ落ち着きを取り戻して、その声に尋ねた。声がどこからしたのかもわからないから、ほこら全体に聞くみたいにした。

『今、名乗ったつもりだったがな?』

 やっぱりほこら全体に響いたきれいな声は、ちょっと笑ったみたいだった。といってもいじわるな笑いじゃない。お父さんが小さな子供の頭をなでてやりながら浮かべるみたいな、すごく優しい笑い方。

「ってことは……神さまなの?」

「かみさまー?」

 ナツミが、信じられない、という顔でつぶやき、ミナも驚いた顔でかわいく首をかしげて見せる。

 確かに信じられないようなことだけど、ぼくにはなぜかすんなり信じられる気がした。声があまりにきれいだったのと、このほこらがすごく神秘的だったからだろうか。

『神か……そう呼ばれていたこともあったな』

 応えた声は、今度は心なしか寂しそうだった。

『いまやこの社を訪れるものもいない。それに……われ自身も弱り果てて往年のような力は残っていない』

「えーと、タケハヤ……さま?」

 うーん、ダメだ、どうしても名前が覚えられない。

 でも、寂しそうな神さまに何かを言ってあげたくて、ぼくは思わず声を上げた。

『わが神名は、覚えにくいであろうな。タケハヤでかまわぬよ』

 きれいな声が、苦笑するように言う。やっぱりそれはとても優しい声だった。

「じゃあ、タケハヤさま。あなたはどうして弱っているんですか? お参りする人がいないから?」

『それもあるな。だが一番の理由はそれではない。……社の扉を開けてみよ』

「社を?」

 ナツミが、気後れしたように言う。ぼくたちは大人たちから、神さまをまつってる社には絶対に触っちゃいけないって小さいころからしょっちゅう言われて育ったんだ。

 でも実際にまつられてる神さまがいいって言ってるんだからいいに決まってる。

 もうぼくは、その声が本物の神さまの声だってことを確信していた。

 ぼくがそっと社の扉に手をかけると、扉はまるでそれを待っていたかのように、音も立てずにゆっくりと開いた。あふれ出した青白い光が、ぼくの視界を包む。

 社の中には、金属のろうそくや水差しなんかが置かれた小さな祭壇があって、祭壇の真ん中には表面に複雑な模様が彫られた、木でできた小さな箱がちょこん、と置いてあった。社の中にあふれている青白い光は、どうやらその箱からもれ出ているみたいだった。

 ぼくはそっと、箱の上に乗せられていたふたをずらしてみた。

 箱の中は……なんと、空っぽだった。

「あれ、何もない?」

 ぼくは拍子抜けして箱の中をしばらく見つめていた。

 箱の中は空だ。何もないのに、青白い光だけがひたすらに外に漏れ出している。

 そうっと、箱の中に手を入れてみたけど、やっぱり何の感触もしなかった。

「これって、御神体をまつる祭壇よね? この空っぽの箱が御神体、ってことなのかしら」

 いつの間にか隣で箱をのぞき込んでいたナツミが、首をかしげてつぶやいた。

『いや、魂代(タマシロ)……つまり、神体と呼ばれているものはその箱の中にあったものだ』

「あったもの、ってことは、今は別のところにあるってこと?」

 リョータが腕を組んで首をかしげる。タケハヤさまの透き通った声が少しだけ辛そうにそれに答えた。

『今は、湖の底に沈んでいる』

「どういうこと、ですか?」

三月(みつき)ほど前、地神どもが暴れただろう。人間たちが地震と呼ぶ、大きな地揺れが起こったはずだ』

 尋ねたぼくに、タケハヤさまがせせらぎのような声で話す。

「そういえば、地震あったな」

 リョータが、うんうん、とうなずく。

 そう、あれは確か5月のはじめごろ。授業中に急にぐらっときて、みんなで机の下に避難したんだ。

 あとでテレビを見たら、震度4だって言ってたな。この町のすぐ近くが震源地で、幸いけが人はいなかったけど、棚から物が落ちてきたりしてお店なんかではけっこう被害があったみたいだ。

『あのときの地揺れで、我が社は倒壊してしまったのだ』

 そのときの様子を思い出したのか、タケハヤ様が不機嫌そうに言う。

 ……でも、社が倒壊って?

「でも、社はここに……壊れた様子もないけど?」

 不思議そうに、ナツミがつぶやいた。

『社は、我が力で何とか直すことができた』

「直した、って……」

 すごいことをさらりと言うタケハヤさまに、ぼくは思わずごくり、とのどを鳴らした。

 ぼくが今話している相手は、まぎれもなく神さまなんだ。人間には絶対にできないようなことを、簡単にやってしまうような。

『だが、湖の中に落ちた魂代を拾い上げることは適わなかった……。あれが離れている限り、われは力を失っていくばかりだ。今ではこのあたりに雨を呼ぶことすら適わなくなってしまった』

「雨? もしかして、タケハヤさまって、雨の神さまなんですか? 今年水不足なのも、タマシロ、ってのが湖に落っこちちゃったせい?」

 ぼくの言葉に、タケハヤさまの声は静かに答えを返す。

『それは正確ではないな。われはただ、この地の水をつかさどり、雨を呼ぶだけだ。天空の雨そのものを創っているわけではない。だが……水不足に関してはそのとおりだ』

「このままだとどうなっちゃうの?」

 沈みこんだタケハヤさまの声に、ナツミがあわてた声を上げた。

『ろうそくの炎が掻き消えるように、われは滅んでゆくのだろう。その先、この地がどうなるかはわれにも想像できぬ。だがそれも自然の摂理なれば……やむを得ぬのだろうな』

 言葉とは裏腹に、タケハヤさまの声は悔しそうだった。

 人間じゃなくて神さまなのに、どうすることもできないタケハヤさまの声は、とても弱々しく思えた。

 だからぼくは、思わずこう言ったんだ。

「ぼくが、湖から魂代を拾ってくるよ」

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