第一章 幼き縁(えにし)
大津の父、双馬杏一郎と藩主の若かりし頃の話である。
代々、国家老を務める双馬家に、七歳になる惣領を連れて登城せよとの沙汰が下った。
「杏一郎。どうやら、殿はおまえに、若さまの遊び相手をさせるおつもりらしい。謹んでお受けせねばの」
「あい、父上。でも、若さまはお小さくて、まだわたくしとご一緒には遊べないのでしょう?」
「どうかな。わしはまだお目にかかったことはないが、お前と顔合わせをさせておく心づもりなのであろうよ。早く、支度をおし」
「あい」
杏一郎は自分のおもちゃを一つ見繕って懐に入れると、父と共に馬上の人となった。
藩主に待望の嫡男が生まれ、国中が喜びに湧き立ったのは、一年ほど前の事であった。
お召しを受けて杏一郎は父の後に付き従った。
「これは、国家老様。ご嫡男ですかな。中々凛々しい男振りでござる」
城内ですれ違う皆が声を掛けてくれるのを、少し面映ゆく思いながら杏一郎は神妙に頭を下げた。
長い着物を引きずった見目良い女性が、こちらへと誘ってくれた。
「さ、皆さまが、広間でお待ちでございます。杏一郎さまも、どうぞご若さまにお目通りくださいますように……」
「は」
青々としたい草の香りの高い広間には、城主と御台所、若さまと御付きの乳母や侍女が数名いて、国家老親子を待っていた。
「杏一郎、よう参った。待ちかねたぞ。これが我嫡男の鶴千代じゃ。近う参れ」
「鶴千代君……お初にお目にかかりまする。綜馬杏一郎にございます」
赤子は福々とした健康そうな男子で、藩主の腕を支えにつかまり立ちをしていたが、やがて人懐こい笑顔を浮かべて、まっすぐに杏一郎の膝へと這い寄って来た。
「おお、鶴千代さまは杏一郎どのを気に入ったと見える」
若い御台所も、ころころと嬉しげに笑った。
「……そうだ。これを若さまに差し上げようと思って持って参りました」
「それは?」
「わたしが赤子の時に、これを動かして見せれば泣き止んだそうなのです。わたしにはもう必要ありませんから、若さまに差し上げようと思い持って参りました」
それは首を上下に振る小さな赤い牛のおもちゃで、杏一郎は幼子の前に置くと、ちょんと頭をつついて振らせた。
小さな手で力任せに触れようとするのを止め、抱き上げると背後からそっと手を添えて軽くつつくのだと教えた。
「……だぁ……」
「お上手です、鶴千代さま」
乳の匂いのする赤子は、手を添えてもらって熱心に赤い牛の頭をつつき、にこにこと良く笑った。
それが、いずれ藩主となる鶴千代と杏一郎の出会いだった。




