⑧
※『大人の恋愛』とタグをつけましたので…。
耳元で、熱い吐息が爆ぜた。
視覚を閉ざされた晃希さんの世界で、私の存在は「音」と「熱」と、そして「香り」だけで構成されている。
──だからだろうか。
暗闇の中、私の肌を辿る彼の手つきは、驚くほどに迷いがなく、そして執拗だった。
「……咲花さん。シトラスの香りがする。 飴……かな?」
「あっ……出先で、ハーブティーを、飲んで……っ」
首筋をなぞる彼の唇が、肌に残った微かな余韻を拾い上げる。
その驚くほどの鋭敏さに息を呑むと、彼は独占欲を隠そうともせず、私を折れそうなほど強く抱きしめた。
「ふぅん……美味しかった? でも、これからは僕が淹れたもの以外、口にしちゃダメだよ。……約束だ」
冗談めかした声音の奥に、逃げ場を奪うような本気が混じる。
見えないからこそ、彼は指先の神経を極限まで研ぎ澄ませ、私の身体の輪郭を一つずつ、愛おしむように、そして所有を誇るようになぞっていく。
「手際……良すぎませんか……?」
「見えない分、他の感覚で補っているからね。手も、声も、温度も……咲花さんのすべてを、僕の中に焼き付けさせてほしい」
──重なり合う体温。
彼が私の反応を「声」で確かめることを、残酷なほどに楽しんでいるのが伝わってくる。
指先が触れ、唇が寄るたびに、私の中からこらえきれない吐息が漏れた。
その小さな震えを、彼は一滴も零さないように、熱い唇で丁寧に掬い上げていった。
「……もう、我慢できそうにないよ」
闇の中で、二人の呼吸が重なり、溶け合っていく。
吐き出された熱い情動が、夜の静寂に波紋を広げては消えていった。
……その後の余韻は、あまりに甘美で、恐ろしいほどだった。
背後から抱きしめられ、逃がさないと言わんばかりの強さで、彼は何度も私を求めた。
──夜が更けるまで。
彼は私という名の「香りと声」の迷宮を、何度も、何度も、彷徨い続けていた。
***
眩しい朝の光が、寝室の重厚なカーテンの隙間から差し込んでいた。
……けれど、私は動けない。
(……腰が、信じられないくらい重い……)
背後から、がっしりと強い腕に抱きしめられているせいだ。
昨夜のあの、本能を剥き出しにした晃希さんが嘘のように、今の彼は静かな寝息を立てている。
でも、その腕の力は「絶対に離さない」という確固たる意志を感じさせた。
「……ん、咲花さん。 おはよう」
起きていたのか、彼は私の項に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「ひゃっ……! 晃希さん、くすぐったいです……っ」
「うん、すっかりシトラスの香りが消えてるね。……昨夜、僕の匂いを何度も上書きしたからかな」
耳元で囁かれた低音に、昨夜の情景が一気にフラッシュバックして顔が火を噴く。
上書きしたって……! 恥ずかしすぎて、掛け布団を頭まで被ろうとしたけれど、彼にすぐさま先回りして阻止された。
「逃がさないよ。……今日は一日、こうしていたいな。 家事なんてしなくていい。 僕だけを見ていればいいよ」
「そ、そうはいきません! 私はこの屋敷の家政婦なんですから……っ、朝食の用意を……」
「……家政婦、か」
彼の声が、少しだけ低くなった。
晃希さんは私をひょいと抱き上げ、ベッドの上に座らせる。
視線は合わないはずなのに、その美しい瞳がじっと私を射抜いているような圧を感じた。
「咲花さん。君はもう、この屋敷の『家政婦』じゃない。 僕の『隣にいる人』だ。……それとも、まだ足りない? もっと分からせてあげたほうがいいかな」
大きな手が私の頬を包み込み、親指が唇をゆっくりとなぞる。
その仕草はどこまでも優しいけれど、隠しきれない独占欲が漏れ出していて、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。
「……わかりました。降参です……。 でも、せめてお茶だけは淹れさせてください」
「いいよ。その代わり……」
彼は満足げに口角を上げると、私の耳元に唇を寄せた。
「キッチンでも、僕が後ろから抱きついたままでいいならね」
「……色々と、危ない気がするのは、私の気のせいでしょうか」
私の予感は、見事に的中してしまった。
結局、お茶とお土産の《芋羊羹》に辿り着けたのは、陽射しがすっかり高く昇った頃。
一口食べた瞬間、優しくて素朴な甘さが、疲れ切った身体の隅々にまで染み渡っていく。
(……あぁ、『滋味深い』って、こういうことを言うんだな……)
胃の腑に落ちる温かな感覚に、私はようやく一息ついた。
隣では、同じように羊羹を口にした晃希さんが、どこか充足感の漂う顔で、私の指先をそっと絡め取っていた。
※R15版の範囲内に収まってるはずなんですが…。
流れ的に必要性のある描写だと思って加えました。




