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できると思って、やっぱり赤ちゃん  作者: 臥亜


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6/11

お父さんはすぐ負ける

お父さんは強い。

 背が高い。

 声が大きい。

 靴も大きい。

 でも。

 僕には弱い。

 とても。

 ◇

 夜七時四十分。

 玄関のドアが開く。

「ただいまー!」

 その声が聞こえた瞬間。

 僕は顔を上げる。

 タイミングがすべてだ。

 母は言う。

「ハル、パパ帰ってきたよ」

 よし。

 僕は三秒待つ。

 一、二、三。

「……うぇぇぇぇぇん!!」

 父、靴を脱ぎかけたまま固まる。

「え!? なに!? どうした!?」

 母が言う。

「さっきまでご機嫌だったよ」

 父は鞄を放り、僕のもとへ一直線。

「パパいるぞ! パパいるぞー!」

 抱き上げる。

 高い。

 勝利。

 僕は一瞬で泣き止む。

 父、誇らしげ。

「ほらな? 俺が必要なんだよ」

 母が冷静に言う。

「タイミング狙ってるだけ」

 父は聞こえないふりをする。

 ◇

 夕食中。

 父は僕の隣に座る。

「パパと食べるか?」

 僕はスプーンを振り回す。

 父のシャツにヨーグルト。

「おっとっと!」

 母が言う。

「着替えなよ」

「いいんだよ! これくらい!」

 父は笑う。

 本当はちょっとショックだ。

 僕は知っている。

 父は僕のためなら、だいたい負ける。

 ◇

 問題は、夜だ。

 寝かしつけ。

 今日は父担当。

 母が宣言する。

「今日はパパね」

 父、やる気満々。

「任せろ!」

 僕は布団に寝かされる。

 父が横になる。

「トントンするぞ〜」

 とん、とん。

 一定のリズム。

 悪くない。

 でも。

 なんか違う。

 僕は目を開ける。

 父の顔。

 少し疲れている。

 でも笑っている。

「どうした? 眠くないか?」

 僕は小さく声を出す。

「……ふぇ」

 父、焦る。

「え、え? トントン強すぎた?」

 とん、とん、とん。

 リズムが崩れる。

 僕は音量を上げる。

「ふぇぇぇぇぇぇん!」

 父、動揺。

「ちょ、ちょっと待て!」

 母が隣の部屋から声を出す。

「大丈夫?」

「大丈夫! いける!」

 いけない。

 僕は最大出力。

「ぎゃああああああ!!」

 父、完全敗北。

「……ママお願い」

 母登場。

 抱き上げる。

 胸の音。

 とくん、とくん。

 僕は即座に泣き止む。

 父、沈黙。

「なんでだよ……」

 母が小さく笑う。

「匂いと音」

 父は僕を見る。

「パパの音、ダメか?」

 僕は父を見る。

 ダメじゃない。

 ただ、少しだけ違う。

 ◇

 翌日。

 父は早く帰ってくる。

「今日はリベンジだ」

 僕は父をじっと見る。

 父は座って、僕を膝に乗せる。

 何も言わない。

 ただ抱く。

 静かに。

 僕は少し驚く。

 今日は、騒がない。

 揺らさない。

 誇らしげにもならない。

 ただ、抱いている。

 父の胸に耳を当てる。

 どくん。

 少し速い。

 でも、ちゃんと鳴っている。

 僕はその音を聞く。

 悪くない。

 むしろ、あたたかい。

 父が小さく言う。

「パパもな、ちょっと練習するわ」

 その声は、強くない。

 大きくもない。

 でも、ちゃんとまっすぐだった。

 僕は父のシャツを握る。

 ぎゅ。

 父が固まる。

「……お?」

 僕は目を閉じる。

 今日は泣かない。

 試してみる。

 父の音でも、眠れるか。

 どくん。

 どくん。

 少し不器用なリズム。

 でも。

 世界はちゃんと小さくなる。

 遠くで母が驚く。

「え、寝たの?」

 父は小声で言う。

「……勝った」

 違う。

 勝ち負けじゃない。

 僕はまだ一歳。

 でも、少しずつ知っていく。

 抱っこは、強さじゃない。

 時間だ。

 父の胸で眠りながら、

 僕は思う。

 お父さんはすぐ負ける。

 でも。

 本当は、

 いちばん粘り強い。

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