表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
できると思って、やっぱり赤ちゃん  作者: 臥亜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/11

赤ちゃんって、ずるい

お姉ちゃんは、赤ちゃんじゃない。

 それはとても大事なことだ。

 朝は自分で起きるし、

 服も着替えるし、

 歯も一人で磨く。

 転んでも泣かない。

 宿題もやる。

 つまり、えらい。

 でも。

 えらい人は、

 あまり抱っこされない。

 ◇

 僕はリビングの床で遊んでいた。

 積み木を積んで、

 壊して、

 また積む。

 世界は単純で、楽しい。

 その横で、お姉ちゃんはランドセルを背負っている。

「いってきます」

 母は洗い物をしながら言う。

「気をつけてね」

 父は新聞をたたむ。

「帰りに雨降るかもな」

 僕は顔を上げる。

 お姉ちゃんは、誰にも抱っこされない。

 靴を履いて、

 ドアを開けて、

 一人で行く。

 当たり前みたいに。

 その背中を見て、

 僕はなぜか胸がもぞもぞした。

 ◇

 午後。

 お姉ちゃんが帰ってくる。

「ただいまー」

 声は元気だけど、

 靴の脱ぎ方がちょっと乱れている。

 母が聞く。

「どうだった?」

「ふつう」

 ふつう、という言葉は便利だ。

 本当のことを言わなくていい。

 お姉ちゃんは僕を見る。

 僕はにこっとする。

 たぶん。

 よだれ付きで。

「……かわいい」

 そう言いながら、

 少しだけ眉が下がる。

 そのあとすぐ、

 僕は転ぶ。

 わざとじゃない。

 たまたまだ。

 でも。

「ふぇ!」

 声を出した瞬間。

 母が来る。

 父も来る。

「どうしたの!」

「大丈夫か!」

 抱っこ。

 安心。

 世界、復旧。

 その向こうで、

 お姉ちゃんが立っている。

 黙って。

 ◇

 夜。

 お風呂のあと。

 僕は先に出て、

 バスタオルに包まれる。

 お姉ちゃんは後。

 髪をタオルで拭きながら、

 母に言う。

「ねえ」

「なに?」

「赤ちゃんってさ」

 少し、間。

「ずるくない?」

 母の手が止まる。

「どうして?」

「だってさ、なにしても許されるじゃん」

 お姉ちゃんは床を見ている。

「泣いたら抱っこ。

 転んだら心配。

 なにもしなくても、かわいい」

 母は何も言わない。

 それは、

 すぐに答えが出ない質問だから。

 僕は母の腕の中で、

 その言葉を聞いている。

 ずるい。

 そうかもしれない。

 ◇

 その夜。

 布団。

 暗い。

 僕は泣かない。

 昼間みたいに、

 すぐ泣けば抱っこは来る。

 でも。

 今日は、泣かない。

 少しして、

 足音。

 お姉ちゃんが、そっと来る。

「……起きてる?」

 僕は目を開ける。

 お姉ちゃんは、しゃがむ。

「ねえ、ハル」

 声が小さい。

「赤ちゃんってさ、

 ほんとずるいよ」

 でも。

 その手は、

 僕の頭をなでている。

 ゆっくり。

 優しく。

「でもね」

 少しだけ、声が揺れる。

「赤ちゃんでいられるの、

 今だけなんだよね」

 僕は何も言えない。

 言葉がない。

 でも、

 その声の意味は、

 なんとなくわかる。

 お姉ちゃんは立ち上がる。

「おやすみ」

 僕は小さく声を出す。

「……あい」

 意味は、たぶん伝わらない。

 でも。

 お姉ちゃんは、立ち止まって振り返る。

 少し笑って言う。

「ほんとずるい」

 でもその顔は、

 ちっとも怒っていなかった。

 ◇

 世界を操るのは、簡単だ。

 泣けばいい。

 でも。

 誰かの背中を見るとき、

 僕はまだ、

 なにもできない。

 だから今は、

 赤ちゃんでいる。

 ずるいままで。

 それが許される、

 ほんの短い時間を使って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ