誕生日
朝。
ハルは目を覚ました。
今日は特別な日らしい。
それは空気でわかる。
朝から家族がそわそわしている。
ママは台所でケーキを隠すようにしているし、
パパは風船をふくらませながら言っている。
「まだ見せるなよ」
ミオは腕を組んでいる。
「どうせすぐバレるよ」
ハルは考える。
バレる、とは何だろう。
とりあえず泣く。
「うぇぇぇん!」
パパが風船を持ったまま走ってくる。
「どうした!?」
ママが言う。
「何も起きてないよ」
ミオが言う。
「たぶん“かまって”」
正解である。
◇
昼。
ケーキが登場する。
丸い。
白い。
いちごが乗っている。
ハルは立ち上がる。
「おおお!」
歓声。
しかし次の瞬間、
ハルは指を伸ばし――
ケーキに突っ込んだ。
べちゃ。
部屋が静まる。
ママの顔が止まる。
パパの口が開く。
ミオだけが言う。
「やると思った」
ハルは満足そうに手を見つめる。
甘い。
すばらしい。
パパが慌てる。
「写真!まだ撮ってない!」
ママ。
「先に止めて!」
ミオ。
「もう遅い」
ハルは第二撃を放つ。
べちゃ。
ケーキの山が崩れる。
誕生日ケーキ、崩壊。
沈黙。
そして――
ハルが笑う。
家族も笑う。
なぜか笑う。
ママが言う。
「まあ……二歳だしね」
パパが言う。
「伝説の誕生日ケーキだ」
ミオが言う。
「去年よりひどい」
◇
ろうそくが二本、立てられる。
ケーキは少し修復された。
少しだけ。
ママが言う。
「ふー、だよ」
ハルは考える。
そして叫ぶ。
「ふー!!」
勢いが強すぎて、つばが飛ぶ。
ろうそくは消えない。
ミオが言う。
「もう一回」
ハル。
「ふーーー!!」
消えた。
拍手。
ハルは驚く。
泣きそうな顔をする。
そして笑う。
世界を動かした顔だ。
◇
夜。
ケーキの甘い匂いがまだ残っている。
ハルは眠っている。
二歳になったばかりの顔で。
ミオはこっそり近づく。
小さく言う。
「おめでとう」
返事はない。
でも胸が上下している。
ちゃんとここにいる。
ミオは思う。
去年まで、ハルは世界の真ん中だった。
今も、たぶん少しそうだ。
でもそれは、
少しずつ変わっていく。
ハルは大きくなる。
抱っこは減る。
泣く回数も減る。
でも――
今だけは、まだ。
◇
この家でいちばんえらいのは、たぶん一歳だった。
でも二歳になった今日、
少しだけえらくなくなった。
そのかわりに、
家族になった。
春が来る。
時間はやさしく残酷だ。
それでも今夜だけは、
四人分の寝息が
同じ速さで重なっている。
それで、十分だ。




