それでも、ちゃんと赤ちゃん
春がきていた。
ハルは少しだけ大きくなった。
走る、というより突進する。
言葉は増えた。
「ねぇね」
「ぱぱ」
「まま」
「いや」
最後のやつがいちばん多い。
◇
今日は公園。
ミオはブランコに乗っている。
前より高くこげるようになった。
パパが言う。
「すごいじゃん」
ミオは笑う。
「でしょ」
ハルは砂場。
砂をすくっては落とす。
すくっては落とす。
それだけなのに、真剣。
ママがつぶやく。
「なんであんなに集中できるんだろ」
パパ。
「世界が初めてだからだろ」
◇
帰り道。
ハルが転ぶ。
前より派手に。
でも、泣かない。
立ち上がる。
少しだけ、顔をしかめる。
ママが手を伸ばす。
ハルは見る。
一瞬だけ迷う。
そして、自分で歩く。
パパが小さく言う。
「強くなったな」
ミオが言う。
「もうスーパー赤ちゃんじゃん」
ハル、振り返る。
「すーぱー?」
違う。
たぶん違う。
◇
夜。
寝かしつけ。
今日は静かだ。
ハルはパパの胸に耳を当てる。
どくん。
どくん。
少しだけ、ゆっくりになった。
パパがささやく。
「大きくなるなよ」
ママが笑う。
「無理」
ミオが布団から言う。
「大きくなっても赤ちゃんだよ」
ハルは目を閉じかけながら言う。
「ねぇね」
ミオが小さく答える。
「なに」
「すき」
暗闇で、ミオは笑う。
「知ってる」
◇
できることは増えた。
泣く回数は少し減った。
でも。
眠るときは、まだ抱っこ。
怖いときは、まだママ。
嬉しいときは、まだパパに見せる。
世界は少しずつ広がる。
でも。
家族の半径は、まだ同じ。
◇
ハルは一歳。
なんでもできるように見えて、
まだできないことだらけ。
強そうに見えて、
すぐ泣く。
前に進めるようになっても、
振り返る。
ちゃんと確認する。
そこに、いるかどうか。
パパも。
ママも。
ミオも。
いる。
ちゃんといる。
だから眠れる。
◇
春の夜。
家族四人分の寝息が重なる。
今日も世界は平和だ。
スーパーじゃなくていい。
完璧じゃなくていい。
できることが増えても、
できないことが減っても、
それでもきみは――
ちゃんと赤ちゃんだ。




