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できると思って、やっぱり赤ちゃん  作者: 臥亜


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10/11

ねぇねは、すぐには笑えない

ハルが絵をだめにした日。

 わたしは泣いた。

 声はあまり出なかったけど、

 胸の奥がずっと熱かった。

 あの絵は、三週間かけた。

 学校から帰って、宿題をして、

 夜ごはんのあとに少しずつ描いた。

 テーマは「わたしの大切なもの」。

 わたしは、家族を描いた。

 パパはちょっとだけ背を高く。

 ママは笑っている顔。

 ハルは真ん中で、やたら大きく。

 ほんとは小さいのに。

 でも、なんか真ん中に描きたかった。

 それが、にじんだ。

 水で、ゆっくり。

 顔が溶けたみたいに。

 ◇

「ハル、きらい」

 言ったあと、

 すぐに後悔した。

 でも止まらなかった。

 だって本当に、

 あの瞬間はきらいだった。

 パパとママはハルを怒らなかった。

「だめだったね」

 それだけ。

 わたしは、

 もっと怒ってほしかった。

 ちゃんと怒って、

 わたしのほうを見てほしかった。

 ◇

 夜。

 ハルがこっちを見ていた。

 なんか、いつもと違う顔。

 泣くのを我慢してるみたいな顔。

 ママが言う。

「ハル、ミオに何て言う?」

 正直、聞きたくなかった。

 だって言えないと思ったから。

 まだ一歳だし。

 どうせわかってないし。

 そう思ってた。

「……ご」

 小さい声。

 え?

「ごめ」

 空気が止まる。

「……ごめん」

 はっきりじゃない。

 ちょっと変な発音。

 でも、ちゃんと「ごめん」。

 胸が変なふうに痛くなる。

 ずるい。

 そんなの。

 怒りづらいじゃん。

 ◇

 それでも、すぐには「いいよ」って言えなかった。

 本当はまだ怒ってる。

 まだ悔しい。

 まだ悲しい。

 でも、ハルはこっちを見てる。

 逃げないで。

 ちゃんと立って。

 泣かないで。

 それがわかった。

 だから言った。

「……いいよ」

 本当は、

 “まだちょっとやだけど、でもいいよ”の意味。

 ハルはわかってないかもしれないけど。

 でも、なんか、

 ちゃんと伝わった気がした。

 ◇

 そのあと、部屋で一人になって、

 少しだけまた泣いた。

 絵は戻らない。

 コンクールにも出せない。

 たぶん先生にも言われる。

 「どうしたの?」って。

 説明するの、やだな。

 でも。

 机に残ったにじんだ紙を見ながら、

 ちょっと思った。

 ハルは、わざとじゃない。

 わざとじゃないけど、

 壊した。

 わざとじゃなくても、

 傷つくことはある。

 それって、

 たぶんわたしも同じ。

 ◇

 次の日。

 わたしは新しい紙を出した。

 もう一回、描こうと思った。

 前よりうまく描ける気はしない。

 でも。

 今度は、ハルを少し小さく描いた。

 真ん中じゃなくて、

 わたしの横に。

 そして、

 その横に小さく、

 ぐちゃっとした青い線を一本入れた。

 にじみの色。

 昨日の色。

 消えなかった色。

 それも、家族の色だと思った。

 ◇

 ハルが横で言う。

「ねぇね」

「なに」

「すき」

 まだ発音はへた。

 でも、まっすぐ。

 わたしは答える。

「知ってる」

 昨日より、ちゃんと笑えた。

 すぐには許せなかった。

 でも。

 “ごめん”を聞いたとき、

 半分は、もう許してた。

 たぶんそれが、

 家族ってやつなんだと思う。

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