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できると思って、やっぱり赤ちゃん  作者: 臥亜


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この家で一番偉いのは一歳です

この家で一番えらいのは、たぶん僕だ。

 身長は73センチ。

 語彙は「まんま」「ばっ」「あい!」の三語。

 歩行はまだ不安定。

 だが、権力は絶大である。

 朝六時三分。

 僕は静かに目を開けた。

 天井を見つめ、状況を把握する。

 ――隣に母。

 ――父はまだ寝ている。

 ――お姉ちゃんは自室。

 よし。

 僕は小さく息を吸い、

 的確な音量で泣いた。

「ふぇ」

 まだ序章だ。

 本気ではない。

 母が薄目を開ける。

「……ハル?」

 僕は泣き止む。

 確認完了。

 効果あり。

 しかし今日は少し難易度を上げる。

 再び息を吸う。

「ふぇぇぇぇぇん!!!!」

 最大出力。

 父が飛び起きる。

「どうした!? 地震!? ミルク!?」

 地震ではない。

 ミルクでもない。

 ただの、

 抱っこ要求である。

 母がため息をつく。

「ほら、お父さん。行ってあげて」

 父、戸惑う。

「え、俺?」

 僕は涙を一粒だけ出す。

 ここが勝負だ。

 父、陥落。

「はいはいはいはい、パパがいるよ〜!」

 持ち上げられる。

 高い。

 勝利。

 僕は泣き止む。

 父が誇らしげに言う。

「ほら、泣き止んだだろ?」

 違う。

 僕が止めたのだ。

 母が呟く。

「絶対わかってやってるよね、この子」

 正解である。

 ◇

 七時三十分。

 朝食の時間。

 僕はベビーチェアに座り、家族を観察する。

 お姉ちゃんはトーストをかじりながら不満顔。

「なんでハルばっかり抱っこなの。私なんて昨日転んでも誰も飛んでこなかったよ」

 父が焦る。

「飛んだよ!? 心の中では!」

 母が冷静に返す。

「それ飛んでない」

 空気が少し重くなる。

 ここだ。

 僕はスプーンをわざと落とす。

 カラン。

 三人の視線が一斉に僕へ。

「あーあ」「もう」「はいはい」

 空気が変わる。

 全員、僕の世話へ移行。

 お姉ちゃんの不満、消滅。

 家庭の均衡、回復。

 僕はヨーグルトを口の周りに塗りたくりながら思う。

 ――家族はバランスだ。

 そしてバランサーは、僕。

 ◇

 午前中。

 母とスーパーへ。

 レジ前で、僕はお菓子棚を発見する。

 色。

 光。

 袋の音。

 魅力的だ。

 母は言う。

「今日は買わないよ」

 わかっている。

 ここで選択だ。

 ①あきらめる

 ②泣く

 僕は②を選ぶ。

 全力で。

「ぎゃあああああああああああ!!」

 周囲が振り向く。

 母の頬がひきつる。

「ちょ、ちょっと……」

 僕は床に体を預ける。

 最終兵器、反り返り。

 母、敗北。

「……ひとつだけね」

 勝利。

 だが。

 帰宅後。

 僕は袋を開けてもらい、ひと口かじり――

 満足して放り投げた。

 母、崩れ落ちる。

「なんで!?」

 なぜなら目的はお菓子ではない。

 勝利体験だからだ。

 ◇

 夜。

 家族がテレビを見ている。

 僕は部屋の真ん中に立ち、両手を広げる。

「ばっ!」

 父が即座に立つ。

「抱っこだな!」

 母が笑う。

「ほんと、逆らえないよね」

 お姉ちゃんが僕をじっと見る。

「ハルさ、ほんとは全部わかってるでしょ?」

 僕はにやりとした。

 つもりだったが、たぶんよだれが垂れただけだ。

 ◇

 夜十時。

 部屋が暗くなる。

 僕はベッドに寝かされる。

 天井が広い。

 静かだ。

 昼間は操れる世界も、

 夜は少しだけ怖い。

 心臓の音が聞こえないと、

 世界は大きすぎる。

 僕は小さく息を吸う。

 昼間の計算も、戦略もない。

 ただの音。

「……ふぇ」

 母がすぐに来る。

「どうしたの?」

 抱き上げられる。

 胸の鼓動。

 一定のリズム。

 安心。

 僕は目を閉じる。

 この家は、たぶん僕が回している。

 でも。

 眠るときだけは違う。

 僕はただの、一歳だ。

 抱っこされないと眠れない、

 スーパーじゃない、

 ふつうの赤ちゃん。

 母の胸で、僕は完全に降参する。

 それが今日の、

 ほんとうの勝利だった。

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