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久美

作者: ジャスティ
掲載日:2025/11/24

離婚して独身になった中年男性が、女性に綿の下着を着せて撫で回しながら眠りにつきたいがためにデリバリー嬢を呼ぶ日々に変化が…

# 第一章 綿の感触


午後二時。昼休みの終わり際に、俺は今夜の予約電話を入れる。


「はい、ミラージュでございます」


「予約お願いします。今夜の十一時半から、七十分で」


「かしこまりました。本日ご指名はございますか」


「えっと、優菜さん」


「優菜ですね。少々お待ちください」


保留音が流れる。会社の給湯室の隅で、俺は窓の外を眺めながら待つ。


「お待たせいたしました。優菜、本日でしたら十一時半から可能でございます」


「お願いします」


住所と名前を告げ、電話を切る。


これで、今夜の準備は整った。


***


俺のマンションは、駅から徒歩八分の二十平米ワンルーム。


独身者向けの、ごく普通の部屋だ。ベッド、小さなテーブル、ミニキッチン、ユニットバス。それだけ。離婚してから引っ越してきた。


物は少ない。必要最小限というより、物を持つ気力がなくなったと言うべきか。ただし、クローゼットの一角だけは、別だ。


そこには、四枚の下着セットと、四着のパジャマがある。


すべて同じデザイン。綿一〇〇パーセント、フライス編みの半袖シャツとフルバックショーツ。白、ベージュ、グレー、ピンク。それぞれ色違い。


パジャマは授乳用だ。両脇に穴が開いていて、ウエストはゆるく作られている。本来は出産後の女性が赤ちゃんに授乳するためのものだが、俺の目的は違う。


この生地の感触が、俺には必要なのだ。


***


離婚してから一年ほど経った頃、俺は気づいた。


眠れないわけじゃない。眠りには落ちる。でも、満足できない。


何かが足りない。


妻と暮らしていた頃は、毎晩彼女の体に触れながら眠った。柔らかい肌。温かい体温。規則正しい呼吸。そして、パジャマや下着の、あの生地の感触。


綿のフライス編み。


あの、ほんの少し伸びて、肌に密着して、でもそれでいて通気性があって。その生地越しに女性の体を撫でるとき、俺の頭の中は空っぽになった。何も考えず、ただ触れて、そして眠りに落ちた。


それが、なくなった。


最初は抱き枕を試した。次に、同じような生地の服を買って、クッションに着せてみた。だめだった。


人間じゃないから。


呼吸していないから。


体温がないから。


***


金で解決できることは、金で解決すればいい。


そう思い至るまでに、そう時間はかからなかった。


最初に呼んだのは、ネットで見つけた店だった。適当に女性を選び、普通のサービスを受けた。射精して、終わり。それだけ。


でも、彼女が帰った後、ふと思った。


もし、射精した後に、しばらく添い寝してもらえたら。


そして、その時に、あの生地の感触が味わえたら。


次の予約の時、俺は勇気を出して聞いてみた。


「射精した後、三十分くらい添い寝してもらうことって、できますか」


「添い寝、ですか」


「はい。ただ隣にいてもらうだけで。別に何もしません」


「時間内でしたら大丈夫ですよ」


それから、さらに踏み込んだ。


「それと、もしよければ、こちらで用意した下着とパジャマを着てもらえませんか」


電話の向こうで、少し沈黙があった。


「どんな、ものでしょうか」


「普通の、綿の下着とパジャマです。変なものじゃありません」


「分かりました。一度、確認させていただいてもよろしいですか」


***


こうして、俺の夜のルーティンが始まった。


今では四つの店を使い分けている。それぞれの店から、俺の要望を理解してくれる女性を一人ずつ見つけた。


ミラージュの優菜。クリスタルの真由。エデンの麻衣。そして、ヴィーナスの香織。


彼女たちは互いの存在を知らない。俺も、特に話すことはない。


ただ、週に二、三回、曜日は不定期で、どこかの店に電話をする。そして、夜十一時半に来てもらう。


***


午後十時。帰宅してシャワーを浴び、部屋を片付ける。


ベッドのシーツを確認する。清潔なタオルを用意する。そして、クローゼットから今夜の下着とパジャマを取り出す。


今夜は優菜だから、白のセット。


フライス編みの生地を指で撫でる。少し伸びる感触。この感じだ。この感じが、俺を落ち着かせる。


午後十一時二十五分。少し早めにインターホンが鳴った。


「はい」


「ミラージュです」


ドアを開けると、優菜が立っていた。三十二歳。少しふっくらした体型で、控えめな化粧。今時の流行を追っていない、地味なファッション。


それがいい。


「こんばんは」


「こんばんは。どうぞ」


彼女は慣れた様子で靴を脱ぎ、部屋に上がる。


「いつもの、出してありますから」


「はい、ありがとうございます」


バスルームに入る優菜。俺はベッドに腰掛けて待つ。


深呼吸。


今夜も、あの感触を味わえる。


***


最初の三十分は、彼女の仕事だ。


俺の性欲を処理すること。それは、デリヘルとして当然のサービス。俺たちは黙々とそれをこなす。


詳細は省くが、優菜は丁寧で、無駄がない。そして、俺の好みを知っている。


二十五分ほどで終わった。


後始末をして、俺はパジャマに着替える。


それから、ベッドに横になる。


優菜が、フライス編みの白い下着とパジャマ姿で隣に横たわる。


「じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ」


電気を消す。


***


俺の手が、彼女の体に触れる。


まず、背中。授乳用パジャマの上から、フライス編みの生地越しに、彼女の背中のラインを辿る。


柔らかい。


暖かい。


そして、この生地の感触。


少し伸びて、肌に密着していて、でもそれでいて通気性がある。指先で撫でると、わずかに摩擦があって、その摩擦が心地いい。


手を腰まで滑らせる。パジャマのゆるいウエストから、簡単に手が入る。直接、フライス編みのショーツに触れる。


お尻の丸み。柔らかい肉。そして、この生地越しの感触。


俺の頭の中から、余計なことが消えていく。


仕事のこと。


離婚のこと。


将来のこと。


すべてが、遠のいていく。


今ここにあるのは、この感触だけ。


フライス編みの生地越しに伝わる、女性の体温と柔らかさ。


***


手を脇の穴から入れて、胸に触れる。


授乳用パジャマの機能を、本来とは違う目的で使う。


生地越しに、乳房を包む。揉むのではなく、ただ手のひらで感じる。


優菜の呼吸が、少し変わる。


深く、ゆっくりした呼吸。


彼女はスマホをいじっているのかもしれない。でも、それでいい。


俺はただ、この感触を味わいたいだけだから。


***


背中、腰、お尻、太もも。


それから、お腹、胸、脇腹。


フライス編みの生地越しに、俺の手は彼女の体を巡る。


ゆっくりと。


何も考えずに。


ただ、触れるために触れる。


この感触を確かめるために。


女性の体の柔らかさ。


息づかい。


体温。


そして、綿の生地の、あの独特の感触。


***


どれくらい時間が経ったのか分からない。


俺の手の動きは、だんだんと鈍くなっていく。


意識が、遠のいていく。


優菜の体温が、俺を包む。


フライス編みの生地の感触が、俺を落ち着かせる。


余計なことを考えなくていい。


ただ、この感触の中で、眠りに落ちればいい。


***


かつて、妻とこうしていた。


毎晩、彼女の体に触れながら、俺は眠った。


あの頃に戻りたいわけじゃない。


ただ、あの感触が、恋しいだけだ。


金で買っている。


それは事実だ。


でも、だから何だ。


この感触が、俺の入眠の満足度を高めてくれる。


それで、十分じゃないか。


***


俺の手は、優菜の腰のあたりで止まっている。


もう、動かない。


意識は、ほとんど消えかけている。


最後に、一つだけ思う。


このままでいいのか、と。


でも、答えは出ない。


答えが出る前に、俺は眠ってしまう。


フライス編みの生地の感触に包まれながら。


***


翌朝、目を覚ますと、優菜はもういない。


ベッドには、俺一人。


枕元に置かれているのは、使用済みのタオルだけ。


俺は起き上がり、シャワーを浴びる。


それから、会社に行く。


また一日が始まる。


でも、それは別の話だ。


この物語は、夜だけのものだから。


***


こうして、俺の夜は続く。


今日は優菜。


数日後は真由。


その次は麻衣。


そしてまた、香織。


彼女たちは、互いを知らない。


俺も、彼女たちのことをほとんど知らない。


ただ、週に二、三回、不定期に、電話をする。


そして、夜十一時半に来てもらう。


射精して、添い寝してもらう。


フライス編みの生地越しに、彼女たちの体を撫でる。


そして、眠る。


それだけの、ルーティン。


でも、それが俺の夜だ。


それが、俺の入眠の満足度を高める、唯一の方法だ。


***


四十三歳。バツイチ。会社員。


昼は仕事をして、夜は金で安らぎを買う。


綿のフライス編みの感触を求めて。


女性の体温と柔らかさを求めて。


余計なことを考えずに眠るために。


これが、俺の生活だ。


この先、どうなるのか。


それは分からない。


でも、今は、これでいい。


今夜も、俺は誰かを呼ぶだろう。


そして、また眠る。


フライス編みの生地越しに、温かい体に触れながら。


それだけが、俺に残された、夜の過ごし方だから。


<第一章・了>


# 第二章 もう一人の温もり


「あの、ちょっと相談があるんですけど」


真由がそう切り出したのは、いつものように彼女の体に触れながら、俺が眠りに落ちかけていた時だった。


「ん?」


「今じゃなくても、いいんですけど」


俺は意識を引き戻し、体を起こした。


「どうした」


真由も体を起こし、暗闇の中で俺の方を向く。


「実は、友達のことなんです」


***


話を聞いて、俺は少し考えた。


真由の友人、久美。二十七歳。同棲している彼氏からのDVに悩んでいる。逃げ出したいが、行く場所がない。シェルターや公的機関も考えたが、できれば知り合いのところで少し身を隠したい。


そして、真由は俺のことを久美に話したという。


「どこまで話したんだ」


「全部です。週に何回か、私たちみたいな女の子を呼んで、でもやることやった後は、ただ添い寝してもらって寝るだけって」


「それで?」


「久美も、それなら大丈夫かもって。あの、怒ってます?」


「いや」


確かに、自分の性癖を他人に話されるのは気分のいいものじゃない。でも、真由がそれをしたのは、久美を助けるためだ。


「で、久美はここに泊まりたいと?」


「はい。しばらく、だけ。一週間か、十日くらい。その間に、ちゃんと次のこと考えるからって」


「性的なことは?」


「それは、久美が決めるって言ってました。でも、多分、大丈夫だと思います」


多分。


曖昧な言葉だが、それ以上は聞けない。


「分かった。一度、会わせてくれ」


***


三日後。


俺は駅前のドラッグストアで、新しい下着とパジャマを買った。


フライス編みの綿一〇〇パーセント。半袖シャツとフルバックショーツ。今回は淡いブルー。そして、授乳用パジャマ。


久美が何日いるのか分からないから、二セット買った。


店員の目が気になったが、もう慣れた。


***


その夜、十一時半。


インターホンが鳴った時、心臓が少し早く打った。


「はい」


「真由です」


ドアを開けると、真由と、もう一人の女性がいた。


「こんばんは」


「こんばんは。こちら、久美です」


久美は小柄で、細身だった。真由や優菜たちとは違う。ふっくらしていない。でも、それは仕方がない。


「初めまして。真由から聞いてます」


「ああ。よろしく」


二人を部屋に招き入れる。


久美は、部屋を見回した。


「狭いですね」


「二十平米だから」


「でも、綺麗」


「ありがとう」


真由が、クローゼットから新しい下着とパジャマを取り出す。


「これ、久美の?」


「ああ。サイズ、合うかどうか分からないけど」


久美は下着を手に取り、少し眺めた。


「綿、なんですね」


「そう」


「真由から聞いてました。この生地、好きなんですよね」


「まあ」


久美は、小さく笑った。


「変わってますね」


「そうかもな」


***


その夜は、真由と久美、二人と過ごした。


最初の三十分は真由だけ。いつも通り、彼女に性欲を処理してもらった。久美はバスルームで待っていた。


それから、三人でベッドに横になった。


俺が真ん中。両脇に真由と久美。


狭い。


「ごめん、やっぱり三人は無理があるな」


「大丈夫ですよ」


真由が笑う。


久美は黙っていた。


俺は真由の体に手を伸ばし、いつものようにフライス編みの生地越しに彼女を撫でた。


久美には触れなかった。


しばらくして、俺は眠りに落ちた。


***


翌朝、目を覚ますと、真由はいなかった。


久美だけが、ベッドの端で丸くなって眠っていた。


起こさないように、俺は静かにベッドを出た。


シャワーを浴びて、着替えて、会社に行く準備をする。


久美が目を覚ましたのは、俺が出かける直前だった。


「おはようございます」


「おはよう。ゆっくりしてていいから」


「ありがとうございます」


鍵を二つ用意してあった。一つを彼女に渡す。


「これ、使って。出かける時は鍵かけて」


「はい」


「夕飯、どうする?」


「自分で買ってきます」


「そう。じゃあ、行ってくる」


***


その日の夜、帰宅すると、久美がいた。


コンビニ弁当を食べていた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


久美は、昼間に何をしていたのか話さなかった。俺も聞かなかった。


シャワーを浴びて、パジャマに着替える。


午後十一時を過ぎた頃、俺がベッドに入ると、久美も着替えてきた。


淡いブルーの下着とパジャマ。


「隣、いいですか」


「ああ」


久美が横になる。


俺は、手を伸ばすのを躊躇した。


「触って、いいんですか?」


「真由から聞いてます。それをしないと、眠れないんですよね」


「まあ」


「じゃあ、どうぞ」


久美は目を閉じた。


***


恐る恐る、俺は彼女の背中に手を置いた。


細い。


真由や優菜たちとは、全然違う。


でも、温かい。


そして、この生地の感触は同じだ。


フライス編みの綿。少し伸びて、肌に密着して、でも通気性がある。


手を腰に滑らせる。細い腰。その下の、小さなお尻。


ショーツ越しに、撫でる。


久美は、じっとしていた。


「大丈夫?」


「はい」


声が、少し震えていた。


「嫌なら言って」


「大丈夫です」


***


その夜は、それ以上のことはしなかった。


背中と腰と、お尻を少し撫でただけ。


それでも、俺は眠れた。


フライス編みの生地の感触と、女性の体温。


それがあれば、十分だった。


***


二日目の夜も、同じだった。


三日目も。


久美は何も言わなかった。俺も、必要以上のことはしなかった。


ただ、少しずつ、俺の手は彼女の体を探るようになっていった。


お腹。


脇腹。


太もも。


そして、四日目の夜。


俺が脇の穴から手を入れて、胸に触れようとした時、久美が小さく声を出した。


「あの」


「ごめん」


「いえ、大丈夫です。ただ」


「ただ?」


「くすぐったいです」


久美が、小さく笑った。


それが、彼女の最初の笑顔だった。


***


五日目。


久美が、自分から話し始めた。


「彼氏とは、もう終わりにします」


「そうか」


「荷物、取りに行かなきゃいけないんですけど」


「一人で行くのか?」


「友達に付き添ってもらいます」


「気をつけて」


「はい」


それから、少し沈黙があった。


「あの」


「ん?」


「もう少し、ここにいてもいいですか」


「ああ、もちろん」


「ありがとうございます」


***


六日目の夜。


俺が久美の体を撫でていると、彼女が言った。


「真由から聞きました。最初の三十分、いつもどうしてるか」


「ああ」


「私も、それ、していいですよ」


心臓が、一瞬止まりかけた。


「いいのか?」


「はい。あなた、優しいから」


優しい。


そんな評価を受けるとは思わなかった。


「でも、無理しなくていい」


「無理じゃないです。それに」


「それに?」


「ずっと触られてて、その、少し変な気持ちになってたので」


***


七日目の夜。


俺と久美は、最初の三十分で体を重ねた。


詳しくは書かない。


ただ、彼女は静かで、時々小さく声を漏らした。


終わった後、後始末をして、二人でベッドに横になった。


「ありがとうございました」


「俺が言う台詞だろ」


「でも」


久美は、俺の胸に顔を埋めた。


「久しぶりに、優しくされました」


***


その夜、俺は久美の体を、いつもよりゆっくりと撫でた。


背中。


腰。


お尻。


太もも。


それから、お腹、胸、脇腹。


フライス編みの生地越しに、彼女の体温と柔らかさを確かめる。


細い体だが、それでも女性の体だ。


温かくて、柔らかくて、そして生きている。


「久美」


「はい」


「しばらく、いていいから」


「はい」


彼女の呼吸が、深くなっていく。


俺の手の動きも、ゆっくりになっていく。


そして、いつものように、意識が遠のいていく。


***


これは、どうなっていくんだろう。


久美は、いつまでいるんだろう。


彼女が出て行った後、また元の生活に戻るんだろうか。


でも、今はそんなことを考えなくていい。


今は、この感触の中で、眠ればいい。


フライス編みの生地越しに伝わる、久美の体温。


彼女の規則正しい呼吸。


そして、この静かな夜。


***


翌朝、目を覚ますと、久美はまだ眠っていた。


俺は静かにベッドを出て、シャワーを浴びた。


会社に行く準備をして、久美を起こさないように部屋を出た。


ドアを閉める前に、もう一度ベッドを見た。


小さく丸まって眠る久美の姿。


それを見て、俺は思った。


この生活も、悪くないかもしれない、と。


<第二章・了>


# 第三章 境界線


目が覚めると、いつものように隣は空いていた。


時計を見る。午前七時半。彼はもう会社に行った後だ。


私は久美。二十七歳。今、バツイチ中年男性の部屋で暮らしている。


ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。十一月の朝日が、二十平米の部屋に差し込む。


狭い部屋。でも、清潔で、静か。


テーブルの上に、一万円札が三枚置いてあった。その横に付箋。


「食費と雑費。足りなかったら言って」


彼の字。几帳面な、小さな文字。


これで今週二回目だ。つまり、私がここに来てから、もう六万円もらっている。


***


最初は、ただ泊めてもらうだけのつもりだった。


真由に紹介してもらった、変わった男。デリヘル嬢を呼んで、やることやった後は添い寝してもらうだけ。そんな人の部屋なら、安全だろうと思った。


DVする彼氏の部屋から逃げて、行く場所がなくて、でもシェルターには行きたくなくて。


それで、ここに来た。


最初の数日は、ただ寝るだけ。彼が私の体を撫でるのも、宿代だと思えばいい。そう割り切っていた。


でも。


七日目の夜、私から言ってしまった。


「私も、それ、していいですよ」


なんで、あんなこと言ったんだろう。


***


あれから一週間。


私はまだ、ここにいる。


彼氏の部屋からは荷物を引き上げた。友達に付き添ってもらって、彼氏が仕事中に入って、必要な物だけ持ち出した。


彼氏は、何度もメッセージを送ってきた。最初は謝罪、それから懇願、そして罵倒。


全部、無視した。


そして、今は静かだ。


次に行く場所を探さなきゃいけない。仕事も見つけなきゃいけない。


でも、まだ動けない。


***


午前十時。シャワーを浴びて、彼の部屋着を借りて着る。


洗濯機を回す。私の下着と、彼のシャツとパジャマ。


それから、掃除機をかける。


狭い部屋だから、十分もかからない。


テーブルを拭いて、キッチンを整理する。


やることがなくなると、スマホを見る。


求人サイト。シェアハウスの情報。


でも、どれも現実感がない。


***


午後一時。近所のスーパーで買い物をする。


彼が置いていったお金で。


何を作ろうか。彼の好みが、まだよく分からない。


とりあえず、肉と野菜と米。それから、味噌と醤油。


レジで会計をしながら、ふと思う。


これって、同棲してる人がやることじゃないか。


でも、私たちは同棲していない。


じゃあ、何なんだろう。


***


午後六時。彼が帰ってくる。


「ただいま」


「おかえりなさい」


この会話も、もう慣れた。


「夕飯、作りました」


「ありがとう。助かる」


彼はシャワーを浴びて、私が作った豚の生姜焼きを食べる。


「美味しい」


「よかった」


沈黙。


でも、気まずい沈黙じゃない。


ただ、何を話せばいいのか分からない沈黙。


「仕事、大変だった?」


「まあ、普通」


「そう」


それだけ。


でも、それでいい気がする。


***


午後十一時。


いつもの時間。


彼がパジャマに着替える。私も、淡いブルーの下着とパジャマに着替える。


もう十日以上、毎晩これを着ている。


最初は違和感があったけど、今は慣れた。


綿の生地。フライス編み。肌に密着する感じ。


洗濯しても、すぐ乾く。


実用的だと思う。


ベッドに入る。


彼が隣に横になる。


そして、始まる。


***


最初の三十分。


彼の手が、私の服を脱がせる。


そして、始まる。


もう、何回目だろう。


毎晩じゃない。二日に一回くらい。


彼の性欲が、それくらいの頻度だから。


最初の夜は、緊張した。


でも、彼は乱暴じゃなかった。


ゆっくりで、丁寧で、そして私の反応を確かめながら。


終わった後、彼はいつも「ありがとう」と言う。


それが、不思議だった。


お金を払っているわけでもないのに。


いや、生活費をもらっているから、ある意味お金は払われているのか。


でも、それを言うと、私たちの関係が何なのか、もっと分からなくなる。


***


後半の三十分。


服を着て、ベッドに横になる。


彼の手が、私の体に触れる。


背中。


腰。


お尻。


太もも。


フライス編みの生地越しに、ゆっくりと撫でる。


最初は、これが気持ち悪かった。


性的な行為の後に、こうやって撫でられるのが。


でも、違った。


彼の手は、性的な意味で触っているんじゃない。


確認しているんだ。


ここに、温かい人間がいるって。


それが、分かった時、私も少し力を抜けた。


***


「久美」


「はい」


「明日、何か予定ある?」


「いえ、特には」


「そう」


それだけ。


でも、その「そう」の中に、何かがあった気がする。


「あの」


私から話しかけるのは、珍しい。


「はい」


「私、いつまでここにいていいんですか」


沈黙。


彼の手が、一瞬止まる。


「いつまででも」


「でも」


「でも?」


「私、仕事も探さなきゃいけないし、次の部屋も」


「それは、そうだけど」


彼の手が、また動き始める。


「焦らなくていいよ」


「でも」


でも、何?


私は何を言いたいんだろう。


***


彼の手が、私の胸に触れる。


脇の穴から手を入れて、フライス編みの生地越しに。


揉むんじゃなくて、包むみたいに。


「くすぐったい」


「ごめん」


「いえ」


私は目を閉じる。


彼の呼吸が、耳元で聞こえる。


規則正しい、深い呼吸。


私の呼吸も、それに合わせていく。


***


これは、何なんだろう。


彼と私の関係。


恋愛?


違う気がする。


じゃあ、便利な関係?


それも違う。


依存?


それは、あるかもしれない。


私は、彼に依存している。


部屋も、お金も、そして、この夜の時間も。


でも、彼は?


彼は、私に何を求めているんだろう。


***


「ねえ」


「ん?」


「私じゃなきゃ、だめですか」


「何が?」


「この、添い寝」


沈黙。


「分からない」


正直な答えだった。


「真由たちとは、違うの?」


「違う」


「どう違うんですか」


「分からない。ただ、違う」


***


彼の手が、私の腰のあたりで止まる。


重みだけを感じる。


「久美は、どうなんだ」


「私?」


「ここにいて、嫌じゃない?」


嫌?


嫌だったら、とっくに出て行ってる。


「嫌じゃ、ないです」


「じゃあ、いればいい」


「でも」


「でも?」


「このまま流されちゃ、いけない気がして」


「流される?」


「あなた、四十三歳ですよね」


「ああ」


「私、二十七」


「そうだな」


「十六歳も、違う」


「うん」


「それに、私たち、出会い方も変だし」


「そうだな」


彼は、否定しなかった。


***


「でもさ」


彼の声が、少し眠そうになっている。


「今、ここにいて、久美は安全なんだろ?」


「はい」


「じゃあ、それでいいじゃないか」


「それで、いいんですか」


「俺は、いい」


「私は」


私は?


私は、どうなんだろう。


***


彼の呼吸が、さらに深くなる。


もうすぐ、眠りに落ちる。


私の体を撫でる手も、ほとんど動かなくなっている。


私は、どうしたいんだろう。


ここから出て行きたいのか。


それとも、このままでいたいのか。


答えが出ない。


***


彼が、完全に眠った。


手は、私の腰に置かれたまま。


重い。


でも、嫌じゃない。


むしろ、安心する。


この重みがあるから、私はここにいていいんだって思える。


***


私も、目を閉じる。


今日は、これで終わり。


明日のことは、明日考えればいい。


次の部屋のことも。


仕事のことも。


私たちの関係のことも。


全部、明日。


今は、ただ眠ればいい。


彼の手の重みを感じながら。


フライス編みの生地越しに伝わる、彼の体温を感じながら。


***


翌朝、目が覚めると、やっぱり隣は空いていた。


テーブルの上に、また一万円札が三枚。


そして、付箋。


「今日は早く帰れそう。夕飯、一緒に食べよう」


私は、その付箋をじっと見た。


それから、小さく息を吐いた。


「もう少しだけ」


誰にともなく、呟く。


「もう少しだけ、ここにいよう」


***


午前中、私はまた掃除をして、洗濯をして、買い物に行った。


夕飯の材料を買いながら、ふと思った。


これって、本当に同棲してる人がやることだ。


でも、私たちは同棲していない。


じゃあ、何なんだろう。


まだ、答えは出ない。


でも、今日は、それでいい。


今夜、また彼と話せるかもしれない。


それとも、また何も話さずに、ただ体を重ねて、撫でられて、眠るだけかもしれない。


どっちでもいい。


今は、それでいい。


***


夜。


彼が帰ってきた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


いつもの会話。


でも、今日は少し違った。


彼が、小さな袋を持っていた。


「これ」


「何ですか?」


「ケーキ。駅前で買ってきた」


ケーキ。


「特に意味はないんだけど、なんとなく」


私は、袋を受け取った。


「ありがとうございます」


「いや」


彼は、少し照れたように笑った。


その笑顔を見て、私は思った。


ああ、この人も、よく分かってないんだ。


私たちの関係が、何なのか。


***


夕飯を食べて、ケーキを食べて。


それから、いつものように、ベッドに入った。


最初の三十分。


それから、後半の三十分。


彼の手が、私の体を撫でる。


私は、今日は少し勇気を出してみた。


「ねえ」


「ん?」


「私からも、触っていいですか」


沈黙。


「ああ」


私は、手を伸ばした。


彼の背中に触れる。


温かい。


そして、少し緊張している。


「くすぐったい?」


「いや」


私は、ゆっくりと彼の背中を撫でた。


彼が、いつも私にするように。


「これ、気持ちいいんですか」


「ああ」


「そうなんだ」


私たちは、しばらく互いの体を撫で合った。


そして、少しずつ、眠りに落ちていった。


***


境界線が、少しずつ曖昧になっていく。


彼と私の。


他人と他人の。


でも、まだ恋人じゃない。


家族でもない。


じゃあ、何?


答えは、まだ出ない。


でも、今は、それでいい。


今は、この温もりの中で、眠ればいい。


また明日、考えればいい。


<第三章・了>


# 第四章 都合のいい関係


久美が来てから、三週間が経った。


正直に言おう。最高だ。


毎晩、時間を気にせず添い寝ができる。デリヘルを呼んでいた頃は、七十分という制限があった。俺が寝落ちしても、彼女たちは時間が来れば帰る。たまに一緒に寝落ちして、ドライバーの鬼電で起こされることもあった。


でも、今は違う。


久美は、朝までいる。


俺が眠りに落ちても、彼女はそこにいる。夜中に目が覚めて手を伸ばせば、フライス編みの生地越しに彼女の温もりがある。


これ以上の安心感があるだろうか。


***


会社からの帰り道、コンビニで夕飯を買いながら考える。


この関係は、いつまで続くんだろう。


久美は、そろそろ次の部屋を探すと言っている。仕事も探さなきゃいけないと。


でも、まだ具体的な動きはない。


それでいい、と俺は思う。


急ぐ必要はない。今のままでいい。


この、都合のいい関係が、できるだけ長く続けばいい。


***


都合がいい。


自分でもそう思う。


久美は、俺にとって都合がいい存在だ。


毎晩、時間制限なく添い寝してくれる。


料理も作ってくれる。掃除もしてくれる。


そして、週に三回くらいは、体も許してくれる。


金はかかる。食費と雑費で、週三万くらい渡している。月に十二万。それに光熱費も増えている。


でも、それくらいなら全然問題ない。


デリヘルを週三回呼んでいた頃は、月に四十万から五十万使っていた。


それに比べれば、安い。


しかも、時間制限がない。


圧倒的にコストパフォーマンスがいい。


***


エレベーターで三階まで上がりながら、また考える。


久美のことを、どう思っているのか。


好きか、と聞かれたら。


よく分からない。


いや、正確には、「好き」という感情が何なのか、もう分からなくなっている。


妻を好きだったのか。


結婚した当初は、多分好きだった。


でも、十五年一緒に暮らして、最後は離婚した。


その過程で、「好き」という感情がどう変化したのか、俺にはもう分からない。


***


ドアを開けると、久美がいた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


テーブルの上に、夕飯が並んでいる。


「作りました」


「ありがとう」


俺はシャワーを浴びて、彼女の作った夕飯を食べる。


「美味しい」


「よかった」


これが、毎日続く。


悪くない。


いや、悪くないどころか、快適だ。


***


でも、これは恋愛じゃない。


そう、俺は自分に言い聞かせている。


恋愛だったら、もっと色々しなきゃいけない。


デートに連れて行くとか。


プレゼントを買うとか。


彼女の話を聞いて、共感するとか。


そういうの、面倒くさい。


結婚生活で、散々やった。


もう、いい。


***


食事が終わって、久美が食器を片付けている間、俺はソファに座ってスマホを見る。


ニュース。株価。それから、デリヘルの予約サイト。


久美が来てから、一度も呼んでいない。


でも、アプリは削除していない。


たまに見る。


優菜、真由、麻衣、香織。


彼女たちは、元気にしているだろうか。


俺が呼ばなくなったこと、気づいているだろうか。


***


「ねえ」


久美が、皿を洗いながら話しかけてくる。


「はい」


「今度の休み、どこか出かけませんか」


出かける。


デート、ということか。


「どこに?」


「どこでも。ちょっと、外に出たいなって」


久美は、ここに来てから、ほとんど外に出ていない。


買い物に行くくらいで、他はずっと部屋にいる。


それは、俺のせいかもしれない。


でも。


「ごめん、休みは家でゆっくりしたいんだ」


「そう、ですか」


久美の声が、少し落ちる。


俺は、罪悪感を感じる。


でも、本当に面倒くさいんだ。


***


休みの日くらい、一人でゆっくりしたい。


いや、正確には、家でゆっくりしたい。


久美がいてもいい。


でも、外に出るのは面倒くさい。


人混み。


行列。


どこかのカフェで、何を話せばいいのか分からない会話。


そういうの、もういい。


***


夜。


いつものように、ベッドに入る。


最初の三十分。


久美の体を抱く。


彼女は、いつもより少し消極的だった。


昼間のことを、まだ気にしているのかもしれない。


でも、体は応えてくれる。


終わった後、俺は「ありがとう」と言った。


久美は、何も言わなかった。


***


服を着て、ベッドに横になる。


俺の手が、久美の体に触れる。


フライス編みの生地越しに、背中、腰、お尻を撫でる。


この感触。


これが、俺には必要なんだ。


それ以外は、正直どうでもいい。


久美がどんな人間なのか。


何が好きで、何が嫌いなのか。


どんな夢を持っているのか。


そういうこと、あまり興味がない。


***


冷たいと思うだろうか。


でも、これが俺の本音だ。


結婚していた頃、妻のことを理解しようと努力した。


彼女の話を聞いて、共感して、一緒に悩んで。


でも、最後は離婚した。


理解し合うって、何なんだ。


結局、人は人を完全には理解できない。


だったら、最初から期待しない方がいい。


***


俺が久美に求めているのは、シンプルだ。


毎晩、フライス編みの下着とパジャマを着て、隣に寝てくれること。


俺が彼女の体を撫でるのを、許してくれること。


そして、朝まで、そこにいてくれること。


それだけ。


それ以上でも、それ以下でもない。


***


金は払う。


食費も、雑費も、必要なら服だって買ってあげる。


でも、恋人としての役割は果たせない。


デートにも連れて行けないし、彼女の話を真剣に聞くこともできない。


それは、俺の限界だ。


***


久美の呼吸が、深くなっていく。


俺の手は、彼女の腰のあたりで止まっている。


もう、動かさない。


ただ、この温もりを感じていたい。


この、都合のいい温もりを。


***


でも、これでいいのか。


たまに、そう思う。


久美は、本当にこれでいいのか。


彼女は、もっと違う人生があるんじゃないか。


ちゃんとデートに連れて行ってくれて、話を聞いてくれて、将来を一緒に考えてくれる、そういう人と。


でも、それは俺じゃない。


俺には、それができない。


***


だから、このままでいい。


久美が出て行くまで、この関係を続ければいい。


彼女が次の部屋を見つけて、仕事を見つけて、新しい人生を始めるまで。


それまでは、この都合のいい関係を、存分に味わえばいい。


そう、俺は自分に言い聞かせる。


***


意識が、遠のいていく。


フライス編みの生地の感触。


久美の体温。


規則正しい呼吸。


これがあれば、十分だ。


他には、何もいらない。


***


翌朝、目が覚めると、久美はまだ眠っていた。


俺は静かにベッドを出て、準備をする。


テーブルに、いつものように三万円を置く。


それから、付箋を貼る。


「いつもありがとう」


それだけ。


他に、何を書けばいいのか分からない。


***


会社に向かう電車の中で、また考える。


この関係は、いつまで続くんだろう。


久美は、いつ出て行くんだろう。


そして、彼女が出て行った後、俺はまた元の生活に戻るんだろうか。


週に三回、デリヘルを呼んで、七十分の時間制限の中で眠りに落ちる生活に。


それとも、また別の誰かを見つけるのか。


久美みたいに、都合よく泊まってくれる誰かを。


***


でも、そんな簡単に見つかるわけがない。


久美は、たまたまだった。


真由の紹介で、たまたまここに来て、たまたま馴染んでくれた。


それだけ。


次は、ないかもしれない。


だから、今を大事にしなきゃいけない。


この、都合のいい関係を。


***


都合がいい。


また、その言葉が頭に浮かぶ。


俺は、久美のことを都合よく使っている。


それは、事実だ。


でも、久美だって、俺を都合よく使っているんじゃないか。


家賃のかからない部屋。


生活費。


安全な場所。


お互い様、ということにしておけばいい。


そう、自分に言い聞かせる。


***


でも、どこかで引っかかる。


久美の、あの落ち込んだ声。


「そう、ですか」


デートを断った時の。


あれは、本当に大丈夫だったんだろうか。


でも、俺には無理だ。


デートなんて、できない。


それをする気力も、意欲も、もうない。


***


結局、俺は変われないんだ。


妻と離婚して、一人になって、それから二年以上経っても。


人を理解しようとする気持ちも。


誰かと深く関わろうとする意欲も。


もう、持てない。


ただ、夜の添い寝だけが欲しい。


都合のいい、温かい抱き枕が欲しい。


それだけ。


***


電車が駅に着く。


俺は席を立って、ドアに向かう。


今日も仕事をして、夜になったら家に帰る。


そして、久美が作った夕飯を食べて、ベッドに入る。


彼女の体に触れて、フライス編みの生地の感触を味わって、眠りに落ちる。


それが、俺の一日。


それが、俺の人生。


それ以上でも、それ以下でもない。


***


これでいいのか。


答えは出ない。


でも、今はこれしかない。


だから、このままでいい。


久美が出て行くまで。


この都合のいい関係が終わるまで。


それまでは、このままでいい。


<第四章・了>


# 第五章 熱


その日、俺は昼過ぎから体調が悪かった。


頭が重い。関節が痛い。喉も少しイガイガする。


午後三時、我慢できずに早退した。


「すみません、体調が悪いので」


上司に告げて、会社を出る。


駅までの道のりが、やけに長く感じた。


***


午後四時、部屋に着いた。


ドアを開けると、久美が驚いた顔で立っていた。


「どうしたんですか」


「風邪、かも」


「顔、赤いですよ」


久美が額に手を当てる。


冷たい手。気持ちいい。


「熱、ありますね。測りましょう」


***


三十八度二分。


「結構ありますね」


「そうか」


頭がぼんやりする。


久美が俺をベッドに寝かせて、着替えを持ってくる。


「パジャマに着替えましょう」


「大丈夫、自分で」


「いいから」


久美は、俺のシャツを脱がせて、パジャマを着せてくれた。


それから、冷えピタを額に貼る。


「お粥、作りますね」


「ありがとう」


***


こんなの、何年ぶりだろう。


誰かに看病してもらうの。


妻と暮らしていた頃は、風邪を引いても一人で何とかしていた。


彼女も仕事があったし、俺のことまで手が回らなかった。


というより、俺も頼まなかった。


自分のことは自分でやる。


それが、当たり前だと思っていた。


***


でも、今は違う。


久美が、俺の面倒を見てくれている。


お粥を作って、水を用意して、薬を出してくれて。


「はい、食べられますか」


「ああ」


お粥を一口食べる。


優しい味。


「美味しい」


「よかった」


久美が、少し笑う。


***


お粥を半分ほど食べて、薬を飲んだ。


それから、また横になる。


「少し寝ます」


「はい。何かあったら、すぐ呼んでくださいね」


「ありがとう」


目を閉じる。


でも、なかなか眠れない。


頭が痛い。


体が熱い。


そして、何より、久美が隣にいないのが落ち着かない。


***


どれくらい経ったのか。


ふと目を開けると、久美が椅子に座って、スマホを見ていた。


「久美」


「はい、起きました?」


「隣、来てくれる?」


「でも、風邪うつりますよ」


「いい」


久美は少し迷ったようだったが、ベッドに横になってくれた。


俺は、手を伸ばした。


「触って、いいですか」


「風邪なのに?」


「それとこれとは、別」


久美が、小さく笑った。


「変な人」


***


フライス編みの生地越しに、久美の背中を撫でる。


この感触。


これがあれば、安心する。


熱があっても。


頭が痛くても。


この感触があれば、大丈夫。


「久美」


「はい」


「ありがとう」


「何がですか」


「色々」


それだけ言って、俺は目を閉じた。


***


夜。


熱が上がった。三十九度近くまで。


久美が、何度も冷えピタを替えてくれた。


水も飲ませてくれた。


「大丈夫ですか」


「大丈夫」


嘘だ。


全然大丈夫じゃない。


頭がガンガンする。


でも、久美の前では、弱音を吐きたくなかった。


なぜだろう。


***


「ねえ」


久美が、俺の額を撫でながら言った。


「はい」


「一人暮らし、大変ですね」


「まあ」


「いつもは、風邪引いたらどうしてるんですか」


「薬飲んで、寝る」


「それだけ?」


「それだけ」


久美は、少し悲しそうな顔をした。


「寂しくないですか」


「慣れた」


でも、本当は寂しかったのかもしれない。


今、久美がいてくれることで、初めてそれに気づいた。


***


深夜。


熱で何度も目が覚めた。


その度に、久美がそこにいた。


水を飲ませてくれて、冷えピタを替えてくれて。


「ずっと起きてるのか」


「寝てますよ、少しは」


「悪いな」


「いいです」


久美の手が、俺の頬に触れる。


「あなた、いつも私のこと撫でてるから、今日は私が撫でます」


「ありがとう」


その手が、気持ちよかった。


***


翌朝。


熱は、少し下がっていた。三十七度五分。


でも、まだ体がだるい。


「今日も休んだ方がいいですよ」


「そうだな」


会社に電話して、休むことを伝えた。


久美が、朝食を作ってくれた。


おかゆと、リンゴのすりおろし。


「食べられますか」


「ああ」


少しずつ、食べる。


胃に優しい。


***


昼。


ベッドで横になっていると、久美が話しかけてきた。


「ねえ」


「ん?」


「あなたのこと、何も知らないなって思って」


「何が知りたい?」


「色々」


「例えば?」


「離婚、どうしてしたんですか」


***


沈黙。


この質問が来るとは思わなかった。


でも、今の俺は熱でぼんやりしている。


だから、正直に答えてしまった。


「価値観の違い、かな」


「どんな?」


「彼女は、もっと一緒にいる時間が欲しかったみたい。でも、俺は仕事が忙しくて」


「それだけ?」


「それだけじゃない。色々あった。でも、結局は、俺が彼女を大事にできなかったんだと思う」


***


久美は、黙って聞いていた。


「後悔してますか」


「してる、と思う」


「今からでも、やり直したいとか」


「それは、ない」


「どうして?」


「もう、あの生活には戻れない」


「あの生活?」


「誰かと一緒に暮らして、相手のことを考えて、気を使って。そういうの」


***


久美の表情が、少し曇った。


「じゃあ、私は?」


「久美は?」


「私も、一緒に暮らしてますけど」


「それは、違う」


「何が違うんですか」


俺は、言葉に詰まった。


何が違うんだろう。


久美とも、一緒に暮らしている。


でも、妻との生活とは、何かが違う。


***


「期待してない」


「え?」


「久美に、期待してない」


久美の顔が、さらに曇る。


「それって」


「ごめん、変な言い方だった」


俺は、言葉を選ぶ。


「妻とは、お互いに期待し合っていた。こうしてほしい、ああしてほしいって。でも、それが叶わなくて、お互いに失望して」


「私には、期待しないから、失望もしない、ってこと?」


「そう」


***


久美は、しばらく黙っていた。


それから、小さな声で言った。


「それって、寂しいですね」


「そうかもな」


「期待されないって、いらないってことと同じじゃないですか」


その言葉が、胸に刺さった。


「ごめん」


「謝らないでください」


久美は、立ち上がった。


「ちょっと、買い物行ってきます」


***


久美が出て行った後、俺は天井を見つめた。


期待しない。


それは、保身だった。


期待しなければ、失望しない。


傷つかない。


でも、それは同時に、相手を必要としていないということでもある。


久美は、それに気づいていた。


***


夕方。


久美が戻ってきた。


買い物袋を持って。


「ただいま」


「おかえり」


「夕飯、作りますね」


「ありがとう」


久美は、いつもと変わらない様子で料理を始めた。


でも、何かが違う気がした。


***


夜。


熱は、ほぼ下がっていた。


でも、まだ体はだるい。


ベッドに入ると、久美も隣に横になった。


「今日は、しないですよね」


「ああ」


「じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ」


***


でも、俺は久美に手を伸ばした。


フライス編みの生地越しに、背中を撫でる。


「あの」


「ん?」


「昼間のこと、ごめん」


「いいです」


「いや、よくない」


俺は、言葉を探す。


「俺、久美のこと、必要としてる」


「必要?」


「ああ。都合よく、かもしれない。でも、必要」


***


久美は、体を反転させて、俺の方を向いた。


暗闇の中で、彼女の目が光っている。


「都合よく、必要とされるの、嫌です」


「分かってる」


「じゃあ、どうするんですか」


「分からない」


正直に答えた。


「でも、考える」


「考えて、どうするんですか」


「分からない」


同じ答えしか出せない。


***


久美は、ため息をついた。


「あなた、本当に不器用ですね」


「そうかもな」


「でも」


「でも?」


「嫌いじゃないです、そういうところ」


それから、久美は俺の胸に顔を埋めた。


「もう寝ましょう。明日、また考えればいいです」


「ああ」


***


久美の温もりを感じながら、俺は思った。


このままじゃ、だめなのかもしれない。


都合のいい関係。


それは、いつか終わる。


久美が出て行く。


そして、俺はまた一人になる。


それでいいのか。


***


答えは、まだ出ない。


でも、少なくとも、今日分かったことがある。


俺は、久美を必要としている。


都合よく、かもしれない。


でも、必要としている。


そして、彼女がいなくなったら、寂しいと思う。


それは、確かだ。


***


久美の呼吸が、深くなっていく。


俺の手は、彼女の背中を撫で続ける。


フライス編みの生地越しに。


この感触。


この温もり。


これを失いたくない。


でも、それを維持するために、俺は何をすればいいんだろう。


***


考えながら、俺も眠りに落ちていった。


熱は下がった。


でも、心の中に、新しい熱が生まれていた。


久美への、何か。


それが何なのか、まだ分からない。


でも、確かに、そこにある。


<第五章・了>


# 第六章 夜明け前


「見つけました」


久美がそう言ったのは、俺の風邪が治ってから一週間後だった。


「何を?」


「次の部屋。シェアハウスなんですけど、女性専用で、駅から近くて」


「そうか」


心臓が、少し痛んだ。


「いつから?」


「来週の月曜日から入れるそうです」


今日は水曜日。あと五日。


「分かった」


それだけ言って、俺は黙った。


***


その夜、ベッドに入っても、なかなか眠れなかった。


いつものように久美の体を撫でながら、俺は考えていた。


あと五日。


五日後には、久美はいなくなる。


そして、俺はまた一人になる。


***


「ねえ」


久美が、小さな声で言った。


「はい」


「泊まりに来ても、いいですか」


「え?」


「時々、週に一回とか。ここに泊まりに来ても」


心臓が、早く打った。


「もちろん」


「本当ですか」


「ああ。いつでも」


久美は、少し笑った。


「よかった」


***


でも、それは違う気がした。


週に一回だけ。


それじゃ、足りない。


毎晩、久美の温もりを感じていたのに。


週に一回になったら、俺はどうすればいいんだろう。


***


「あの」


俺から、珍しく話しかけた。


「はい」


「もっと頻繁に来れない?」


「もっと?」


「週に三回とか、四回とか」


久美は、少し考えた。


「それは、ちょっと」


「そうか」


「だって、それじゃ、出て行く意味がないじゃないですか」


確かに、そうだ。


***


「久美は、なんで出て行くんだ」


「え?」


「ここに、いればいいじゃないか」


久美は、体を起こした。


暗闇の中で、俺も起き上がる。


「それは、できません」


「なんで?」


「だって」


久美は、言葉を探す。


「このままじゃ、だめだから」


***


「このままって?」


「あなたの、都合のいい相手のまま」


その言葉が、胸に刺さる。


「俺、変わるから」


「変わる?」


「ああ。もっと、ちゃんとする」


「ちゃんとって、何ですか」


***


俺は、答えられなかった。


ちゃんとするって、何だ。


デートに連れて行くこと?


久美の話を聞くこと?


将来を一緒に考えること?


でも、それができるのか。


俺に。


***


「分からない」


正直に答えた。


「でも、考える。だから」


「だから?」


「出て行かないで」


久美は、黙っていた。


長い沈黙。


それから、小さく首を振った。


「やっぱり、出ます」


「どうして」


「その方が、いいから」


***


久美は、ベッドに戻って横になった。


俺も、横になる。


でも、手を伸ばせなかった。


「触らないんですか」


「いや、触る」


恐る恐る、久美の背中に手を置く。


フライス編みの生地越しに、彼女の温もりを感じる。


「あと五日」


久美が呟く。


「ああ」


「たくさん、触っといてください」


***


その夜から、俺は久美の体を、いつもより丁寧に撫でた。


背中。


腰。


お尻。


太もも。


お腹。


胸。


すべてを、記憶に刻むように。


フライス編みの生地の感触。


彼女の体温。


呼吸のリズム。


すべてを。


***


四日後の日曜日。


「今日、一緒に出かけませんか」


久美が言った。


「どこに?」


「どこでもいいです。ちょっと、外に」


以前、断ったあの提案。


今度は、断れなかった。


「分かった」


***


午後、二人で近所の公園に行った。


特に何をするでもなく、ただ歩いた。


紅葉が綺麗だった。


「綺麗ですね」


「ああ」


「写真、撮りましょうか」


「俺、写真とか」


「いいから」


久美は、俺のスマホを取って、二人の自撮りをした。


「はい、撮れました」


画面を見る。


久美が笑っている。


俺は、少し強張った顔をしている。


「もう一回」


「え?」


「もう一回、撮る」


今度は、少しリラックスして撮れた。


***


ベンチに座って、缶コーヒーを飲んだ。


「あの」


久美が言った。


「はい」


「出て行っても、終わりじゃないですよ」


「分かってる」


「週に一回、泊まりに来ますから」


「ああ」


「それで、だめですか」


「だめじゃない」


嘘だ。


本当は、だめだ。


毎晩、久美がいてほしい。


でも、それは言えなかった。


***


「あなた、変わろうとしてますよね」


「え?」


「今日、こうやって一緒に出てきてくれた」


「まあ」


「前は、断ってましたよね」


「ああ」


「少しずつでいいんです。少しずつ、変わっていけば」


久美は、俺の手を握った。


「私も、待ちます」


***


その夜。


最後の夜。


俺たちは、いつもより長い時間、体を重ねた。


そして、いつもより長い時間、抱き合った。


フライス編みの生地越しに、久美の体を撫で続けた。


「明日、引っ越しですね」


「ああ」


「寂しいですか」


「寂しい」


「私も」


***


「でも」


久美が続ける。


「これでいいんです」


「どうして」


「このままだと、私たち、変わらないから」


「変わる必要ある?」


「あります」


久美の声が、確信に満ちていた。


「あなたは、私をちゃんと必要としてくれるようになる。私は、あなたに依存しないで生きられるようになる」


「それで?」


「それでまた、会いましょう」


***


俺は、久美の言葉を反芻した。


ちゃんと必要とする。


依存しない。


それができたら、何が変わるんだろう。


でも、少なくとも、今よりはいいのかもしれない。


***


「分かった」


「本当ですか」


「ああ。久美の言う通りにする」


「無理しないでくださいね」


「無理しない。少しずつ」


「はい。少しずつ」


***


その夜、俺たちは何度も目を覚ました。


そして、その度に、確認するように抱き合った。


明け方近く、久美が呟いた。


「ねえ」


「ん?」


「金曜日、泊まりに来ていいですか」


「もちろん」


「じゃあ、金曜日」


「ああ、金曜日」


***


月曜日の朝。


久美の荷物は、小さなスーツケース一つだけだった。


「じゃあ、行きます」


「ああ」


玄関で、俺たちは向かい合った。


「ありがとうございました」


「こちらこそ」


「金曜日、来ますから」


「待ってる」


久美は、小さく笑って、ドアを出た。


***


部屋に戻る。


静かだ。


ベッドを見る。


昨夜まで、久美がそこにいた。


テーブルを見る。


もう、彼女の作った料理はない。


クローゼットを開ける。


淡いブルーの下着とパジャマが、綺麗に畳まれて置いてあった。


「忘れ物」かと思ったが、メモが添えてあった。


「また着ます。洗っておいてください」


***


会社に行って、仕事をして、夜に帰る。


部屋は、静かだった。


夕飯は、コンビニ弁当。


ベッドに入る。


隣は、空いている。


手を伸ばしても、誰もいない。


***


眠れなかった。


久美がいないと、眠れない。


いや、眠れないわけじゃない。


ただ、満足できない。


あの感触がない。


フライス編みの生地越しの、温もりがない。


***


火曜日。


水曜日。


木曜日。


毎晩、眠りは浅かった。


そして、金曜日。


***


午後六時。


久美からメッセージが来た。


「今夜、行ってもいいですか」


「もちろん。何時に来る?」


「八時くらい」


「待ってる」


***


午後七時半。


俺は部屋を掃除して、シーツを替えて、久美の下着とパジャマを用意した。


洗濯して、アイロンをかけた。


それから、夕飯の材料を買いに行った。


久美の好きそうなもの。


何が好きだったか、よく覚えていない。


でも、何か作ろう。


***


午後八時。


インターホンが鳴った。


「はい」


「久美です」


心臓が、早く打つ。


ドアを開けると、久美が立っていた。


小さなバッグを持って。


「ただいま」


「おかえり」


***


久美が部屋に入る。


「変わってませんね」


「一週間だからな」


「そっか」


久美は、少し笑った。


「夕飯、作ったんですけど」


「え、本当ですか」


「まあ、簡単なものだけど」


***


二人で夕飯を食べた。


俺の料理は、正直微妙だった。


でも、久美は「美味しい」と言ってくれた。


「次はもっと上手く作る」


「楽しみにしてます」


***


午後十時。


いつもの時間より少し早いけど、ベッドに入った。


久美が、淡いブルーの下着とパジャマを着て、隣に横になる。


「一週間ぶりですね」


「ああ」


俺の手が、久美の背中に触れる。


この感触。


一週間、待っていた感触。


***


「寂しかったですか」


「寂しかった」


「私も」


「本当?」


「本当です」


久美が、俺の胸に顔を埋める。


「シェアハウス、どう?」


「まあまあです。でも、ここの方が落ち着きます」


「そうか」


***


その夜、俺たちはゆっくりと体を重ねた。


一週間分の、寂しさを埋めるように。


そして、いつものように、フライス編みの生地越しに、久美を撫でた。


「来週も、来る?」


「来ます」


「ありがとう」


「お礼、言わないでください」


「でも」


「私が、来たいから来るんです」


***


久美の呼吸が、深くなっていく。


俺の手は、彼女の腰のあたりで止まる。


もう、動かさない。


ただ、この温もりを感じる。


***


これから、どうなるんだろう。


週に一回、久美が来る。


それで、俺たちの関係は続いていく。


そして、少しずつ、変わっていく。


俺も、久美も。


***


完璧な答えは、まだ出ていない。


俺が久美を、ちゃんと必要とできるようになるのか。


恋人として。


それとも、別の何かとして。


分からない。


でも、少なくとも、今は前に進んでいる。


***


久美が、寝言を言った。


「んー」


小さな声。


可愛い。


そう思った瞬間、俺は気づいた。


ああ、これが「好き」なのかもしれない、と。


***


まだ確信はない。


でも、少なくとも、久美のことを考えると、胸が温かくなる。


彼女がいないと、寂しい。


彼女が来ると、嬉しい。


それは、確かだ。


***


窓の外が、少しずつ明るくなっていく。


夜明け前。


一番暗い時間。


でも、もうすぐ朝が来る。


***


俺と久美の関係も、今は夜明け前なのかもしれない。


まだ暗い。


まだ先が見えない。


でも、少しずつ、明るくなっていく。


***


久美の温もりを感じながら、俺は目を閉じた。


明日のことは、明日考えればいい。


来週のことは、来週考えればいい。


今は、この感触の中で、眠ればいい。


フライス編みの生地越しに伝わる、久美の体温。


彼女の規則正しい呼吸。


そして、これから訪れる、新しい朝。


***


これから、どうなるのか。


分からない。


でも、一つだけ確かなことがある。


俺は、もう一人じゃない。


久美がいる。


週に一回でも、彼女はここに来てくれる。


そして、俺たちは少しずつ、変わっていく。


それで、いい。


今は、それで十分だ。


***


<第六章・了>


***


【エピローグ】


三ヶ月後。


久美は、週に二回、この部屋に来るようになっていた。


俺は、月に一度、彼女と外でデートするようになっていた。


まだぎこちない。


まだ完璧じゃない。


でも、少しずつ、前に進んでいる。


***


そして、ある夜。


久美が言った。


「やっぱり、戻ってきてもいいですか」


「ここに?」


「はい」


「いつでも」


「でも、条件があります」


「条件?」


「ちゃんと、恋人として扱ってください」


***


俺は、少し考えた。


恋人として。


それができるのか。


まだ自信はない。


でも。


「努力する」


「努力?」


「ああ。完璧にはできないかもしれない。でも、努力する」


久美は、笑った。


「それで、いいです」


***


そして、また、俺たちの夜が始まった。


でも、今度は少し違う。


ただの都合のいい関係じゃない。


お互いに、少しずつ歩み寄る関係。


完璧じゃないけど、それでいい。


***


フライス編みの生地越しに、久美の温もりを感じながら。


俺は思う。


これが、俺たちの物語。


夜だけの、小さな物語。


でも、俺たちにとっては、かけがえのない物語。


<物語・終>


これは単に私の願望を書いただけの作品です。

私は自分の欲のままにしか書けないので、きっと作品はほとんど残さないと思いますが、気に入って頂けると助かります。

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