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第十六章「真実」

深夜。

潤は一人、会社を出たあと歩道橋に立っていた。

風が吹き抜けるたび、街の灯りが遠くまで揺れる。

目を閉じれば――あの日、初めて選択肢が現れた夜の空気が、まるで昨日のことのように蘇る。


全てはここから始まった。

そして――全ては今この場所で終わろうとしている。


再び、白いパネルが現れた。

だが、それはもう以前のような「選択肢」ではなかった。

ぼやけた輪郭の奥に、うっすらと人影のようなものが揺らいでいる。


【A】問いかける

【B】沈黙する

【C】立ち向かう


「……最後の問いってわけか」


潤はため息を一つ吐き、【A】を選んだ。

すると、パネルがゆっくりと揺らぎ、人影がくっきりと姿を現す。


目の前に立っていたのは――自分だった。

少し若く、少し怯えた表情をした、あの日の神谷潤。

選択肢にすがり、何も自分で決められなかった頃の自分だ。


「……お前は、俺なのか?」


影は頷いた。

その声は、外からではなく、胸の内から響いた。


――僕は、お前だ。

――お前が自分で決断できなかった時、恐れに支配されていた時、その空白を埋めるために生まれた存在。


「……空白、だと?」


――あの日、お前は思ったはずだ。

“このままじゃ何も変わらない”って。

だから僕が現れた。

“選択”という形で、お前に“道”を与えるために。


潤の胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

あの頃――確かに、自分には何もなかった。

勇気も、自信も、責任も。ただ逃げ続けていた。


「じゃあ……ずっと俺は、お前に頼って生きてきたってことか」


――そうだ。

でも、それを悪いとは思わない。

あの時のお前は、誰かの支えがなければ立ち上がれなかった。僕は救いだったんだ。


「じゃあ、なんで今さら現れた。俺はもう、自分で歩いてる」


影はふっと笑った。


――確かに。お前はもう、僕がいなくても歩ける。でもな……一つだけ、忘れてることがある。


影が一歩近づく。潤は息を呑んだ。

目の前の過去の自分と視線が交わる。

あの頃の弱さ、怯え、孤独――全部が目の前にあった。


――僕は「消すべきもの」じゃない。

――お前が積み上げてきた選択そのものだ。

――お前が選ばなかったら、何も始まらなかった。


「……!」


胸の奥で、何かが弾けたように理解が広がっていく。

選択肢は、外から与えられた力でも、神様の声でもなかった。

最初から――自分の中にあった勇気の代わりだったのだ。


「そうか……お前は、俺が決断を恐れてた頃の、俺自身なんだな」


影は静かに頷いた。


――そう。僕はお前の一部だった。

お前が前を向けるようになるまで、ずっと隣にいたんだ。



風が吹き抜けた。

パネルの光が、ゆっくりとほどけていく。

影の輪郭も淡く溶けていく。


――もう大丈夫だな。

――これからは、お前が自分の選択肢で生きていけ。


「……ああ。もう、お前がいなくても大丈夫だ」


――……それを聞けてよかった。


影が微かに笑い、光の粒となって夜空へと消えた。

もう、選択肢は現れない。

でも、不思議と不安はなかった。

胸の奥に――確かな力が残っていたからだ。



「……ありがとう」


潤は夜空を見上げた。

あの夜と同じ歩道橋の上で、もう過去には縛られていなかった。


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