第9話:消された村、拒絶する沈黙
人は言う──「魔族は残虐で、血に飢えた存在」だと。
だが、レオンが出会った魔族は、違った。
ミルは泣き、迷い、怖がりながら、それでも誰かを信じようとしていた。
隠れ里の人々は、火を避け、剣を避け、ただ“静かに暮らしたい”と願っていた。
──では、残虐だったのは、誰だ?
◆ ◆ ◆
目的地は、王国の最果てにある村。
“魔族との共存”を目指して設けられた、かつての“融和の村”。
記録では“消失した”とされているが、バルドとナギアが共に口を揃えて言った。
「まだ、いる。生き延びている者が。
その中に、“ヴァルザグの副官の孫”がいるはずだ」
数日かけて山脈を越え、冷たい風の吹き抜ける谷にたどり着いた。
そして──そこに、村は確かにあった。
だが、異様な空気だった。
畑に人の姿はあるが、誰も声をかけない。
窓が閉ざされ、扉は鍵がかけられ、挨拶をしても返事はない。
“沈黙”が村を支配していた。
「……まるで、誰かに言葉を奪われたみたい」
「違う。これは、“言わないようにされている”」
レオンはそう確信した。
◆ ◆ ◆
村の広場に、ただひとつだけ開いていた酒場があった。
中にいたのは中年の店主。
レオンたちを見るなり、彼は顔をしかめた。
「お前ら……部外者か?」
「魔族と共存していた村を探している。“ヴァルザグの副官”の家系を知りたい」
「……知らん。ここにそんなもんはいねぇ。帰れ」
ぴしゃりと返された。
「だが、ここには記録が残ってるはずだ。戦争前、人間と魔族が一緒に畑を耕していた──そんな村は、他にない」
「……ああ、確かにそうだったさ。だが、もう違う。ここは“王国に従う村”だ。
余計なことを嗅ぎ回ってみろ。今度は“こっち”が燃やされる」
◆ ◆ ◆
その夜、レオンたちは村の外れにある小屋で仮眠を取っていた。
ミルは疲れ切って眠り、セリアが静かに見守っていた。
「なぜ……この村は、あんなに怯えているんでしょう」
「……多分、“裏切られた”んだろうな。魔族にも、人間にも」
深夜。レオンが外に出ると、月明かりの中、ひとりの少女が立っていた。
魔族の特徴を隠していない。
紅い瞳、尖った耳、白銀の髪。
「あなたが……勇者、レオン?」
「……そうだ」
「私は……ノル。ヴァルザグ様の副官──ガリエルの孫娘」
ついに現れた。だが、その瞳は怯えと怒りに満ちていた。
「なぜ、今さら……“人間”の顔でここに来るの?」
「過去の過ちを正すためだ。
君たちが語ることを、俺は“知らなかった”んだ。ずっと、知らないまま戦っていた」
「知らなかったからって、許されるの?
あなたの剣で死んだ“家族”は戻らない。あの炎の中で焼かれた魔族の子供たちは──“知らなかった”じゃ、助からなかった!!」
ノルが叫んだ瞬間、木々が揺れ、村の上空に火の粉が舞った。
「……火だ!」
◆ ◆ ◆
村の中央──火の手が上がっていた。
燃やされていたのは、村の書庫。
そして、そこに立っていたのは、灰色の甲冑に身を包んだ“王国鎮圧兵”。
──王都直属、“記録管理局特別部隊”。
「勇者レオン。命令により、あなたの活動を妨害し、対象記録を焼却する」
レオンが剣を抜くのと、ほぼ同時。
背後の兵たちが村人たちを捕えようと動き出した。
「やめろッ!!」
レオンは跳躍し、火に包まれかけた書架の前で斬撃を放つ。
熱気が吹き飛び、倒れかけた梁を支柱ごと斬り払う。
「……人間が、今度は“味方”気取りか?」
ノルが炎の中で叫ぶ。
だが、その足は、焼け落ちかけた家屋の中へと──一人の老魔族を助けに向かっていた。
「まだ……救える人がいる!」
◆ ◆ ◆
バトルが始まる。
レオンは前衛で突撃し、聖剣で兵の前線を切り崩す。
セリアは治癒魔法と障壁で村人たちを保護。
ミルは幻視の魔法で、敵の位置をレオンに知らせる。
──そして、ノル。
彼女は、魔族の“血の記憶”を呼び覚まし、氷の魔術を使って応戦する。
「私は、人間に斬られた祖父の代わりに、この村を守る!」
吹き上がる冷気が、炎をかき消し、敵の魔術師たちを凍てつかせる。
◆ ◆ ◆
だが、敵は“新たなカード”を切る。
それは──“新たな勇者”ヴィル・ラディア。
「王命により、旧勇者レオンの行動を監視・制圧する。これより任務に入る」
彼は一切の感情を持たず、ただ王に与えられた任務だけを信じて剣を振るう。
レオンと、ヴィル──“勇者”同士の剣が交差した。
◆ ◆ ◆
斬撃が交わり、風が裂ける。
聖剣同士が火花を散らし、かつての“神の選定”が二人の間でぶつかる。
「君は、なぜ戦う?」
ヴィルが問う。
「人を守るためだ。“誰かに命じられたから”じゃない。自分の意志でだ!」
「それは正義か? 君の“個人的な感情”でしかないのではないか?」
「……ああ、そうだ。だからこそ、誰かに支配されない“自分の正義”なんだ!」
◆ ◆ ◆
戦闘の最中、ノルがミルをかばって倒れる。
その姿を見たヴィルが一瞬だけ動きを止める。
「……魔族が、仲間を庇う……?」
その“疑問”が、彼の中に芽生えた。
そして──王国の部隊は撤退する。
目的だった書庫の焼却は未遂に終わり、村はレオンたちに守られた。
◆ ◆ ◆
夜。傷を負ったノルが横たわる中、レオンはそっと彼女に語る。
「ありがとう。君がこの村を守った。
君の中の怒りも、悲しみも、全部本物だった。
でも、“過去に怒り続ける”だけじゃ、誰も救えない……そう、俺も思うようになった」
「……それでも、私は人間を信じられない」
「いいさ。信じなくていい。ただ、俺が“何を選んでいくか”は、君の目で見てくれ」
その言葉に、ノルはわずかに目を閉じた。
◆ ◆ ◆
一方、王都。
王は“第二勇者ヴィル”の報告を受け、静かに笑う。
「芽は、撒かれた。
やがて、正義と正義がぶつかり、民は“どちらを選ぶか”迫られる。
その混乱こそが、我が王権の礎となる」
闇は、着実に王国を包み込みつつあった。