第8話:刃を向ける理由、守るべき小さな命
その朝、レオンは初めて“剣を持っている意味”を、はっきりと理解した気がした。
魔王を倒すための剣ではない。
神に選ばれた剣でもない。
王に命じられて振るう剣でもない。
昨日、ミルを守るために振るったあの剣こそが──“本当の自分の剣”だった。
◆ ◆ ◆
隠れ里の夜明けは静かだった。
昨夜の襲撃による傷跡は深く、倒壊した家屋、怯える子どもたちの姿があった。
だが村人たちの目には、確かな変化があった。
彼らはレオンを見ても、もう怯えていなかった。
“元勇者”ではなく、“自分たちを守ってくれた存在”として彼を見ていた。
「……本当に、守ってくれたのね。人間が、私たちを」
老婆ナギアの言葉に、レオンは首を横に振った。
「まだ、何も守れていない。
俺はただ、自分が“守れなかったもの”を、今度こそ守りたいだけだ」
その言葉に、ナギアはゆっくりと頷く。
「ならば、伝えねばなるまい。この村が隠していた、最後の“炎”を」
◆ ◆ ◆
村の地下に掘られた洞窟の奥。
そこに眠っていたのは、“禁の碑文”と呼ばれる魔族の封印だった。
「これは……?」
「王国に破壊された“記録の大図書”。
そこから、わずかに救い出された断片をこの地に刻んだもの。
そして、もう一つ──“力”を預けた存在が、この村にいる」
ナギアが手を伸ばす先にいたのは──ミルだった。
「私が……?」
「お前の血に眠るのは、“統合魔記”。魔族全種の記憶と、歴史を集約する媒体。
本来は成人の儀を経て受け継ぐはずだったが……戦火のなかで、彼女は無理やり“継承”されたのだ」
魔王ヴァルザグの直系の血筋。
そして、記録と力の器。
王国が狙う理由。それが、今明かされた。
◆ ◆ ◆
「……私は、戦いたくない。けど、逃げるのも……嫌」
ミルはそう言って、静かにレオンの手を取った。
「私ができるのは、ただ生きること。……だから、“私が生きてる意味”を、誰かに見つけてもらいたいの」
その言葉に、レオンは答えた。
「なら──俺が、その意味を見つけるまで、守り続けるよ」
◆ ◆ ◆
その頃、王都──
王オルフェス三世は、玉座の間でひとりの少年を前に立たせていた。
「名は?」
「ヴィル・ラディア。出自は孤児。剣術と魔術の適正値、共に勇者クラスです」
「素晴らしい。……新たな“勇者”としての器には、十分すぎるな」
レオンの存在が、王国の“正義神話”にとっての障害となりつつある今、
王は第二の英雄を育て、民意を再編成する計画を進めていた。
「君には、“旧勇者”を超える英雄になってもらう。
そして、今度こそ忠実に、“我が正義”を体現する存在となれ」
「……私は、王に命じられるままに剣を振るいます。それが“救い”だと教えられましたから」
王は満足げに笑った。
「君は、決して“問い”を抱いてはならぬ。
剣はただ振るうものであり、“振るう理由”は与えられるものなのだから」
◆ ◆ ◆
数日後、レオンたちは隠れ里を出発する。
王国の刺客がこの村に再度現れるのは時間の問題だった。
レオンの旅には新たな使命が加わっていた。
“記憶の器”であるミルを守り抜くこと。
そして、彼女に“生きる意味”を与えること。
「次に向かうのは、王国と魔族の間で一時期だけ共存していた“融和の村”。
そこに、ヴァルザグの副官だった者の子孫がいる可能性がある」
ナギアが残した地図には、その村の位置が辛うじて記されていた。
◆ ◆ ◆
だがその直前、再び暗雲が立ち込める。
森の途中、小さな廃屋で休んでいた三人に、見慣れない影が現れた。
──金の髪、深紅のマント、精巧な剣を背に負う少年。
「貴様が……かつての“勇者”レオンか?」
「……君は?」
「王より命を受けた、新たな勇者、ヴィル・ラディア」
セリアが身構える。
「まさか、もう動き出したの……!?」
だが、ヴィルは剣を抜かなかった。
「私は、君と戦うために来たのではない。……“理解する”ために来た」
「……理解?」
「王は言った。『旧勇者は自分勝手に剣を捨て、国を裏切った』と。
だが、それが本当なら……なぜ、君の背後には“人々”がいるのか?」
レオンは一歩、前に出た。
「それを……知りたいのなら、俺の旅を見ていくといい。
俺は、国のために戦うのをやめた。でも、人のために戦うのをやめたわけじゃない」
ヴィルは目を伏せ、数秒の沈黙の後、小さく言った。
「……今は、君を見逃す。だが、いずれ──剣を交える時が来るかもしれない」
風が吹き、木々がざわめく。
レオンはその背に、少女の命と、世界の“語られなかった歴史”を背負いながら、再び歩き出した。
その剣は、もはや“選ばれた者の剣”ではない。
“選び続ける者”の、剣だった。