表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第7話:隠れ里の少女、語られぬ涙

その村は、地図にはない場所にあった。


 霧に包まれた山奥。深い森を抜け、獣道の先にぽつんと佇む、小さな集落。

 石と木を組み合わせた粗末な住居、手掘りの井戸、風を防ぐ布の垣根。

 文明の光から取り残されたその場所で、魔族の血を引く者たちがひっそりと暮らしていた。


「……本当に、いたんだな。魔族の生き残りが」


 レオンは、村の入り口に立ち、深く息を吐いた。

 その背後にはセリア。

 村人たちは、見慣れぬ“人間”の姿に警戒し、物陰に身を隠している。


「レオン。気をつけて。私たちは“英雄”としてではなく、“敵”として見られている」


「ああ、わかってる。けど、ここで引いたら……俺は、もう自分を許せない」


 


◆ ◆ ◆


 


 村の中央、風よけの布をくぐって現れたのは、一人の老婆だった。

 しわだらけの手には杖。だが、その目は鋭く、揺るぎない意志をたたえていた。


「何の用だ、勇者よ。もう、斬り残しの命でも刈り取りに来たのか?」


「違います。……俺は、魔王ヴァルザグを倒しました。

 でも、その最期の言葉を、どうしても忘れられなかった」


 老婆──村の長ナギアは黙って耳を傾けていた。


「この村には、記録があると聞きました。魔族の側から見た、あの戦争の真実が。

 ……俺は、知りたいんです。“自分が何を斬ったのか”を」


 


 ナギアはしばらく沈黙したあと、小さく頷いた。


「ならば、会わせてやろう。“記録”そのものに──」


 


◆ ◆ ◆


 


 連れて行かれたのは、村の一番奥にある、崩れかけた石の祠だった。

 その中で、レオンはひとりの少女と出会う。


 白銀の髪、紅い瞳。

 人間離れした美しさと、どこか影のある佇まい。


「……あなたが、“勇者”?」


「ああ。名はレオン。君は?」


「ミル。……ここで生まれて、ずっと隠れて生きてきた、魔族の子よ」


 その声に、怒りも恐怖もなかった。

 ただ、哀しみだけがにじんでいた。


「私は“記憶の器”……魔族が失った記録、消された歴史を、精神に焼き付けられた存在」


 ミルは、自らの額にそっと指を当てた。


「だから私は──死んではならない。私の死は、“種族の死”と同じ意味を持つの」


 


◆ ◆ ◆


 


 レオンは彼女から“記録”を見せてもらう。

 それは文字ではない。

 ミルが精神に直接“幻視”として見せる、かつての出来事そのものだった。


 


 ──幻視:

 魔族の代表が、王国の将軍と握手を交わし、言葉を交わす。

 “和平”を結ぶ瞬間。

 だが、その背後で、王都から送られた密命が到着する。


 >《和平交渉は破棄。交渉使者を処分し、即時侵攻を開始せよ》

 >《敵意を演出し、“正義の開戦”を宣言せよ》


 交渉に立ち会った人間の兵士たちは動揺するが──命令には逆らえない。

 そして、記録は血に染まる。


 


「……これが、すべて……?」


「ええ。魔族は、交渉の席で斬られたの。

 私たちは、“悪”に仕立て上げられて、奪われて、滅ぼされた」


 


◆ ◆ ◆


 


 そのとき──森の奥から、殺気。


「来たな……!」


 セリアが魔法障壁を展開すると、次々と飛来する矢が霧を裂く。


 ──王国直属部隊、“灰の追手”。


 黒灰色の軽装鎧に身を包んだ部隊は、正規軍とは異なり、戦闘と“口封じ”のためにだけ育てられた刺客集団だった。


「勇者レオン。命令により、お前を排除する」


 その中に、見知った顔があった。


「……カイン……!」


 王国魔術師団に転属したかつての仲間──カインが、灰の追手の指揮を執っていた。


「……これが、今の“お前の立ち位置”だよ、レオン」


「俺は真実を知った。それを見て、黙っていられなかっただけだ!」


「正義は民が信じる側にある。国を守るのが“正義”なんだ。お前のしてることは、ただの裏切りだ!」


「違う……!」


 セリアが叫んだ。


「正義は、“誰かの命”を踏みにじってまで貫くものじゃない!」


 


◆ ◆ ◆


 


 戦闘が始まる。

 カインは精密な魔法陣を展開し、セリアとぶつかる。

 灰の追手たちは、集落を包囲し、ミルの命を狙って襲いかかる。


 レオンは剣を抜いた。


 「──この剣は、もう“王”のものじゃない!」


 雷のような斬撃が走る。

 神速の一撃で、追手の前衛を打ち倒し、崖際まで押し返す。


 「お前たちが信じてるものが、本当に正しいのか。

  “自分の剣”で、それを確かめたことはあるのか!!」


 その問いに、誰も答えられなかった。


 


◆ ◆ ◆


 


 戦いは激化するが、村人たちとレオンたちの連携で、追手たちは撤退を余儀なくされる。

 最後まで残ったカインは、レオンを見つめ、静かに言った。


「……俺はお前を敵だとは思っていない。

 でも、お前がこのまま王に背き続けるなら……次は、お前を殺す覚悟で来る」


「それでも……俺は、退かない」


 そう言ったレオンの瞳に、迷いはなかった。


 


◆ ◆ ◆


 


 戦いのあと、ミルがそっとレオンのもとへ来る。


「……私は、あなたが勇者だったことを知ってる。

 でも、今のあなたは──“私たちを守ってくれた人”だ」


「ありがとう」


 レオンは彼女の頭に手を置いた。


「その言葉だけで……もう十分だよ」


 


◆ ◆ ◆


 


 その夜、村の焚き火の前で、ナギアはレオンに言った。


「この子には……記憶を超えた“力”が宿っている。

 それを知って、王国は狙っている。だが同時に──お前を恐れてもいる」


「俺を?」


「お前が、民の“正義”を奪う存在になるかもしれないからだ」


 レオンは火を見つめながら、ゆっくりと答えた。


「なら、その覚悟も背負っていこう。

 誰にとっての正義かじゃない──“俺にとっての正義”を貫くために」


 


◆ ◆ ◆


 


 一方、王国。


 王・オルフェスは、執務室で側近にささやいていた。


「勇者は、もはや制御不能。……だが、捨てた剣は“英雄”の剣だ。

 民はまだ奴を信じている。……ならば、“信じていた民”ごと壊すまで」


「新たな計画を?」


「ああ。次の“英雄”を仕立てる。レオンに代わる、純粋な器をな」


 


 夜は深まり、そして静かに──“第二の勇者計画”が動き出す。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ