第6話:パーティの亀裂、勇者の孤独
火の揺れる光のなか、レオンは静かに筆を走らせていた。
村の片隅、小さな石造りの納屋。そこが、彼の仮の“居場所”だった。
目の前にあるのは、王国の地図と、バルドから渡された“魔族の痕跡”の記された羊皮紙。
「この場所……間違いない。王都北方、旧教会区跡……」
「そこに“失われた記録”があるのですね」
肩越しに声をかけたのはセリアだった。
彼女の手には温かい薬草茶。ミルが煎れてくれたらしい。
「少し、話しましょう。これからのこと……そして、仲間たちのことも」
◆ ◆ ◆
翌朝、レオンとセリアは“隠れ里”を離れた。
王国による追跡の危険が高まるなか、次に向かうのは旧王都北方の“記録庫跡地”。
そこには、かつて魔族との共存を模索していた神官たちがいたとされ、現在は廃墟と化している。
だが、ある記録によれば──「一部の“裏切り者”たちが逃げ込み、そこで記録を守っていた」──という噂も残っていた。
「……俺の剣はもう、“王”のためには振るえない。
だからこそ、“過去”の声を拾っていくしかない」
◆ ◆ ◆
二人が街道を抜け、町にたどり着いたのは三日後の夕方だった。
そこは中規模の交易都市。
そして、そこで──再会は唐突にやってきた。
「……レオン、か?」
低く、重い声。振り返れば、そこにいたのはパーティの旧友──戦士・ゴルドだった。
その背中には、今も“勇者パーティ”の紋章を刻んだマントが揺れている。
「お前、生きてたのか……って、いや、生きてるよな。だって王都じゃ今、“勇者レオン、国を裏切る”って話でもちきりだ」
ゴルドの言葉に、セリアが一歩前へ出た。
「私たちは真実を探しているだけです。王の命令に背いたのは……レオンの信念が変わったからです」
「変わった?……お前たち、何を見てきたんだよ」
宿の片隅。
ゴルドは頑丈な椅子に腰を下ろし、ぶっきらぼうに言った。
「俺はまだ信じたい。お前が“敵”じゃないってことを。でも……カインはもう、完全にお前を見限ってる」
「……カインが?」
「アイツはもう“王直属魔術師団”に入ってる。お前の裏切りを公式に報告した張本人だ。
“英雄の末路”を誰よりも早く切り捨てたのは、かつての仲間だったわけだな」
◆ ◆ ◆
レオンは、何も言わなかった。
ゴルドの言葉が鋭く突き刺さっていた。
「本当は……わかってたんだ。俺が一人だけ、あのとき疑問を抱いたこと。
魔王の目……あれは、“悪”の目じゃなかった。
でもさ、正直、怖かった。今まで信じてきたことを壊すのが……怖かったんだよ!」
拳を握り、ゴルドは机を叩いた。
「けど、お前は斬った。疑念を抱えたまま、王に逆らった。
──だから、俺ももう一度、自分に問いたいんだ。“俺が信じてた正義”は何だったのかって」
「ゴルド……」
「次、会うときは味方かどうかわからねぇ。でも俺は──お前を信じていた頃の自分を、まだ捨てきれねぇよ」
そう言い残し、ゴルドは夜の街へ消えていった。
◆ ◆ ◆
翌日。
レオンとセリアは“旧教会跡地”に足を踏み入れた。
そこは森に埋もれた廃墟。半壊した石造りの聖堂がぽつんと立っている。
崩れた床、煤けた祭壇。
だが、地下へと続く階段が隠されていた。
階段の先には、小さな部屋があり、そこに──記録が眠っていた。
束ねられた羊皮紙。
“魔族との共存”を語る神官の日誌、
交渉記録、犠牲者のリスト──そして、ひとつの決定的な文書。
《王国宰相私信・極秘》
《魔族との和平は、支配構造を壊す危険あり》
《よって情報は塗り替え、魔族を“敵”と定義》
《勇者の育成計画は予定通り進行。神託調整完了》
《“救世”を演出し、国民意識を統一せよ》
「……全部……演出だったのか」
レオンの膝が崩れ落ちた。
自分が“選ばれた勇者”だった理由すら──最初から仕組まれていた。
人々の希望、仲間たちの信頼、あらゆる“正義”の根幹が、
この数行の紙に粉々に砕かれていた。
「レオン……」
「俺は……俺は、ただ……信じたかっただけなのに……!」
拳を握り、記録を胸に抱くレオン。
その瞬間、地下の奥に物音が走る。
「誰か、いる……」
セリアの声と同時に、石の扉が開く。
現れたのは──かつて王宮付きの文官だった老婆。
名はソリーヌ。王に仕えながらも記録を守る“最後の神官”だった。
◆ ◆ ◆
老婆は語る。
「あなたは、罪深くも純粋な剣を持っている。
だからこそ、正義の仮面をかぶせられ、都合よく使われた。
だが──その剣が“誰かの命”のために抜かれたとき、初めてその意味が変わるのです」
彼女は、失われた記録の保管者だった。
王の政策で処刑される前に逃げ、今も真実を記録し続けていた。
「どうか……剣だけではなく、“記録”でも世界を変えてください。
かつて勇者だった者としてでなく、“ただの一人間”として」
◆ ◆ ◆
その夜、レオンはノートを開いた。
そして、書き始めた。
「俺の知ったこと、俺の見たもの。
すべて記して、いつか、誰かに渡す。
俺の剣が折れたとしても、言葉が残る限り──この旅は終わらない」
再び歩き出すその足は、今や迷いを脱ぎ捨て、孤独を引き受けていた。
“かつての仲間”と敵対する覚悟。
“正義の物語”に背を向ける勇気。
だが、その背中は──確かに、“本当の勇者”のものだった。