表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第一話:勇者、魔王を討つ。

世界を救う──

 その言葉を、レオンは何百回と聞いて育ってきた。


 光の神に選ばれし子。

 神託によって発見された“運命の少年”。

 そして、王国が掲げた希望の象徴──勇者。


 だがその旅路の果てに、彼は思い知ることになる。


 自分が斬ったものは、本当に“悪”だったのか?

 そして、自分が守ったものは──本当に“正義”だったのか?


 


 


◆ ◆ ◆ 


 


 


 魔王城の最上層──


 重く冷たい空気が、勇者一行を包んでいた。


 黒曜石で組まれた柱、赤く脈打つ魔力の壁。

 床にはいくつもの魔法陣と、破壊された装飾品が転がっている。

 さながら、この部屋そのものが生きているかのようだった。


「気をつけて。魔王の気配がすぐそこにある」


 聖女セリアが、銀の杖を胸元で構えながら呟く。

 その言葉に応えるように、重厚な扉がひとりでに軋んだ。


 ──ガギィィ……ィ……


 闇の奥。

 王座らしき場所に、巨大な黒い影があった。


「……よくここまで辿り着いたな、人間の勇者よ」


 響き渡る低音。

 部屋の空気が、一瞬で変わった。


 そこにいたのは、鋼のような肉体と漆黒の翼をもつ男──魔王ヴァルザグ。

 燃える双眸で、レオンたちを見下ろしていた。


「ここで終わらせる。……覚悟しろ、魔王!」


 レオンが前へ出た。

 背には聖剣レグナスブレイヴ。聖なる光を帯びた刃が、緊張に震えている。


「くるぞ!」


 仲間たちが一斉に構えを取った瞬間──戦いが始まった。


 


 


◆ ◆ ◆


 


 


 ──轟音。

 ──爆裂する魔法。

 ──きらめく刃と、うねる雷光。


 レオンは魔王の巨体を相手に、何十合も剣を交えた。

 魔王の一撃は山をも砕く威力があり、直撃すれば即死。

 だが、その隙を縫って仲間の魔法や補助が次々と重なっていく。


「聖なるディヴァイン・ガード!」


 セリアが詠唱と同時に魔法陣を展開し、レオンを光の壁で包む。

 魔王の漆黒の爪がそれを砕こうとするが──間一髪、レオンのカウンターが決まった。


 ──ズバァッ!


 剣が魔王の左肩を切り裂いた。

 黒い血が飛び散り、魔王が後退する。


「貴様ら……その剣……やはり、神の造りしものか……!」


 だが、それでも魔王は倒れなかった。

 叫ぶように魔力を凝縮し、最後の大技を放とうとする。


「これで終わりだァァアアアアッ!!」


 紫電をまとった魔王の拳が振り上げられる。

 その瞬間、セリアの祈りが最高潮に達した。


「──今です、レオン!」


「はぁぁああああああああっ!!」


 聖剣が光を放ち、魔王の胸を真正面から貫いた。


 


 


◆ ◆ ◆ 


 


 


 ──静寂。


 その巨体が、音もなく膝をつく。


 呼吸は止まり、血が口元を伝い落ちる。

 だが、魔王はまだレオンを見ていた。


「……見事、だった」


「……これで、終わりだ」


 そう言いかけたレオンに、魔王が苦笑を向ける。


「終わり……? ふ……違う……これが、始まりだよ……勇者」


「……なに?」


「お前は、“知らない”のだな……自分が、何を守り……何を壊したのかを……」


「……!」


 その瞬間、レオンの心に“わずかな揺らぎ”が生まれた。


「人間の王は……すべてを欲している。魔族だけではない……竜族も、精霊も、そして……人間すらも……」


「な、にを……」


「我らが滅ぼされたとて……人の欲望は終わらぬ……それどころか、いよいよ始まるだろうさ……真の地獄が……」


 ヴァルザグの瞳には、恐れではなく“諦め”が宿っていた。

 彼は、死を拒んでいない。むしろ、“伝えるために死を受け入れていた”。


 そして──そのまま、崩れるように倒れ、静かに、灰となって消えていった。


 


 


◆ ◆ ◆


 


 


 「やったぞォォォォ!!」


 仲間のカインが叫んだ。

 セリアが静かに祈りを捧げ、ゴルドが魔王の玉座に剣を突き立てた。


 だが、レオンだけは──剣を抜いたまま、動けずにいた。


 魔王の最後の言葉が、心に深く刺さっていた。


 「自分が何を守ったのか」

 「本当に正義だったのか」


 仲間の歓声、王国の勝利、民の歓喜。

 そのすべてが、遠くの出来事のように感じられる。


 自分が信じていた“物語”の外に、何かがある。

 魔王のまなざしは、それを知っている者の目だった。


「……これで、本当に……よかったのか?」


 勇者の問いに、誰も答えることはなかった。


 だが、その問いこそが──すべての始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ