大人になった子供2024/12/04 15:12
美咲が15歳の夏、その日常は壊れた。どこにでもある田舎町、夏休みの中盤。学校が終わり、彼女は友人たちとコンビニでアイスを買い、笑いながら帰り道を歩いていた。何の変哲もない一日であるはずだった。
その夜、美咲は予想もしなかった恐怖に襲われた。知らない男に呼び止められ、脅され、逃げようとしても力で抑えつけられた。彼女の頭は真っ白になり、恐怖と混乱の中で何が起きているのかも理解できなかった。
事件後、美咲は誰にも話せなかった。学校に行っても、友人と話していても、あの夜のことが頭を離れない。
親に相談しようとしても、
「しっかりしなさい」「そんなことで怯えるな」
と冷たく返されるだけだった。
母親との関係は元々良くなかった。父親は仕事が忙しく、家にほとんどいない。家族というより、同じ屋根の下で過ごす他人のような存在だった。
数週間後、吐き気とだるさに襲われた美咲は病院に行くことを決めた。
検査結果を聞いたとき、彼女の耳には
「妊娠しています」
という医師の言葉が遠く響いた。
「嘘でしょ…」
頭が真っ白になる中で、美咲は何度もその言葉を心の中で繰り返した。
家に帰り、その事実を母親に伝えると、母親は険しい顔で彼女を見下ろした。
「どうするつもり?こんなこと、簡単に許されると思ってるの?」
と非難の言葉が飛び交う。
「堕ろしなさい」
と冷たく言い放つ母親に、美咲はただ涙を流すしかなかった。
でも、美咲はどうしてもそれを受け入れられなかった。
彼女の中に宿る小さな命を感じるたびに、
「この子は私だけのものだ」
と思えてきた。15歳の彼女には人生がまだどうなるか分からない不安があったが、この命を守りたいという気持ちはそれを超えていた。
「私が守るしかない。」
その言葉を胸に、美咲は自分の選択を固めた。
彼女の人生はその瞬間、大きく変わった。
学校を辞め、周囲の目を気にしながらも、彼女は産む決意をした。親のサポートは期待できず、ひとりで生きるための道を模索する毎日。友人たちも次第に離れていき、美咲は孤独の中で自分自身と向き合う日々を過ごした。
やがて、赤ちゃんが生まれた。小さくて暖かいその存在は、美咲にとって唯一の希望だった。
「あなたがいるから、私も生きていけるの」
と、美咲は胸に抱いた赤ん坊に語りかけた。彼女はその子に「凛」と名付けた。その名前には「強く、美しく生きてほしい」という願いが込められていた。
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第1章: 凛の反抗
現在、美咲は30歳。凛は中学3年生、15歳になった。二人は小さなアパートで一緒に暮らしているが、最近では口を開けば喧嘩ばかりだった。
「また今日もあの人のところに行くの?」
凛は美咲が出かける準備をしている姿をじっと睨んだ。
「そうよ。でも、何か問題でも?」
美咲は軽い調子で答えたが、凛の不機嫌さに気づいていないわけではなかった。
「別に。ただ、最近ずっと家にいないじゃん。」
凛は目を逸らしながら小さく呟いた。
「凛、ママだって自由な時間が必要なのよ。それに彼も大切な人なんだから。」
美咲は自分の言葉に正当性を持たせようと微笑んだが、その笑顔は凛にとって逆効果だった。
「自由?じゃあ、私は何?自由の邪魔なだけ?」
凛の声が少しずつ強くなる。
「そんなこと言わないでよ。凛だってママのこと分かってくれるでしょ?」
美咲は少し困ったような顔で言った。
「分からないよ。全然分かんない。」
凛は大きな音を立ててリビングのドアを閉め、自分の部屋に籠った。
一人になった美咲は、キッチンの椅子に腰掛けて深くため息をついた。凛の態度が最近冷たくなっているのは分かっていたが、どう対処すればいいのかが分からなかった。自分が母親として未熟であることを痛感しながら、凛が求める愛情をどう与えればいいのか、答えが見つからない。
一方、部屋に閉じこもった凛はベッドに横たわり、天井を見つめていた。
「あの人さえいなければ…」
そんなことを考えながらも、心の奥底では母親に対する愛情が完全に消えていないことに気づいていた。
第2章: 恋する凛
凛には学校の先輩に恋をしている秘密があった。名前は翔太、学年はひとつ上。凛が初めて翔太を意識したのは、図書室での偶然の出来事だった。
「これ、落としたよ。」
翔太が机の上に置かれたノートを拾い上げ、凛に差し出した。その瞬間、彼の穏やかな笑顔に心臓が跳ねるのを感じた。
「ありがとうございます…!」
凛は顔を赤らめながら答えた。その日から、翔太を見るたびに胸が締め付けられるようになった。彼の笑顔、声、仕草――すべてが彼女にとって特別だった。
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放課後の廊下。凛は友達と一緒に帰ろうとしていたが、翔太の姿を見つけると無意識に足を止めた。
「どうしたの?」
友達に問われたが、凛は軽く笑って
「なんでもない」
と返すだけだった。
その日は偶然が重なり、翔太と二人きりで歩く機会があった。凛は緊張しながらも、話しかけるタイミングを伺っていた。
「翔太先輩って、どんな本が好きですか?」
「本?うーん、最近はあまり読まないけど…小さい頃は冒険ものとか好きだったな。」
彼の言葉に、凛はますます心を惹かれた。
「私もそういうの好きです!」
と返すと、翔太が
「そうなんだ」
と微笑んだ。その笑顔に、彼女は思わず自分の顔が熱くなるのを感じた。
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家に帰ると、美咲がリビングでスマホをいじっていた。
「今日は楽しかった?」
と何気なく尋ねられるが、凛は
「別に」
と冷たく返す。心の中では翔太との時間を反芻していたが、母親に話す気にはなれなかった。
「何かいいことあったんでしょ?顔に出てるよ。」
美咲はからかうように笑ったが、凛はそれを無視して自室に引っ込んだ。
ドアを閉め、ベッドに飛び込むと、スマホを取り出して翔太との会話を何度も思い返した。
「好き…」
その言葉が自然と心に浮かぶ。
「でも、どうやってこの気持ちを伝えればいいんだろう。」
彼に好かれたい一心で、凛は自分がもっと大人っぽくなる方法を考え始めた。
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第3章: 美咲の孤独
一方で、美咲の生活は凛とは対照的だった。20歳年上の恋人である佐藤と過ごす時間が、美咲にとって唯一の癒しだった。
その日、美咲は久々に佐藤と外でディナーを楽しんでいた。静かなバーの片隅、グラスを傾けながら彼の話を聞く。
「最近、仕事が忙しくてね。まあ、嫌いじゃないんだけど。」
佐藤が淡々と語る声に、美咲は安心感を覚える。彼は彼女の弱さを否定せず、むしろ受け入れてくれる存在だった。
「美咲ちゃんも大変だよな。若い頃からいろいろ苦労して。」
その言葉に、美咲は一瞬言葉を失った。彼が自分を理解してくれていると思うと、胸が熱くなる。しかし、その感情の裏には薄っすらとした罪悪感もあった。凛を放っておいて、こんな時間を楽しんでいていいのだろうか?
「でも、こういう時間がないと私、やっていけないの。」
美咲はそう言い訳するように微笑んだ。
帰り道、美咲はスマホで凛からのメッセージが来ていないことを確認した。家に着くと、電気が消えたリビングで凛が小さな音楽プレーヤーで曲を聴いていた。
「まだ起きてたの?」
美咲が声をかけると、凛は
「別に」
とそっけなく答える。
その態度に、美咲は思わず「なんなの、その態度」と声を荒げそうになったが、言葉を飲み込んだ。今の自分には凛と向き合う余裕がないことを知っていたからだ。
第4章: 爆発する感情
その日の夕方、美咲は恋人の佐藤と食事に出かける準備をしていた。久しぶりのデートに、美咲は心が弾んでいた。凛が部屋から出てくると、美咲は明るい声で言った。
「凛、今日は遅くなるけど、ちゃんと夕飯はあるからね。冷蔵庫に入ってる。」
「また?」凛は美咲をじっと見つめた。
「またって、何よ?」
「家にいるときもあの人とばっかりじゃん。」凛の声には冷たい棘があった。
美咲は眉をひそめた。「あのね、ママだって自分の時間が必要なのよ。」
「時間って、私には全然くれないじゃん。」凛の声が少し上がる。
「そんな言い方しないで。あんたにはちゃんと食べるものも用意してるし、何も困ってないでしょ?」
「それが全部じゃない!」凛は怒りに任せて声を荒げた。「私はお母さんがそばにいてほしいだけなのに、なんであの人ばっかりなの!」
一瞬、部屋が静まり返った。美咲は言葉を失い、凛の怒りの根底にある感情を初めて垣間見たような気がした。しかし、その感情にどう答えればいいのか分からなかった。
「そんなこと言われても…ママも人間なのよ。」美咲は小さな声で呟いた。
凛はその言葉に呆れたように息を吐くと、リビングのドアを勢いよく閉めて自室にこもった。
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第5章: 凛の揺れる心
その夜、凛はベッドに横たわりながら、翔太のことを思い浮かべていた。彼の優しい声や微笑みを思い出すと、心が少しだけ落ち着いた。彼といるとき、自分が必要とされているように感じる。
「先輩はいつも私のことを気にかけてくれるのに…」凛はそう呟きながら、母親と自分との関係に苛立ちを覚えた。
翌日、学校で翔太と話す機会があった。廊下で偶然目が合うと、彼はにっこりと微笑み、凛に手を振った。
「凛ちゃん、最近どう?」
「元気です…!」凛は思わず声が上ずってしまうが、翔太の優しいまなざしに安心感を覚える。
彼の一言一言が、自分にとって救いだった。
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一方、美咲は一人でリビングに座り、静かな部屋の中で考えていた。自分は母親として正しいことをしているのだろうか? 凛が求めているものが何なのか、最近ではさっぱり分からない。
「私もまだ子供なんだ…」美咲は心の中で呟いた。母親であるべきなのに、どこかで誰かに甘えたいという気持ちが消えない。
その時、ふいにスマホが鳴った。佐藤からのメッセージだった。
「今日の時間、大丈夫そう?」
美咲はしばらくスマホを見つめた後、短く「うん」と返信を打ち込んだ。そして、自分の行動が凛をさらに遠ざけているのではないかと感じながらも、彼に会うための準備を続けた。
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第6章: 隠された秘密
数日後、凛は学校帰りに母親の部屋であるものを見つけてしまった。それは美咲の日記だった。彼女は普段、母親のプライベートに立ち入らないようにしていたが、そのときはなぜか手に取らずにはいられなかった。
ページをめくると、15歳の美咲の言葉が綴られていた。
「私は何も悪くないのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないんだろう。」
「誰も私を助けてくれない。親にすら頼れない。」
「でも、この子を守る。それが私にできる唯一のことだから。」
凛の手が震えた。「この子…私のこと?」彼女は声を出さずに呟いた。
日記にはさらに衝撃的な事実が記されていた。美咲が15歳の頃に経験した出来事――望まぬ妊娠の理由、そしてその後の孤独な戦い。凛は日記を抱きしめながら涙を流した。母親の過去を知ったことで、自分が知らない母親の一面が見えた気がした。しかし同時に、その事実をどう受け止めればいいのか分からなかった。
第7章: 衝突と問いかけ
凛は学校から帰るなり、美咲のいるリビングに向かった。リビングでは美咲がスマホを見ながらコーヒーを飲んでいた。彼女はいつも通り穏やかな表情をしていたが、凛の心は嵐のように揺れ動いていた。
「お母さん。」
凛の声には強い意志がこもっていた。美咲はその声に驚き、顔を上げた。「どうしたの?」と尋ねる美咲の声も、どこか緊張しているようだった。
凛は手に持っていた日記を差し出した。「これ、見つけた。」
美咲の表情が一瞬で凍りついた。「どこでそれを…」
「部屋で見つけたの。ごめん。でも、全部読んだ。」凛の声は震えていたが、目には強い怒りと困惑が宿っていた。
美咲は目を伏せ、言葉を失った。凛は続ける。「お母さん、どうしてこんな大事なことを隠してたの?私のせいで、人生がこんなに大変だったんでしょ?」
「違う!」美咲は即座に否定した。しかし、その声はどこか空回りしているようだった。「凛のせいじゃない。ただ…どう言えばいいのか分からなかったの。」
「分からなかった?そんなの逃げじゃん!」凛は声を荒げた。「私はお母さんに愛されてるって思ってた。でも、全部嘘みたいに思える!」
美咲は立ち上がり、凛に向かって必死に言った。「愛してるわよ!誰よりも。だからあの時、産むことを選んだの。」彼女の目には涙が浮かんでいた。「でも、私だって15歳だったのよ。何も分からなくて、ただ必死で…」
「それで今は?私は今、必要とされてるの?お母さんの中で、あの人の次なんでしょ?」凛の言葉には、母親との間に溜め込んでいた感情がすべて詰まっていた。
二人は言い争いを続け、やがて静寂が訪れた。美咲は泣き崩れ、凛は部屋を飛び出した。家の外に出た凛は夜空を見上げながら、これまでにない孤独を感じた。
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第8章: 翔太の存在
凛は近くの公園に向かった。ベンチに座り、手に持ったスマホをぼんやりと見つめる。翔太の連絡先が画面に映ると、凛は思わず彼にメッセージを送った。
「少し話せますか?」
すぐに返信が来た。「もちろん。どうしたの?」
「会えませんか?」
翔太は返信で「今から行くよ」と答えた。その一言に凛は安堵し、少しだけ涙が流れた。
翔太が現れたとき、凛は彼に向かって思わず「ありがとう」と呟いた。彼は心配そうに凛を見つめ、「何かあったの?」と優しく尋ねた。
凛は母親との衝突については詳しく話さなかったが、「家にいたくなくて」とだけ伝えた。翔太は頷き、「ここでゆっくりすればいい」と言ってくれた。その言葉に、凛は心が軽くなるのを感じた。
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第9章: 美咲の孤独
一方、美咲はリビングで一人、凛との言い争いを思い返していた。彼女が15歳だった頃、自分がどれだけ未熟だったか。そして今でも母親として十分ではない自分がいる。
「凛があんなに怒るのは当然よね…」美咲は独り言のように呟いた。
彼女はスマホを手に取り、佐藤にメッセージを送ろうとしたが、手が止まった。「今、誰かに頼るのは違う気がする。」そう思い直し、深い息を吐いた。
彼女はリビングの片隅に置かれた凛のランドセルを見る。その小さなランドセルは、凛が小学生の頃に毎日背負っていたものだ。あの頃は素直で可愛く、母親の自分を慕ってくれていた。「あの子は成長してるのに、私は変わってない。」そう痛感した美咲は、自分自身を責めた。
第10章: 翔太との距離
凛は公園で翔太と過ごす時間が、心の支えになっていることに気づいていた。翔太はどんな話でも聞いてくれて、決して批判したり、否定することがなかった。それが凛にとってどれだけ救いになっているか、本人も気づかないほどだった。
「凛ちゃんはさ、家で辛いことがあったら無理に頑張らなくていいと思うよ。」
翔太がそう言ったとき、凛は胸が熱くなるのを感じた。母親との言い争いで荒れた心が、彼の言葉で少しずつ落ち着いていく。
「先輩って、大人みたいですね。」
凛がそう言うと、翔太は笑いながら「そうかな?」と返した。彼の落ち着きと優しさは、凛にとって「父親」のような存在だった。彼女はそのことに気づかないふりをしていたが、どこかでその感情を抱えている自分に戸惑っていた。
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その夜、凛は家に帰りたくないと思ったが、外で一晩を過ごすわけにもいかなかった。重い足取りで家に戻ると、リビングには消えたままの明かりと、美咲が置いていったメモがあった。
「何かあったら話してね」
たった一言のメモ。美咲の文字はいつものように丸みを帯びていたが、凛の心には響かなかった。彼女はメモを丸めてゴミ箱に捨て、自分の部屋にこもった。
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第11章: 美咲の再起
一方で、美咲は自分が母親として失敗していることを痛感していた。凛との言い争いは、彼女に自分の未熟さを突きつけた。今まで目を背けていた自分の弱さに向き合う必要があると感じていた。
その日、美咲は20歳年上の恋人である佐藤に会う予定だったが、思い直してキャンセルのメッセージを送った。彼に頼るのは簡単だった。しかし、それでは何も解決しないと感じていた。
美咲は久しぶりに自分一人で過ごす時間を取った。公園のベンチに座り、ゆっくりと考える。「私は本当に母親としてふさわしいのか?」その問いが頭をよぎるたびに、彼女は深いため息をついた。
そのとき、ふと視界に親子連れの姿が映った。小さな子供を連れた母親が、笑顔で子供の手を引いて歩いている。美咲はその姿を見つめながら、自分が凛に与えているものと、与えられていないものを考えた。
「私があの子にしてあげられることって何だろう。」
美咲はその問いに答えを見つけるために、過去に向き合う決心をする。
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第12章: 父親の不在
その日の夜、美咲は凛が寝静まった後、自分の部屋で凛が小さい頃の写真を見返していた。生まれたばかりの凛を抱いた写真、幼稚園で遊んでいる凛の笑顔――すべてが美咲にとって大切な思い出だった。
「この子には父親がいなかった。でも、私は母親として精一杯やってきたつもりだったのに。」
美咲は自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、その言葉の裏には深い後悔と悲しみがあった。
凛が抱える「父親がいない」という事実が、彼女の人生にどう影響しているのか、美咲はようやく考え始めた。凛が翔太に感じている「父性」への憧れも、美咲には薄々気づいていた。凛が大人になりたがる理由、そして自分を母親として信用していない理由の一つがそこにあるのだと理解した。
第13章: 告白と孤独
放課後の校庭で、凛は翔太と二人きりの時間を過ごしていた。心の中で何度も繰り返した言葉が胸の中に渦巻く。今言わなければ、この気持ちを抱えたままでは前に進めないとわかっていた。
「先輩、私…」
凛は視線を下に向けながら言葉を絞り出す。
「何?」翔太は凛の顔をじっと見つめた。彼の優しい声が、凛の不安を少し和らげる。
「私、先輩のことが好きです。」
その言葉を口にした瞬間、凛の体は小さく震えていた。長い間溜め込んでいた想いをやっと伝えることができたのだ。
翔太は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。「ありがとう、凛ちゃん。でも…」
その「でも」に、凛の心は一瞬で冷えた。彼の言葉は続いた。
「君はまだ若いし、大人になろうと無理をしてるように見える。僕にとって凛ちゃんは大切な後輩だけど、それ以上の関係にはなれないと思う。」
凛は何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。彼の言葉は優しかったが、その優しさが逆に胸を締め付けた。「わかりました…」そう呟くと、凛は立ち上がり、その場を立ち去った。
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第14章: 美咲の決意
その夜、凛が泣き腫らした顔で帰宅したとき、美咲は彼女の異変にすぐ気づいた。
「凛、大丈夫?」美咲が声をかけると、凛は「放っといて」とだけ言って部屋にこもった。
美咲は何もできずにリビングで座り込んだ。凛との距離が日に日に広がっていることを痛感していた。そして、自分が母親として何もできていないという現実に打ちのめされていた。
その夜、美咲は昔のことを思い出していた。15歳の自分がどれだけ孤独だったか、誰にも頼れずに一人で凛を産む決意をしたこと。あの時の自分に手を差し伸べてくれた人がいれば、どれだけ楽だっただろうか。
「私は凛にとって、そういう存在になりたい。」美咲はそう心に決めた。
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第15章: 親子の対話
翌朝、美咲は早起きして凛の部屋の前に立っていた。扉をノックし、「凛、ちょっと話せる?」と声をかける。凛はしばらく沈黙していたが、やがて扉を少しだけ開けた。
「何?」凛の声はまだ冷たい。
「少しだけ時間をちょうだい。ちゃんと話がしたいの。」美咲は真剣な表情で凛を見つめた。
リビングに座った二人は、しばらく無言だった。先に口を開いたのは美咲だった。
「昨日、泣いてたよね。何かあったの?」
凛は目を伏せながら答えた。「別に…。ただ、自分が嫌になっただけ。」
「どうして嫌になったの?」美咲は優しい声で尋ねた。
「…頑張っても無理なことってあるんだって思い知らされたから。」凛はぽつりと呟いた。その言葉に、美咲は自分の15歳の頃を重ねていた。
「凛、無理しなくていいんだよ。失敗しても、どうしようもないことがあっても、ちゃんとそこから立ち直れる。」
「お母さんにそんなこと言われたくない。」凛は少し苛立った様子で返す。
「そうだよね。私、母親としてあんたをちゃんと支えられてなかった。ごめんね。でも、今からでもできる限りのことをしたいと思ってる。」美咲の言葉にはこれまでにない真剣さが込められていた。
凛はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと「ありがとう」と呟いた。それは小さな一歩だったが、美咲にとっては大きな一歩だった。
第16章: 美咲の挑戦
翌日、美咲はこれまで避けてきた「過去」と向き合うために動き始めた。凛に自分の気持ちを伝え、親として向き合うには、自分自身が変わらなければならないと感じていた。
まず美咲が向かったのは、長い間連絡を絶っていた実家だった。母親との関係は、凛を妊娠した当時に完全に壊れていた。「あの家に戻るなんて」と思いながらも、扉を叩いた。
ドアが開き、少し老けた母親の顔が現れた。彼女は驚いた表情を浮かべた。「美咲…久しぶりね。どうしたの?」
「少し話がしたいの。」美咲は息を吸い込み、静かに言った。
二人はリビングに座り、しばらく言葉を交わせなかった。美咲が先に口を開いた。
「あのとき、どうしてあんなに冷たく突き放したの?」
母親は少し困惑した顔で答えた。「あの時は私もどうすればいいかわからなかったのよ。あなたが妊娠したと聞いて、頭が真っ白になった。」
「でも、私はあなたに頼りたかった。だけど結局、一人で戦うしかなかった。」美咲の声は震えていた。
母親はしばらく沈黙していたが、やがて小さな声で答えた。「ごめんなさい。あのときのこと、ずっと後悔してる。」
その言葉に、美咲は少しだけ心が軽くなるのを感じた。そして、母親に向かって言った。「私も、凛をしっかり支えていきたいと思ってる。でも、そのためには自分を変えなきゃいけないの。」
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第17章: 凛の内面
一方、凛は部屋で翔太との会話を思い返していた。彼の言葉が何度も頭の中で響く。「無理をしないでいい」と言われたその優しさは、今の凛には痛かった。
「私って、結局子供なんだ…。」そう思うと、母親への怒りや不満が少しずつ薄れていくのを感じた。「お母さんだって、きっと同じだったのかな。」
その日の夜、凛はリビングに降り、美咲がキッチンで洗い物をしている後ろ姿を見つめた。ふと、心の奥底から湧き上がる言葉があった。
「お母さん。」
美咲が振り返り、凛を見る。「何?」
凛は少し躊躇いながら言った。「私…もう少し頑張ってみる。自分でいろいろやってみたい。」
美咲は驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。「凛がそう思ってくれるなら、ママも頑張る。二人で少しずつ進んでいこう。」
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第18章: 親子の絆
翌週末、美咲は凛を誘い、近所の公園に出かけた。二人で外に出るのは久しぶりだった。凛は最初、気まずそうな表情をしていたが、美咲の冗談交じりの会話に少しずつ笑顔を見せるようになった。
ベンチに座った二人は、木漏れ日の下で穏やかな時間を過ごした。凛はふと、美咲に尋ねた。
「お母さん、私が生まれたとき、どう思った?」
美咲は少し考えた後、静かに答えた。「怖かったよ。でも、あんたの顔を見た瞬間、この子のために生きていこうって思ったの。」
凛はその言葉を聞き、胸の奥が温かくなるのを感じた。「私、お母さんの子供で良かったよ。」
美咲の目には涙が浮かんだ。「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、これまで頑張ってきた甲斐があった。」
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第19章: 新しい一歩
凛は高校進学に向けて目標を立て、美咲もまた、自立した母親になるための努力を始めていた。親子の間にあった壁は少しずつ薄くなり、互いの気持ちを理解し合えるようになっていた。
学校の帰り道、凛は翔太に軽く手を振った。「ありがとう、先輩。」彼に振り向いてもらえなかった恋も、凛にとって大切な成長の一歩だった。
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終章: 光の中で
数ヶ月後、凛の高校入学式の日。美咲はその姿を見て誇らしさを感じていた。「あんた、本当に立派になったね。」
凛は少し照れながらも、「ありがとう、お母さん」と答えた。
親子が共に歩んでいく未来。その道にはまだ困難が待っているかもしれないが、二人なら乗り越えていける――そう信じられる温かな日差しの中、物語は幕を閉じる。