~二つの魂(2)~
日々は過ぎ去り、いよいよガルムへの出発を迎えるヨセフカ
挨拶を済ませ、いざ馬車でガルムに向かうヨセフカは、護衛隊長のマイクと交流することなる
ウルバンドとの訓練の日々はあっという間に過ぎていった
剣を扱う際の間合い管理、各種体勢からの型の確認、基礎体力の更なる強化、魔力操作や出力の訓練、彼は自身が戦場で過ごしてきた経験をもとに出来る限りのことを教えてくれた
2週間、長いようで短い日々の中で、私は考え得る限りのことをして備えた
屋敷で最後に過ごした夜、メリッサ達はいつも以上に豪華な食事を用意してくれた。必ず戻ってくることを祈って、一同がいつも以上に私に優しく接してくれた
ベットに入り、眠りにつく準備を整えた私は、改めて自分がすべきことを心の中で整理することにした
一つ、”ガルム”の復興事業の護衛
二つ、南東部地域に潜んでいるであろう”魔族”の残党勢力を発見、これを皆殺しにすること
三つ、全ての問題を完璧に”解決”し、必ずこの屋敷に戻ること
メリッサは、私を”信じる”と言ってくれた。恐怖で押しつぶされそうな心を抑え込み、何の心配もせず、私の言った通りに待つと言ってくれた
必ず全てを終わらせて、ここに帰って来て見せる。そしてまた、ここで皆と笑って暮らす。そのためにも、確実に”魔族”は”殺しきる”必要がある
メリッサ達は、自分の恐怖を抑え、笑顔で私を送り出してくれる。なら私だって、恐怖を押し殺し、確実に責務を全うするべきだ
さもないと、皆に合わせる顔がない。なによりも今回は、父さんと母さんの名を背負って出向くことになる。尚更、中途半端なことは出来ないのだ…………
自身のやるべきこと再確認した私は、そっと目を閉じた。次に目を開けると、窓からは日差しが差し込み、あっという間に朝になっていた
いつものようにメリッサが部屋まで迎えに来る
支度を済ませ、いつものように朝食を済ませる
そんないつもの光景と異なるのは、私の服装が、貴族のお嬢様が着るようなヒラヒラの多い服装から、簡素で丈夫な設計のズボンとシャツ、そして、その上からマントを羽織ったものに変わっていること
理由は無論、いつものような服は”戦闘”には適さないからだ
一通りの準備を終え、屋敷の前で待機していた馬車たちの前まで来た。この馬車を使い、約2日の時間をかけて”ガルム”まで移動する
同行するのは、ウルバンドが直接指導した自警団員6名、あちらで私の身の回りの世話をする侍女4名
ヘンリックやメリッサ、ウルバンドなどの主要メンバーは、私がいない間も組織や領地の運営があるため、この屋敷を離れることは出来ない
「皆さん、向こうで何かと不慣れなことも多いでしょうが、私に代わり、どうか懸命にお嬢様をお支えしてください」
メリッサが私に同行する侍女達に最後の訓辞を終えると、彼女たちは力のこもった返事と共に馬車たちの方へと進み、続々と乗り込んでいった
その頃、ウルバンドの方でも、私に同行する自警団員の人達に向けて訓辞が行われていた
「今回、俺は今まで教えてきた奴らの中でも、選りすぐりを選んだと自負している。だがそれは、お前たちが今回の任務に足るだけの実力を持っていると言っている訳ではない。教官として、お前たちに教えたいことは多く残っている。こんな形でお前たちを実戦に送り出してしまう俺の未熟さをどうか許し欲しい」
彼が頭を下げる姿を始めてみるのか、下げられた側の団員たちは狼狽えていた。そんな中で、一人の団員がウルバンドに対して挙げた
「あ、頭を挙げてください!教官!!」
「マイク?」
彼の名前はマイク、皆の先頭に立つあの風貌、恐らくは、彼が今回の遠征隊の指揮を任されている人物だろう
「教官は未熟などではありません!職にあぶれ、路頭に迷っていた我々を見出し、ここまで育てて下さったのはあなたです!未熟であるとしたら我々の方です!」
”そ、そうです!教官は我々の見本なんです!!”
彼の発言を契機に、他の団員達も声を上げ始めた。ウルバンドが皆からどれだけ慕われているのか、この光景を見れば自ずと分かる
私の時もそうだったけど、ウルバンドは教わる側の性格を良く考慮して指導してくれる。皆から好かれて当然だわ
心の中で少し微笑みながら見ていると、彼らも自分の持ち場へと移動し始めた
今回の遠征では、侍女たちが2台の馬車に分かれて乗車、団員6名の内の5名は馬で周辺の警戒、指揮官であるマイクは私と同じ馬車で護衛ということになった
乗り込む人間がいよいよ私だけになり、メリッサが私の傍へやってきた。出発前に最後の挨拶をしに来てくれたと思った私は、先にお礼を言おうと声を出そうとした瞬間、彼女は私を強く抱き寄せた
「め、メリッサ?」
抱擁はいつもより力強く、どこか寂しさを纏っていた
「……………………どうか、この我儘だけはお許しください……………………」
それは、縋りつくようで、本当に切実なものだった
失いたくないという強い気持ち。一度はそれを知り、打ち砕かれたことのある身だからこそ、その切実さが痛いほど分かった
「行ってくるわ」
「……………………はい」
多くの言葉は交わさず、この一言で私たちは分かれた。焦る必要はない。仕事を終え、再び戻ってくれば、いつもでも言葉を交わせるのだから
全ての挨拶を済ませ、最後に残った私は、マイクが待つ馬車へと乗り込み、遂に”ガルム”への移動が始まった
「……………………ヨセフカ様」
出発してから数時間後、私が外の景色を見ていると、マイクが唐突に話しかけてきた
「どうしたの?」
会話のために彼の顔の方に視線を向けると、そこには、うつむき、自信が無さそな様子の彼がいた
「ヨセフカ様、我々は……………………弱く…………見えるんでしょうか?」
なるほど、出発の時にウルバンドが言ったことが引っかかっていたのね………………
自身たちが力不足であるとまじまじと言われたにも関わらず、怒りでも否定でもなく、最初に自身の不甲斐なさに意識が向いているその姿からは、彼がいかに真面目で実直であるかを感じさせた
「真面目なのね」
微笑んだ顔でそれを言うと、彼は更に言葉を続ける
「こんな自分になれたのも、今ここに居られるのも、全て教官のお陰なんです。戦争の影響で故郷を追われ、職にあぶれてゴロツキになってた俺らをここまでしてくれたのは、紛れもなく教官なんです」
「訓練は厳しかった?」
「厳しかったですよ。色々なことをやらされて、根を上げてどっかに行っちまう奴らだっていました。でも、あの人は俺たちという”人間”を見てくれた。肉親にもされたことがないくらい、深く俺たちを見てくれた。だから……………………」
「応えたいと思った?」
「そうです!あの人が望むくらいの男になれれば、少しでも返せると思って、その一心でやってきました。なのに、俺たちには荷が重いと……………………」
「さっき、自分たちは弱いのかって言ったわよね?」
「……………………はい」
「私はそうは思わないわよ?」
「え?」
「体つきや今のあなたの態度を見れば分かるわ。心身ともに強く、そこらの野党や野生動物なら簡単に制圧できるでしょうね」
「だったら、何で……………………」
「ウルバンドが今までどこにいたかは知ってる?」
「勿論です!本人はあまり話したがらないですが、前は騎士団で活躍を……………………あっ!?」
発言の中で何かに気付いた彼は、少し深刻そうな顔をしながら言葉を発した
「魔族?」
「そうよ、彼は魔族の恐ろしさを知っている。なんせ、魔族殲滅の立役者のすぐ隣に居続けたんだもの」
「ヨセフカ様、我々は魔族と…………………」
「無理よ」
「!?」
彼はおそらく、『戦えますか?』や『勝てますか?』に類する言葉を続けようとしたのだろう。だが、事実を伝えるためにも、私ははっきりと告げた
「魔族は体の構造単位で人間と違う。人よりも強靭で、しなやかで、性格も残虐よ」
息を呑むマイクをしり目に、私は説明を続けた
「今言ったのは魔族の基本よ。低位から上位になるにつれて、今言った特徴はより顕著になる。しかも、上位以上になると、魔力を行使してくるものまでいる。これの意味が分かる?」
青ざめ、下向く彼に対して、私はまるで追い打ちのように続けた
「人間以上の肉体強度を誇る種が、人以上の魔力量と出力で戦う。少なくとも、人という種族が生身で戦うのは不可能な相手よ」
憔悴していた彼だったが、それでも言葉を続ける
「その内容は、もしかして……………………」
「他でもないウルバンドが話してくれたことよ」
「話さなかったのは、我々が魔族と戦えるような器ではなかったから?」
「いえ、少なくとも1,2年はしたら話してたと思うわよ?」
「1,2年?どうしてそんな後になってから……………………」
「魔力よ」
そう言うと、私は彼に手を差し伸べた
「何を?」
「手を出して、体感した方が速いわ」
彼女の指示に従い、俺は彼女に手を差し出した。すると彼女は、小さな手で俺の手を挟むように包み、目を閉じた
「これは!?」
瞬間、俺は自身の中に流れ込む存在を感じた
異物ではない
暖かく、活力をみなぎらせる”それ”は、今までに感じたことのあるものとは全く違う感触で、自身の中に”力”があるということを本能的に直観させた
「これが………………魔力!?」
瞬間、彼女は手を放し、再び目を開けた
「どう?」
「この力、一体どうやって手に入れたんですか!?」
自身の中で先ほどの感覚が消えていくのを感じた俺は、少し強引に詰めよってしまった。分不相応な行動だと気づいた俺は、すぐさま彼女から離れた
「す、すいません!?出過ぎたまねを………………」
「いえ、私はこれくらい身近な方が好きよ?」
「よ、ヨセフカ様、あなた、本当に10歳ですか?」
「勿論、正真正銘の10歳児よ?そういうあなたは?」
「じ、自分は、この前に18歳になったところです!」
「18歳でその体つきなら、あと1、2年くらい鍛えれば頃合いね」
「ヨセフカ様、自分は出来ることなら、今すぐにでも……………………」
「実力の不足に焦る気持ちは痛いほど分かるけど、まだ器じゃないわ」
「自分の体は、魔力を扱うには不足ですか?」
「獣人族、エルフ族、そして人間の血を引いている私は、特に体を鍛える必要はなかったけど、純粋な人間が魔力を扱うなら、それ相応の肉体が必要よ。魔力は純粋な力というよりも、身体機能の延長のようなものなの」
「つまり、肉体が強くなればなるほどに魔力も?」
「強くはなる。でも、それは肉体に付随したものだから、魔力を扱える魔族に対しては……………………」
「人間の肉体じゃ、いつかは成長が頭打ちになる?」
「結局は魔力を使えたとしても、”個”として魔族と台頭にはなれないわ。ごめんなさい、残酷なようだけど、これが現実なの」
非情で残酷な現実。本当は話すつもりはなかったけど、ここまで現実を話してしまったのは、真面目で実直な彼が理不尽に死ぬ姿を見たくないと感じてしまったからだ。真面目に突き進む人の心を摘むような真似は好きではないが、物理的な”生死”が掛かっている以上、都合の良い言葉ばかりを並べることが出来なかった。これは、”不器用さ”とでも言うべきものなのだろうか……………………
「いえ、自分はそれでも構いません」
「え?」
彼女は驚いたような顔だった
無理もない
話し終わった途端、『自分は話過ぎたのでは?』と顔に書かれているくらいに分かりやすい表情をしていた。現実を突きつけてしまったことで、心が折れてしまうのではと心配してくれたのだろう。教官もそうだが、非情には徹しきれず、途中から優しさが滲んでしまっているあたり、根があまりにも優しいのだ
「心配してくれてありがとうございます。ですが、ここにいる全員、同じように答えます。我々は別に、英雄になりたいと思っている訳ではありません。ただ、受けた恩を返したい。それだけなんです」
「どうして………………」
”理不尽”だ
自身ではどうにも出来ず、手も出せない
指を咥え、見ているしかないもの。しかも、気まぐれ次第では、こちらを呑み込み、圧殺までしてくるような悪鬼だ
なぜ、諦めの顔が浮かばない?私は浮かべた……………………
実際に命を落とす体験をしていないからか、それとも、私が弱すぎるのだろうか?
(それは違うよ、ヨセフカ)
(フィ?)
(この世界で今を生きる人たちにとって、”死”は縁遠いものではない。君の前世での基準で言うなら、戦国時代に生きていようなものさ。環境が違えば、形成される人格や常識も変わる。前提環境が違いすぎる対象との比較は、あまりにも非生産的な行為だよ?)
(………………そうね、少し気が楽になったわ)
(これくらいお安い御用さ!君は君だ。くれぐれも、それを忘れてはいけないよ?)
「ヨセフカ様?」
「ご、ごめんなさい!?す、少しぼうっとしてしまったわ……………」
「すいません、自分が話過ぎましたね。これから忙しいというのに……………」
「そんなことないわよ?むしろ、話しておいて正解でったわ」
「なぜです?」
「話してみてはっきりしたわ。あなた達は強くなる。きっとその筆頭になる存在よ」
「さ、流石に、それは買い被り過ぎですよ?」
「そんなことないわ。ウルバンドがあなた達を選んだ理由が改めて分かった。一緒に来てくれて心強いわ」
「ヨセフカ様……………………」
皆と交流を深め、途中途中で休憩を挟み、移動し続けること2日目の昼下がり、ようやくガルムの近辺まで近づくことが出来た
山や丘などはなく、平坦な地形が続く南東部
しかし、南西部のようなような豊かな自然はなく、所々に戦場の爪痕として荒野に成り果てた場所も散見される。この南東部は、南西とは打って変わり、この国がついこの前まで、滅びる寸前の戦争をしていたことを見せつけてくようだった
「ヨセフカ様!まもなくガルム近辺に差し掛かります!」
馬車を運転する御者からの言葉が入ると、私は息を整えた
「大丈夫ですか?」
心配そうに見つめるマイクに対して、私は気丈に言葉を返した
「ここからが本番よ。意識を切り替えていくわよ」
「了解です!」
私の意思をくみ取ってくれたのか、彼も応えるように返事を返してくれた
いよいよだ
メリッサ達との約束、この名に課された役割、全て果たすためにも、確実に……………………
(っ!?)
この世界に来てから、多くのことを学んだ。学ぶ中で、自分の中の常識がどんどん塗り替えられ、感情や価値観も、この世界の、いや……………獣人族のそれに近づくように、前よりも猟奇的になったように感じられる
でも、色々な経験を経ても、根本にある人としての価値観は変わっていないらしい。感じ取るだけで、緊張が走り、心臓の鼓動が1段も2段も上がること……………………
「血の匂い……………………」
マイクとの交流を果たし、馬車での長時間を経て到着したガルム近辺、再び気合を入れ直した彼女の鼻に飛び込んできたのは”血の匂い”
気合を入れ、獣人としての鋭敏な感覚を開いて初めて感じられるようなものだったが、それは確かな”死の気配”を纏っていた
果たして彼女は、ガルムの責務を全うできるのだろうか?
次回”果たされぬ約束”