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~導きの妖精と眠れる獣娘~

 魂神(仮称)の少年の提案に従い、モンスターと魔法溢れる異世界への転生を選んだ”姫川 霞”。彼女は、まるで夢から覚めるような感覚で目を開く。そこで彼女は”ヨセフカ・ワーウォルフ”としての第一歩を踏み出すのであった。

 私がこの世に生を受けた年、建国歴『316年』人間たちの国家『ヘスティア』は、異形の種族である『魔族』との戦時下であり、私が生まれたのは、戦争が始まってから4年が経過したころだった

 当時、人間勢力は、ドワーフ族とエルフ族との連合を結成、戦力を結集して魔族へ立ち向かった

 開戦から4年、国土の東半分を喪失するまでに追い込まれていたヘスティアは、”3人の英雄”の活躍を背景に、魔族の勢力を駆逐していった

 私が生まれたのは、魔族勢力が駆逐され、既に”残党”と呼べる域まで衰退したころだった

 開戦からの優勢を決定づけた要因は、人間勢力側に存在した”3人の英雄”の活躍だった


 『獣人族出身の王族近衛騎士”狼騎士(ろうきし) アルトリウス・ワーウォルフ”』


 『エルフ族出身のハーフエルフ”結晶の魔女 アリス・ワーウォルフ”』


 『ドワーフ族出身の名工”神匠(しんしょう) ブリギット・ウォーレン”』


 この3人の活躍は、他に比べて突出していた。

 魔族を率いていた3体の魔神のうちの1体、7体の魔将のうちの6体を撃破し、魔族の勢力は大きな衰退を余儀なくされた。

 しかし、国土は傷つき、最初は200万人以上を数えた国民も、既に40万人前後まで落ち込んでいた

 得た勝利の対価としては、あまりにも痛ましい現状に、国民の絶望はピークに達していた

 そんな情勢下において、二人の英雄の結婚と出産の知らせは、国内に一筋の日常を思い出させた

 一部の国民からは負の感情が向けられたものの、絶望の底にふせっていた大半の国民にとっては、多少なりとも明るい話題であったことは確かだ


 そう、2人の英雄の間に生まれた子というのが”私”だ。

 今までの功績が称えられ、2人には、王都がある中心部から南に少し向かった先にある一部の土地、そして、そこに建てられた屋敷が与えられた。

 私はそこで生を受けた。小高い丘のある美しい草原地帯を有する土地で、戦火に侵された東側の土地とは対照的で、父さんと母さん、そして、数人の使用人たちと共に暮らしていた。


 情勢が情勢で、決して贅沢な生活ではなかったし、父さんと母さんも、魔族退治と言ってよく家を空けていた。

 でも、不幸ではなかった。たとえ慎ましやかで、一緒にいられる時間も短いものだったとしても、私は、確かに”幸せ”だったんだ。だって二人は、私を…………


 ”()()()()()()”から


 きっと、だからこそ耐えられなかったんだと思う

 あの日もそうだった

 父さんと母さんは、いつものように出かけて行った


 『すぐに戻るから』


 私が二人から聞けた最後の言葉がこれだった


 二人は、残り2体の魔神と刺し違える形で亡くなったそうだ

 でも、そんな話はどうでもよかった。二人が”居なくなった”という事実だけでも、私の心を壊すには十分だったからだ

 玄関に呼び出され、その知らせを聞いた私は崩れ落ちた。まるで、全身の生気が抜け落ち行くかのように…………

 ひとしきり泣いた後は、体から力が抜けていき、意識も記憶もどんどん曖昧になっていって、自分が生きているのか、それとも既に死んでいるのか、その判断すらできなくなっていった


 ”2人に会いたい”


 ”また、家族3人であの丘に行きたい”


 ”どうして、今私は…………一人ぼっちでここにいるの…………?”


 ”寂しい”


 ”辛い”


 ”なんで?どうして?”


 ”嫌だ…………イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!”


 ”一人はイヤよ、寂しくて辛いのは…………”


 ”誰か、ダレか…………誰か!!”


 「タス…………けて…………っ!?」


 目が覚めた時、私はベットの上で仰向けになって寝ていた

 白色の天井は周りの明かりが消えているせいか、どこか薄気味悪く感じる


 「ここは?」


 子供用としては少し大きな一室、誰も居ないはずの部屋で投げかけた質問は、まるでキャッチボールのように返ってきた


 「ここはワーウォルフ邸2階。ヨセフカ・ワーウォルフ、君の自室さ」


 「この声は…………」


 ついさっきまで聞いていた声だ

 軽薄でありながら、子供のような無邪気さをはらんだ声…………


 「…………どこにいるの?」


 ベットから体を起こし、周りを見回す

 でも、声の主である”あの少年”はどこにもいなかった。


 「おや?真横にいるじゃないか?」


 そう言われて横を見てみると、そこには数体のぬいぐるみが置かれていた

 種類はクマとウサギの2種類で、女の子の部屋に置かれているような可愛らしいものだった


 「やぁ!」


 「……………………え?」


 クマのぬいぐるみの一体が首をこちらに曲げ、手を振った

 可愛らしいぬいぐるみが置かれていた心癒される光景のはずが、軽いホラー映像に早変わりしてしまった


 「……………………なんで?」


 つい出てしまった


 「僕は、君が”あっち”で話していた”僕”の複製体さ!こっちに来る前にガイドを付けると言ったろ?」


 「い、いや、ガイドのことはちゃんと覚えてるんだけど、なんでクマのぬいぐるみなの?」


 「あぁ、この姿のことかい?これは、ただ憑依しているだけさ!やろうと思えば他のモノにも乗り移れるよ?」


 彼がそう言うと、隣のウサギのぬいぐるみに移って動いてみたり、さっきまで使っていた枕に移ったり、備え付けられた鏡に憑依して某童話に出てくるような喋る鏡みたいになったり…………いや、怖えよ


 「あの、軽くホラーなのでやめてもらえない?」


 「そうかい?なら、君の身に着けているものに憑依させてもらうね。そっちの方が都合がいいし」


 「身に付けているものって、今度はどこに…………?」


 「ここさ」


 今度は胸元で声がした。


 「ん?」


 寝巻の下に何かつけていることに気付いた私は、首元から服の中をまさぐった。すると、そこから一つのペンダントが出てきた。どうやら、寝ている間ずっとしていたようだ。


 「これは…………っ!?」


 突然の頭痛と共に、胸元から全身にかけて、体温が引いていくような感覚に襲われた。


 「大丈夫かい?」


 声の仕方からして、このペンダントに憑依しているようで間違いない。身に着けているものとは言ったけど、よりによって”これ”を選ぶなんて…………


 「父さんと母さんのペンダントにしたのね…………」


 「よかった、ちゃんと覚えていたんだね」


 「忘れるわけないでしょ…………」


 7歳の誕生日のことだった

 父さんと母さんは、二人の魔力を注いだペンダントをプレゼントしてくれた。たとえ、二人が傍にいられないときでも、二人の存在を感じられるようにと

 今では数少ない形見の一つだ…………


 不思議だ

 奥から湧いてくる悲しみの感情と過ぎ去った思い出の数々、心を掴まれるような不快な感覚と焦燥感、どれも前世の”私自身”が体験したものではない

 あくまで”こちらの私”が体験し、心に刻んだことだ 

 だというのに、全く他人のこととは思えない

 湧いてくる感情も思い出も”私自身”のもので、既に私の中には『これは他人の感情や思い出だ』と思うことの方が異物と感じる自分さえいる


 これが、魂同士が”混ざる”ということなのだろうか?


「どうだい?混ざり合った魂を持つ感覚は?」


 「なんだか、少し寂しいわね…………」


 既に幕が下りた人生で紡がれた物語、それでも、夫やあの子と過ごせた時間は、私にとってかけがえのないものだった

 きっと、これから何があっても、忘れることは出来ないと思う

 でも、大事なものだと感じる一方で、どこか他人行儀で見てしまっている自分もいる


 「前の記憶があるとはいえ、今の君の魂は”この世界”の住人だ。これから、魂同士がより深く結びついていく中で、今のその感覚はより顕著になっていくはずだよ」


 「これが本物の転生というものなのね…………」


 「恨むかい?」


 自分の中の思い出が風化していくことは悲しいことだ。でも、今のこの状況は、私が彼と交わしたもの。私が決断し、手繰り寄せた結果だ。誰かを責めるのは、あまりにも筋違いだ…………


 「私は、今の”この命”で幸せになると決めたの。一度きりの人生のところを、自分の都合で捻じ曲げたのだから、弁えるべきところは自覚しているつもりよ…………」


 自分の行動には”責任”をもつこと。その行動が常軌を逸した傲慢なものなら、なおさら…………


 「…………ありがとう。そう言ってもらえると、こちらも助かるよ」


 いつもは軽薄な態度のはずが、今回ばかりは、申し訳なさを感じさせるものになっていた。いくら神様とはいえ、こんな表情も見せるのね…………


 「ところで、何か名前はないの?」


 「名前?」


 「これから長い付き合いになるのでしょ?呼び名がないのは、流石に不便すぎるわよ?」


 「おっと、肝心なことを伝え忘れていたね。こちらでの僕のことは”フィー”で呼んでくれたまえ」


 「こちらの?」


 てっきり、向こうにいる彼がそのまま話していると思ったけど、もしかして違うのかしら?


 「僕は、あくまで”あちらにいる僕の人格”をコピーしただけの存在なんだよ。向こうとは独立した一つの存在なのさ」


 「それって、神様が直接干渉するのは不味いからとかが理由?」


 「そういう感じだね。呑み込みが早くて助かるよ」


 「さてと、私はこれから何をすればいいのかしら?」


 私は体の伸びをしながらフィーに尋ねた。


 「まずはベットから出て、体の動かし具合について確認してもらえるかい?」


 「分かったわ」


  彼に言われた通りにベットから出た私は、広い部屋を少し歩いた。まだ9歳の体というだけあって、まるで羽毛のような軽やかさを感じた。

 部屋を歩く中で、鏡の前を通りががった私は足を止めた。全身が移るほどに大きな鏡に映った自分の姿に驚いたからだ。


 「これが…………私?」


 体格は9歳の少女らしく幼いもので、身長は約146cmと9歳にしては大分高めだ。瞳の色は少し紫がかった青色、髪は黒色だった。髪は所々が癖毛のように跳ねており、頭のてっぺんにはアホ毛まで生えている。

 少しのだらしなさを感じさせる髪型に加えて、髪本体の”長さ”と”量”も特筆すべきものだった。


 「ねぇフィー、私の髪の毛っていくら何でも伸びすぎなんじゃ…………」


 腰の辺りまで伸びた髪は、ちょうど先端の辺りでヘアバンドによって結ばれ、その毛量は、自身の背中の8割ほどを覆うほどのものだった。


 「君には”獣人の血”が流れているからね。その髪はそれ由来さ」


 「す、少し鬱陶しいような…………」


 「君の元居た基準で言えばそうかもしれないが、獣人としては"それ”が普通なんだよ。それに、たとえ切ったとしても無駄だよ?」


 「なぜ?」


 「切ってもすぐに今の量くらいまで戻ってしまうからさ。獣人にとっての髪は、一種の感覚器官だ。獲物の気配や相手からの殺気、周りからの魔力の探知だったりに用いられる大事なものなのさ」


 「虫の触覚か何かなの?それに、そんなに鋭敏だと日常生活とかが不便なんじゃないの?」


 「そこは心配ないさ。獣人は必要に応じて、自身の感覚の鋭さを調整できるんだ。実際、今の君だって、感覚が鋭敏すぎるなんて感じてないだろう?」


 「確かに、そういう感覚はしないわね…………」


 「感覚の調整は、魔力や魔法の扱い方と並行して、これから身に付けなくちゃならない必須技能だ。少しずつ教えていくから、心にとめておいてくれたまえよ!」


 こうやって異世界の常識をまじまじと説明されると、自分が既に異世界の住人であることを再認識させられる。知らないことが多く、これから様々な苦難があるだろうが、それに対して、年甲斐もなくワクワクしている自分もいる。

 

 「この感覚、なんだか心まで若返ったみたいね」


 「単に肉体が9歳だから引っ張られているだけじゃない?」


 フィーからの鋭いツッコミに心が打ち砕かれるような感じがした。


 「ムードをぶち壊すようなことを言わないでよ…………」


 「これは失敬」


 謝罪の意を感じられない軽薄な声、こういう態度を取られると、フィーが彼のコピーであることにも納得させられる。


 まぁ、これから長い付き合いになると思えば、むしろ退屈しないから良いのかもしれないわね。


 「さてと、体の確認も済んだし、次はどうするのかしら?」


 「部屋から出て、君を心配している使用人の皆を安心させたほうがいいんじゃない?」


 「…………」


 この屋敷は、父さんと母さんの活躍に対する返礼として与えられた

 しかし実際は、戦争の激化によって騎士団の兵力が減少し、本来は領地を治める役割を持つ貴族たちでさえ徴用した結果、その貴族たちさえ死に、統治者不在となった領地に、新たな統治者をあてがうという目的で行われたというのが実情だった

 この屋敷で働いていた使用人の皆は、元の領主から不当な扱いを受けていたようで、父さんと母さんが最初にここへ来たときは、まだ歓迎はしてくれなかったらしい

 でも、二人の人柄を知るうちに打ち解けたことで、今では良好な関係を気付けている

 皆、私たちのために献身的に働いてくれる人たちばかりで、父さんと母さんが家に居られないときなどは、よく私の面倒を見てくれた

 その中でも、私の専属メイドとして働いてくれている”メリッサ”は、私の中で特に大切な人

 20代の優しい女性で、私が生まれたばかりの頃から面倒を見てくれている。私からしてみれば”二人目の母親”と言っても差支えのないほどの人物だ


 1週間もこんな暗い部屋に閉じこもっていたんだもの、きっと、物凄く心配しているわよね…………早く皆に会って安心させなくっちゃ


 その思いでドアの方へ向かおうとすると、一人の女性が入ってきた

 その女性は、酷く狼狽しているように見え、消え入りそうな声で言った


 「お嬢…………様…………?」


 涙をこらえているかのように声が酷く震えていた

 でも、聞き間違うはずがない優しい声

 私が何かを口にする前に、その女性は私の傍へと駆け寄り、私を強く抱き寄せた

 私もそれに呼応するように、気付いた時には抱き返していた。

 

それは、とても心地いい時間で、まるで赤子の頃を思い出させるように暖かくて、安心感を覚えるようなひと時だった…………


 魂神からのガイド役”フィー”との邂逅を果たし、この世界についての知識を少しだけ増やしたヨセフカ。彼女は、これから様々な人々と交流し、様々な危機を搔い潜ることになる。温もりの邂逅から始まった物語、果たして、ここからの彼女が進むべく役割とは?

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