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~果たされぬ約束~ 前編

火の手と黒い煙を上げるガルムを確認したヨセフカ達一行は、ガルムの異常事態を察知する。血の匂いと共に自身の中のモノに揺さぶられるヨセフカは、遂に初めての実戦へと挑むこととなる

 『血の匂い』

 背筋を凍らせ、死を想起させるそれは、本来なら恐怖を覚えるものだ

 だというのに、どうして私は、心の奥から”熱”のようなものを感じるのだろうか?

 自分の心の内に困惑している中、馬車の先頭を走る団員から報告が入る

 

 「ひ、火の手です!ガルム方面からの火の手を確認!」


 「ヨセフカ様?」


 マイクが話しかけてきた。自身の頭に手を当てている私を心配してのことだろう。早く大丈夫であることを伝えるべきだ


 俺は、ヨセフカ様の体調が優れない様子を心配して声を掛けた。実戦を前に、緊張が体調に悪影響を与えている。大方、そんなところだろうと考え、声を掛けた次の瞬間、彼女は急に立ち上がった。


 「ヨセフカ様!?」


 高速で走る馬車内で立ち上がったことに驚いた俺は、ヨセフカ様にすぐさま手を伸ばしたが、彼女はその手を払いのけた


 「!?」


 明らかに異常だった。今日まで共に過ごす中で、ヨセフカ様がどのような人間なのかを十二分に知ることが出来た。それと照らし合わせても、今までとは明らかに”何か”が違った

 続けて声を掛けようと彼女の顔を覗き込んだ瞬間、俺はようやく彼女の肉体の変化に気付いた。瞳孔はまるで猫を思わせるような”縦型”に変化し、髪も所々が逆立っている。その姿は、まさしく獣人が臨戦態勢に入っている時のそれだった


 「ヨセフカ様!!」


 悪寒を感じた俺は、もう一度手を伸ばしたが、あまりにも遅すぎた

 俺が手を伸ばしたその時、彼女は馬車のドアを蹴破り、外へと飛び出した。高速の馬車から飛び出すなど正気の沙汰ではないと考えた俺は、すぐさま馬車の後方を見た

 しかし、そこに彼女は居なかった


 「ヨセフカ様!どこへ行かれるのですか!!??」


 団員の叫び声が聞こえたのは後方ではなく”前方”からだった。常識を超える事態に困惑続きの俺は、すぐさま前方へ視線を移すと、”狼”のような四足歩行で走り去って行く彼女の背中が見えた。何か声を掛ける間もなく、あっという間に彼女の背中が見えなくなるまで距離を放された


 私は”困惑”していた


 マイクの静止を聞かず、馬車から飛び出した私は、獣人特有の四足歩行でガルムへと向かっている。しかも、馬車が低速に思えるほどの速度でだ

 

 自身が今何をしているのか、その自覚ははっきりと持っていた。だが、今の自身を動かしているのは、平常時の私自身ではない。自身の奥から別の”何か”を感じる。魔力のような温かさとは別種のドス黒いものだ

 だというのに、なぜだろう?不快感は感じない。平常時の自分とは別のモノによって促されているこの状況に対して、どこか高揚感のような高鳴りを覚えている自身がいるのだ。


 馬車が低速に思える速度で走り続けた私は、ものの十数分でガルムの西門手前まで到達した。団員からの報告の通り、街の中からは黒色の煙と不快感を煽る血の匂いが香っていた

 西門付近には、街から退避してきた市民たちが集まっていた。ほとんどの者達が負傷し、地面に倒れて動かない者、泣き叫ぶ子供の声、状況はまさに地獄絵図そのものとなっていた


 ”憎い”


 再び、心の中で何かが動くのを感じた。今度は形のない衝動ではなく、はっきりとした”言葉”として感じ取れた。その言葉には、身を焦がすほどの”怒り”と”憎しみ”が感じ取れた

 私は町の奥へと走り出した。先ほどと同様に四足歩行で迅速かつ傷ついた民衆を避けながら。今度は先ほどとは違う。別の何かによる衝動だけでなく、自身の”意志”も含めて歩を進めている。先ほどは唐突な出来事で困惑し、別の何かだけが先行していた感覚だったが、今は”一体感”と”高揚感”を感じる。この状況を作り上げた”奴ら”への”怒り”と”憎しみ”がそうさせるのだ



 俺がこの町の自警団に就任した時、俺はどこかで安堵していた。魔族どもは戦争に負けて散り散り、やることと言えば犯罪者の取り締まり程度。腕には多少の自負があった。人間を相手にことを構えるのなんて、あいつらと戦うより何十倍もマシだと考えた。

 だけど、その時は唐突に訪れた。北門から火の手が見えた時、嫌な予感はしたんだ。ただの杞憂だと自分を落ち着かせたが、その数分後、俺は自分の楽観思考に絶望することになった。


 奴らは俺たちなんかよりも明らかに屈強で、血の匂いを強く纏っていた。一瞬で悟った。あいつらには勝てないと。同僚やいつもしごいてきていた教官や先輩方はあっけなく引き裂かれた。あいつらが時間を稼いでいる間に民衆を非難させるようにと命令を受けたが、まともに避難できたのは、俺ともう一人の同僚の”ジョン”が居るこの西大通りくらいのものだ


 「じぇ、ジェイク、お前は逃げたらどうだ?ここは俺が……………………」


 震える声と腰のジョンを脇目に俺は言った


 「ば、馬鹿言うなよ!俺たちが逃げてどうするんだ!?こういう時のためにしごかれてきたんだろ!?」


 明らかに虚勢にしか見えない様子で、俺は奴に言葉を返す


 『くっははははは!あいつら!剣なんか構えているぞ?』


 『馬鹿どもめ!他の奴らみたいに引き裂かれたいらしいぞ!?』


 「ちくしょう………………」


 ジョンがつい言葉を漏らした。気持ちは痛いほど分かる

 目の前には”オーク”が2体、身長は約2メートル、それでいて驚くほど屈強なその肉体は、体の構造の時点で、人間などとは比べものにならない”差”があることを容易に想像させた

 絶対的な”死”、今から剣を捨てて逃げようとも、容易に追いつかれて殺される。かといって、このまま挑んでも、何の苦労もなく惨殺されるだろう

 ”恐怖”を感じていた。だがそれ以上に、その時の俺は”悔しさ”を感じていた。必死に訓練し、肉体を鍛え、剣や弓を使えるようにもなった。

 だが、現実は”これ”だ。今のこの状況、やってきたことが活かせるビジョンがまるで湧いてこない。


 「せめて一太刀くらい……………………」


 意を決しようとしたその時だった


 「借りるわよ」


 「っ!?」


 次の瞬間、俺の手から剣の感触が消え、目の前には、右手で剣を握り、左手は前方向の地面に添え、まるで獣のような態勢をとる少女の背中があった


 目の前には、自身から家族を奪った元凶がいる。自身を孤独にし、心まで破壊した元凶

 だが、そこには”怒り”も”憎しみ”もなく、ただ”殺意”だけがあった


 獣人の肉体を構成する筋肉が持つ特性の内で最も特筆すべきは”瞬発力”だ。彼らの食生活における最大の支えは、”農耕”でも”畜産”でもない。最大の支えは”狩り”だ。


 ヨセフカは剣を握り、獣の如き体勢で全身に力を入れる。引き絞られた矢のような体勢のまま、更に魔力をその身と剣に巡らせ、自身の能力をもう一段飛躍させる


 ”狩り”においてタイミングは重要だ。獲物が気を休める刹那の一瞬。例えば、食事をする時、群れと共にある時、寝静まる時など、意識が外れるその一瞬を逃さないこと。”狩り”にその生活の大部分を託す彼ら獣人にとって、それは最も重要な課題。故に、彼らの体は”その一瞬”を逃さないための進化を遂げた


 2体のオークは驚いていた。突如、彼らの目の前に現れた少女は、明らかに後ろの男たちよりも貧相な風貌をしている。だというのに、自身の本能は、後ろの人間以上に警戒すべきだと激しく訴えている。驚きの中に困惑の感情が混じりゆく中、ヨセフカから見て左手のオークが息をしようと口を微かに開ける。

 だが、開かれた口に空気が注がれることはなかった。その口が付いた顔は、次の瞬間には首ごと宙を舞っていたからだ


 ジェイクとジョンの前には、地面を踏みぬいた際に発生したであろう土煙。右側のオークの横には、先ほどまで共に歩を進めていた同胞の体が”首のない状態”で仰向けに倒れている。そこにいる誰もが状況を呑み込めていなかった。目の前で起きたであろう一連の行動に対して、目視することはおろか、反応することすら出来なかったからだ。


 『き、きさ……………………っ!?』


 ここは流石に実戦経験の差が出たと言うべきだった。右手側のオークは、目の前での出来事に対する思考をやめた。今優先すべきは、自身の同胞を瞬く間に葬った元凶と対峙すべきとだと判断したためだ

 後ろに着地したであろう”敵”と向き合うべく、そのオークは怒号と共に後ろ振り返るが、その言葉が放ち切られるよりも先に、ヨセフカの剣が深々と腹部を刺し貫いた


 後ろの着地したヨセフカは、着地の反動と共に身をよじり、すぐさま先ほどのような体勢へと移り、再び懐へと飛び込んだ。だが、今回は先ほどとは違う。首を狙って斜め上に飛ぶのではなく、正面方向から飛び込む。同胞を失い、臨戦態勢に入ったであろう敵に対して”奇襲”はもう望めない。そんな彼女が取った選択は剣による”突き”だった。しかも、突き刺さった剣を引き抜く際、彼女は剣を内部で捩じらせながら引き抜いたのだ


 どんなに下位の魔族であっても、全ての魔族には再生能力が備わっている。たとえ傷を負わせたとしても、それが単純なものであれば、彼らはその傷を癒す。ならば、”単純ではない”傷を与えてしまえばいい


 突き刺した剣をそのまま抜くのではなく、内部で捻じ切ることには大きな意味がある。内部で捩じらせ、刺さった剣の周辺にも大きな損傷を与えることで、刺し傷はより重篤化する。それは、再生能力を備え、本来は痛みに耐性を備えている魔族に対して、”痛み”による隙を生じさせるほどに…………………


 『ぐぅ!?』


 ヨセフカは、痛みで後ろへと後ずさりするオークの両膝を大きく切り裂く。腹部の傷に加え、膝による支えを失ったそのオークはバランスを失い、そのまま前方向へと倒れる。辛うじて手で地面をつき、顔面から大きく倒れ込むことを避ける

 だが、その行動はヨセフカが望む構図を実現させることとなる。既に振り上げられていた剣は、一切の躊躇(ためら)いなく振り下ろされ、2体目の多くの首もまた、先ほどのオークと同様に宙を舞った

 生命活動を止めた魔族たちの肉体は、黒い灰となってボロボロと崩れていく。戦闘によって飛散した返り血も含めて


 「すげぇ……………………」


 ジョンの口からふと言葉が漏れる一方で、俺は目の前の出来事に驚嘆するばかりで言葉すら出せずにいた。自身が恐れていた存在が瞬く間に葬られた。言葉にしてしまえばこの程度だった

 だが、俺には目の前で起きた”それ”をそんな陳腐な言葉で片づける気にはなれなかった。目の前に現れた少女の背中は、俺たちよりも明らかに小さく、貧相であるはずなのに、その時の俺には、人生で見た誰の背中よりも大きく、頼もしく見えた


 「……………………」


 (大丈夫かい?)


 フィーが心配そうな声で私に問いかけてきた


 (違うわね……………………)


 (え?)


 (奴らを目の前にするまでは”怒り”や”憎しみ”に満ち溢れていたけど、いざこうして戦ってみると、何というか……………………)


 (勝利した時の”高揚感”や復讐を果たした時の”達成感”を期待していたのかい?)


 フィーはいつでも私の心の奥底まで見抜いたような一言を投げかけてくる。心が繋がっているから当然だと言えばそうなのかもしれないけど、逆に繋がっているからこそ、何の嘘も隠し事もなく接することが出来るともいえる


 (本当に、あなたは痛いくらい本心を突いてくるわね……………………)


 (魔族を倒してみて何を感じたんだい?)


 (分かってるんじゃないの?)


 (確かに魂は繋がっている。でも、僕は君本人じゃない。君が感じた感情の断片を感じることは出来ても、何を思い、思考したかまでは分からない)


 (……………………”安心感”は感じられた。でも、台所に出たゴキブリを駆除できた時のレベルでしかなかったわ。もっとこう、仇を打てただとか、脅威を取り除けただとかいう思いが湧き上がると思っていたんだけど……………………)


 (相手が弱かったというのも大いにあると思うけど、君が本当に望むものが”復讐”や”戦い”以外のものであるのも大きいと思う)


 (分からないわ。今まで目の前のことに集中するばかりで、あまり自分の内面なんて見てこなかったもの……………………そういえば、フィーに相談したことがあるの)


 (何だい?)


 私は馬車を飛び出してから奴らを相手するまでで感じた”別のモノ”について話した


 (どう思う?)


 (魂の“残滓”ってところかな……………………)


 (残滓?)


 (黒くて重い”負の感情”ほど魂にしつこくへばり付く。転生と共に融合しきらなかった分が今の魂の奥に沈み込んだんだと思う。そして、へばり付いた”負の感情”の元凶に間近で触れたことで表に出たんだと思う)


(そ、それって大丈夫なの?)


(特に悪影響は出ないさ。混ざり切らなかったものとは言え君の一部さ。今回が初めての発現だったから症状が強くでただけで、体の制御が利かなくなるほどの症状はもう出ないさ。むしろ、魂の融合がより進行する分、転生側としては好都合なくらいさ)


(それなら、自分の内面考察は後回しにしましょう。今はそれよりも、残りの害虫駆除を終わらせることの方が先決よ)


(獣人の感覚器官を間借りしてバックアップさせてもらうよ。君は目の前に戦闘に集中するんだ)


(それじゃぁ、早く仕事を終わらせましょう)

 

 初めての魔族狩りに対して、思いのほか湧き上がるものを感じないヨセフカだったが、自身の内面を考察するよりも、今は町の救援が先だと判断した彼女は一旦考えることをやめる

 火の手を挙げて燃え盛るガルム、魔族との更なる戦いが待つ中、約束を果たすため、彼女はその身を投じてゆくことになる

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