ホライズン(3)
主要スタッフの挨拶が終わると主任のラヴィアーナが改めて中心になって進行する。ビビアンは彼女が一番好意的だと感じていた。
「細かい話は乗ってみてからにいたしましょう。もしかしたら決定的に合わないアームドスキンである可能性もあるので」
「あたしたち、そういうタイプじゃなくて、なんでも乗るほうです」
「完成した機体に自信はあるのだけれど、万が一のこともあるので。さあ、これがヘーゲル社製初号機アームドスキン『ホライズン』です」
示された基台に乗っているアームドスキンは彼女たちの搭乗を待っている。胸の鼓動が高まり、見上げる目に熱がこもった。
「さあ、どうぞ」
始めからフィットスキンなので着替えは不要。
「動作プロトコルをいいかな? テスト後に破談になるようだったら廃棄するから心配ないよ」
「上等なものじゃないので」
「いや、そんなことはない」
調整の整備士は否定してくる。
「搭乗時間の長いパイロットの動作プロトコルは宝物だ。そこには努力と時間が詰まっている。お金を払っても手に入るものじゃない」
「個人用のものでも?」
「ブラッシュアップすればコモンデータに化ける。売り物になるくらいの優れたコモンデータにね」
これまでは彼ら整備士が動作確認をしてきたという。しかし、実戦的なプロトコルは蓄積できないで調整に支障を来していたらしい。
「この『ホライズン』は試作機なんですか?」
動作に支障が出るようでは怖い。
「いや、本物の試作機は改造に改造を重ねて不格好な代物になってる。今じゃ倉庫の肥やしさ。記念品でしかない。これは実戦試作機といって量産機の前段階の完成品」
「そういうものですか。知らなかった」
「場合によっては何度も試作機を作る羽目になったりするんだよ。スムースに進んだほう。ベース設計の完成度が高かったみたいで順調だった」
作業の間に色々と内情を教えてくれる。
「つまりシュトロンベースではないんですね?」
「ああ、最初からクロスファイト仕様機並みの強度の高いアームドスキンを目指して一から設計してる。それだけに機体馴染みはいいはずだよ」
「機体馴染み?」
あとから強化したようなカスタマイズ機ではコンセプト重視で各所に無理が出るケースも少なくないという。例えばビビアンたちが乗っていたゼムロン。彼らに言わせると、シュトロンベースにフレームと装甲の強化、伴うパワーアップを試みた所為でバランスは今一だという評価のようだ。
「ホライズンは強度を実現できる構造力学から設計しているから、材料強度の不安とかパワームラ、過度なパーツ消耗が出ない。あくまで計算上の話ではあるけど」
「自信があるんですね」
「確かめてほしい」
インストール作業を終えた整備士は良い笑顔で親指を立ててスパンエレベータで降りていく。
(このアームドスキンもヴァンダラムと同じブレストプレート方式だわ。今後はこのタイプが増えていくのかも)
ホライズンの搭乗方式も胸部装甲が前にスライドして上にズレるスタイル。操縦殻の前には「ステージ」と呼ばれるアンダーハッチと同じものが前に倒れる。そこへ緩衝アームに懸架されたパイロットシートが突きだされていた。
(なんだかホッとするし)
分厚いブレスト装甲を生で見て実感するのは安心材料になる。フロントハッチの二枚構造と違って一体式なのは素人目にも強度が高そうだ。降りてきてロックされると守られている感が強い。
「動かします!」
「ええ、お願い」
下に向かって合図してからヘルメットを被る。コンソールパネルを操作してシートを格納する。操縦殻のプロテクタが下りると外部カメラがオンになった。ブレストプレートが閉まる様子も顔の位置から見える。
「どう? いけそう?」
ウインドウが四つ開き、メンバーの顔が映った。
「OKにー」
「いつでも」
「先にどうぞ」
「問題ない」
広く開けてもらっている基台前のスペースに踏みだす。一段下がった場所に右足を置き、左足を続いて降ろした。その時点でビビアンは震えるほどの感動を覚えている。
(スムース。それに、なんて軟らかい)
数歩あゆむとさらに実感する。驚くほどソフトな感触がコクピットに伝わってきた。フィードバックも極めて繊細である。
「なんで……? どしてこんなに軟らかいの?」
「感じてくれたかな? ホライズンはパイロットにも優しいアームドスキンのはずなんだ」
副主任のジアーノが自慢げに言う。
「駆動系は力を入れていますわ。特に足回りは相当感触が良いでしょう。柔らかさとパワーのバランスに注力したもの」
「それだけじゃなく、すごい反応がいいです、ラヴィアーナさん。意識しなくてもスルって出る感じ」
「そいつが特注機の性質だぜ。重量とパワーの天秤が合致すりゃあそうなる」
ミュッセルが腕組みしつつ指摘してきた。
(つまりミュウやグレイって普段からこんなアームドスキンに乗ってるってこと? あれだけ動けるのにも納得できるかも。ただし、これは神経使うわ)
ビビアンは命令信号に対する感度の良さに戸惑いを覚えていた。
次回『ホライズン(4)』 「そんなんじゃ性能評価になんねえぞ」




