ホライズン(1)
ヘーゲル社の機体格納庫では休日だというのに働く人の影が多く見掛けられる。レーネの日の今日は新設されるワークスチームのパイロット候補がやってくるからだ。
「準備は問題ありませんわね?」
ラヴィアーナは開発責任者として副主任のジアーノに尋ねる。
「『ホライズン』は快調ですよ。開発に携わった全員が意気軒昂ですからね」
「ありがたいことに感じられています」
「皆がヘーゲルの新しい可能性を信じて名付けた『ホライズン』です。一部役員が嘯いているように、ただの税金対策で終わるつもりはありません。見返してやりますよ」
開発スタッフの間でも公然の秘密のようなもの。
「私は純粋にエンジニアとして一つの可能性が示せれば良かったのですわ。あまり野心はありませんの。でも、上はそう思ってくださらないみたい」
「なにかありましたか?」
「ノーズウッド氏が役員会の決定として通達してきたのです」
ラヴィアーナは自分宛てのメッセージを開く。そこにはフラワーダンスをヘーゲル社ワークスチームの専属パイロットにする条件が書かれていた。
「え、ちょっと!」
ジアーノも憤りの声をあげた。
「いきなりなんです、こんな横槍」
「わかりませんわ。今までなにも言ってこなかったですのに」
「ノーズウッド役員といったらリフトカー部門の重鎮です。特に軍需系の車両のシェアを拡大させた立役者。そこに食い込んでくるかもしれないアームドスキン部門を煙たがっているのかもしれませんね」
副主任はやや怒気を込めて言う。
「致し方ないことですわね。企業内部で働けばあり得ること」
「しかし、これは」
「せめて、彼女たちだけでも競争原理から切り離してのびのびとさせてあげたかったのですけど」
ラヴィアーナはため息をつきながらメッセージパネルを消した。
◇ ◇ ◇
ヴァンダラムの乗ったリフトトレーラーのドライブルームは客を迎えていた。いつもならミュッセル一人の場所に三人もの少女とマシュリが同乗している。
「狭くはないけど邪魔よね?」
エナミが申し訳なさそうにしている。
「別にかまわねえよ。目的地入れたらやることなんてなにもねえ。昼寝してたって着くからよ」
「なに、寝る気になってんの? 大型車両のドライバーなんだから安全確認義務があるじゃない」
「うっせえな。お前はお袋か、ビビ?」
同乗しているのはエナミにビビアン、サリエリの三人である。他のユーリィ、レイミン、ウルジーはグレオヌスのリフトトレーラーに乗っていた。
「放っとけば? こんなでっかいの、安全確実性の高い幹線道路しか走れないんだから」
サリエリも落ち着いている。
「腹立つじゃない。あたしたちは、もし契約なんて話になったらスツールリフトで通うことになるかもなのよ。道憶えなきゃなんないのに呑気にして」
「それだってσ・ルーンのナビで走るだけなのに」
「あはは」
エナミは笑顔で宥める。
「行ってみないと、どんな話があるかわからないでしょ。私まで招待されたのは意味わからないけど」
「当然だわ、コマンダーなんだし」
「お手伝いしてるだけ。ワークスチームになったら専門家のコマンダーが付くと思わない?」
そういう意味の制約は色々とあるだろう。今日はアームドスキンを見せてもらうと同時に、細かい話を聞きに行くつもりなのである。
「それだったらお断り。自由な戦術を認めてもらえないようなものだもん」
「もう、ビビったら」
強情である。
「質問準備しとけ。大人ってな色んなしがらみに縛られてるもんだ。向こうの理屈に飲まれねえよう最低限守りてえもんを確かめとけ」
「わかってる。でも……」
「そんなに背負わない。難しい話はわたしが引き受けるから」
サリエリにフォローされている。以前からの関係性だ。ビビアンは態度と度胸で前面に立ち、サリエリは理論で背中を支える。二人はそれでバランスを保っている。
「もう着くぜ」
ミュッセルはマップを確認する。
「お前ん家からでもバイクレーン走りゃ二十分ってとこだ。苦にならねえだろ」
「いやに勧めてくるじゃない」
「それだけワークスチームってのは環境が良い。なにも考えなくても、あっちがきっちり整えてくれる。代わりに勝ちや条件を求められるもんだが、それもヘーゲルは問わないって言ってくれてるんだ。他になにが欲しいってんだ?」
かなり贅沢な話である。
「プライベーターのあんたがそれ言う?」
「俺は好きでやってんだ。乗るのも戦うのも好きだが同じくれえアームドスキン組むのも好きなんだよ。美味しいとこ持ってかれるのは嫌じゃん」
「そうよね。あんたってそうだった」
ミュッセルにとってのクロスファイトは嗜好を全て満足させてくれるもの。全部自分でやりたいからやっているだけである。フラワーダンスのように友人との絆を楽しんだり勝利を喜び合うのが本旨ではない。
「つまり、わたしたちの楽しみ方なら自由な気風のワークスチームがベストだとミュウは言ってるのよ」
サリエリも納得している。
「理解してるつもりだわ。でもね、なにかありそうな気がしてならないのよ」
「なにもなしっていうのは難しいかも。相手は企業なんだもの。営利を度外視して考えられない」
「そうよね、エナ」
不安を抱える少女たちを横に乗せてミュッセルはヘーゲル社のゲートに近づいた。
次回『ホライズン(2)』 「めっちゃ出迎えられてる。緊張するぅ」




