望まれる花(2)
「ってなことがあってよぉ」
ミュッセルは昼の一件を相談している。
「お前、なんか腕利きエンジニアの伝手とかねえ? あのヘーゲルがなんの理由もねえのに、いきなりアームドスキン産業に来るとは思えねえんだよな」
「なるほど」
「なに、変な顔してんだよ、グレイ」
親友は耳を寝かせている。
「いや、どう……、なんでもない」
「妙な奴だな」
メイド服のエンジニア、マシュリに事情を説明していると狼頭をかしげつつ口をパクパクさせている。言いたいことがあるならと振ったのだが、あきらめたふうだった。
「ヘーゲルなら心当たりがあります。お待ちを」
彼女は傍の整備コンソールを操作した。
『はいっ、お姉様! なにか御用でしょうか!』
「あなたに質問があります、マチュア」
通信パネルには朱色の髪の女性がバストアップで映っていた。なぜか慌てた様子で、追い詰められたような面持ちをしている。
『なんなりと!』
恐縮しているマチュアと呼ばれた女性。
「あなたはヘーゲルのアームドスキン開発に関与していますか?」
『それはどういうご意味でしょうか?』
「タッチしているか否かを問いただしています」
視線が泳いでいる。
「大丈夫か、こいつ?」
「お気になさらず。妹は昔からこうなのです」
『はい、わたしはお姉様の忠実な下僕です』
危うい発言が続く。まるでマインドコントロールを受けているかのようだ。ただし、お互いの呼び方を聞くかぎり二人は姉妹なのだろうか。
そう言われると顔立ちは似ている。髪は朱色と銀色とで全く異なるが、特有の雰囲気は似通ったものを醸しだしていた。
「身に覚えがないのですが、どうも怖がられております」
「なんかわかる気がすんぜ」
マシュリは心外だと言わんばかりの表情。
「押しが強えんだよ」
「そうでしょうか? まあ、その話は置いておきましょう。マチュア、ヘーゲルにアームドスキンを作るよう促したのはあなたですか?」
『ち、違います。元より社内で立ちあがったプロジェクトなんです。最初はリフトカー部門の収益が増大しすぎたため、税金対策としてアームドスキン開発部門を設けることになったようです』
ペラペラと内部事情が出てきて怖ろしくもなる。
「開発費を計上することで最終収益のコントロールをするつもりだったのですね。そのプロジェクトが完成段階にあると」
『完成品ではありますが、まだどの程度の性能を発揮できるかは未知数です』
「そこまで把握しているということはタッチしているのですね?」
相手の女性は青褪めて顔ごと横に逸らす。悪戯を見つかってしまった子供の如き反応だった。
『その……、少しだけ。改善点の指摘程度は……』
マシュリは表情を変えないまま頷く。
「仕方ないでしょう。ヘーゲルの現会長はあなたの子の実姉ですものね。肩入れしていても変ではありません」
『そうなんです。ジノが大切にしている姉様なんです。だから、ご勘弁を』
「監修程度の介入はした。それでよろしいですね?」
『はいぃ!』
縮こまるマチュアにあくまで整然と問いただすマシュリ。こんな関係なら怖がられても仕方あるまい。
「わかりました」
震えている妹に冷然と言う。
「決して完成度の低い、粗い作りのアームドスキンではないと言っていいでしょう、ミュウ」
「そうなんか。じゃあ、条件さえ納得できれば悪い話じゃねえんだな?」
「あえて言わせていただくならチャンスは拾うべきかと思われます」
勧める言葉まで出てきた。
「そっか。お前が言うんなら確実だな」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」
「要は判断材料があればって思っただけなんだがよ」
ビビアンたちにどう伝えるべきか考える。ミュッセルがマシュリを信頼しているのは彼女たちも了解しているだろうが、どのレベルかまでは把握していまい。
『それじゃ、これあげる』
マチュアの口調がくだけた。
『君は読めるんでしょ? これがアームドスキン『ホライズン』の設計図。現段階最終盤』
「どこの誰だか知んねえが、こんなもん軽々しく持ちだしてくるんじゃねえ! 企業秘密の中でもトップレベルだろうが! 俺が流出させたら裁判沙汰になっちまう!」
『させなきゃいいの。マシュリ姉様がいるんだから問題なし』
投影パネルを流れながらコンソールに流れ込んでいく設計図におののく。
「わかった。このアームドスキンが型落ちにでもなんねえかぎり内緒にしとく」
『なんだったらヴァンダラムが搭載してる面白いものの情報もらってあげてもいい』
「マチュア?」
『ひぃ、すみません! 調子に乗りました!』
そんなところがあるから以前よりマシュリに叱られ続けてきたのだと納得する。軽はずみな部分がなくなれば姉妹関係も穏便になっていくのではないだろうか。
「事情は理解しました。もういいですよ」
マシュリの許可が出る。
『はい、いつなりでもお呼びだしください!』
「あれはまだ検証中です。そのうちに」
『はい、皆にも言っときます』
(なんか面白えな。こいつの過去とかなんも知らねえけど、ちょっとだけ触れられて安心したぜ。トラブル起こしてどこにも行くとこがねえとかじゃねえんだってな)
マシュリの一端を知れてミュッセルはニヤニヤ笑いが止まらなかった。
次回『望まれる花(3)』 「見るだけで満足かしら。乗ってみたくはない?」




