碧星杯四回戦(3)
紫電を舞わせて押し込んでくるブレードを力任せに弾き飛ばす。踏み込もうとすると素早いバックステップで障害物の奥へ逃げた。
追撃は適わない。すぐに横合いからの斬撃が迫っているからだ。見えているミュッセルは斬線から身を躱す。振り向きざまのパンチは空を切った。
「寄ってたかって攻めてんのに逃げんのかよ。そんなん楽しいか?」
「我らに求められているのは勝利である。運営からも観客からも」
ここでいう運営とはメーカーのことである。
「勝ちてえのはどこも同じじゃねえかよ」
「希望ではない。義務である」
「負けが込んだら解雇ってか? 世知辛えな」
アングルタイプの障害物から剣士が半身を覗かせている。それすらも幻惑なのだ。あえて晒すことで注意を惹いている。その間に他の所属機が配置を移動して次の攻撃に備える。
(まだるっこしいな。ま、効果的なのは認めるがよ)
剣士が隠れると狙撃が来る。回避したところに再び背後からの襲撃。ブレードの描く円弧から機体を滑らせて逃す。向き直ったときには隠れる影しか視認できない。さらに狙撃が襲う。
(これに掛かると周りに何機いるのかわかんなくなっちまうな。狙撃混じえて余計に混乱する)
会話に応じてきたのも幻惑の一環である。話していたのが見えていたアームドスキンとは限らない。電波交信では、それがどの機体からのものかわからないのだ。
「つまんねえ手管使ってねえで掛かってこいよ」
「挑発には乗らない」
これをやられると仮にトップとバックのペアであっても身動き取れなくなるだろう。ましてやミュッセルのような単機であれば逃れられない作戦と考えたはず。
(残念だったな)
ほくそ笑む。
「なに!」
「どうして驚いているんです?」
グレオヌスの声だ。捕まったのは砲撃手であろう。ヴァンダラムからのリンクで狙点の移動を予測したレギ・クロウの攻撃を受けているのである。
「僕たちに同じことができないとでも?」
「馬鹿な。たった二機で」
(そうでもねえんだぜ。俺が正確に狙点を掴めるってんならな)
それをリンクで伝えたなら。
「ノックダウぅーン! 密やかに攻めつづけていた狙撃手が捕まったぁー! ナクラマー3、これは不運だー!」
それを不運と受け取るかどうかでこの先の展開が変わる。悲しいかな、いつも仕掛ける側だったワークスチームのコマンダーは偶然と片づける。戦術に変化はない。
「意外と脆かったな。戦術繰り出すんなら欠点も頭に入れとくもんだぜ?」
「だから、挑発には乗らん」
だが、すでに二人の術中。ミュッセルは混じえてくる狙撃手の位置を把握してポイントをグレオヌスに伝えている。意識スイッチを使ったリンクをナビスフィアに反映させていた。
「く!」
「逃がしません」
相手のコマンダーはレギ・クロウの動きが把握できていても、なぜ正確に砲撃手の位置が知られているか理解できていない。移動させることしか考えていないではいずれ捕まるだけ。
「またしても砲撃手が落ちたぁー! これは偶然なのかぁー?」
「ハズレだ。俺にはこいつらの位置が手に取るようにわかってんだぜ?」
「おおっと! 挑発もヒートアップぅー!」
残るは剣士三機のみ。陽動の狙撃抜きで動きが激しくなる。そうなれば位置は視認だけで十分。そのために先に砲撃手を潰してまわったのだ。
「おいおい、俺とも遊べよ」
「相手していられん」
慌てて標的をレギ・クロウに切り替えるが手遅れである。追いすがるヴァンダラムに対処せねばならず、先行した剣士が単機でグレオヌスに挑む形になった。戦略は崩れている。
「さらに撃墜判定! これで二対二だぁー! 危ういぞ、ナクラマー3!」
もう勝負は着いていた。ヴァンダラムが一機の斬撃を抜けて懐に入っている。
「いいぃー!」
恐怖心は声だけにとどまらず行動にまで表れる。形振りかまわずブレードグリップを叩きつけてこようとしていた。
「なんだよ。殴り合いがしてえんなら早く言えよ」
「ひっ!」
グリップエンドは空振りしている。赤い影はすでに横にあった。振り抜かれた拳は横っ面を捉えている。激しく横転した。
「させん!」
そこへ話に応じていた機体が迫ってくる。すでに覚っていた彼は振り向きざまにブレードスキンで受け左手を鳩尾に。
「烈波」
もんどり打ったアームドスキンはピクリとも動かない。立ち直ろうとしていたもう一機にも歩み寄って拳を打ち付ける。地面にバウンドして二度と起きあがらない。
「伝説の死闘で使われた必殺技が炸裂ぅー! なんと、一気にダブルノックダウぅーンっ! 勝者ぁ、ツインブレイカーズ!」
ミュッセルは満足げに腕を掲げた。
◇ ◇ ◇
「圧倒的ですわね。ナクラマー社のチームが歯も立たないなんて」
「まさか、ここまで一方的とは思いませんでしたよ」
驚いているのは彼女だけではなくジアーノも瞠目している。
「決定的ですわ」
「ええ、これでヘーゲルの上層部は首を縦に振らざるを得ないでしょう」
「決まりましたわ。チーム『フラワーダンス』に我が社の開発初号機『ホライズン』を預けましょう」
開発主任のラヴィアーナは思いがけず巡り会えた優秀なテストパイロットにプロジェクトの将来を託す決断をした。
次はエピソード『ヘーゲルのアームドスキン』『望まれる花(1)』 「実は昨日の夕方ね……」




