見つめられる花(1)
クロスファイトドームの地下訓練場にはエンジニアルームがある。近い位置でデータ採集をするスタッフ配置もあるが、本格的なチーム内模擬戦などをするときは傍にいられない。セーフモードでもビームの流れ弾は生身には致命的。
上のアリーナは円周境目に防御フィールドが張られるが、地下にはその設備がない。ゆえに外壁部にエンジニアが観察する防護部屋が存在する。そこには各チームのスタッフが退避しているが、今日は別のエンジニアも許可を得て入っていた。
「週末の日の夕方とはいえ、そんなに盛況ってわけではないみたいです」
「仕方ないですわね。我々には各チームの裏の動向を知る術がありません。こうして地道に通うしかないでしょう」
二人はヘーゲル社のアームドスキン開発部門のエンジニア。これまでアームドスキン産業には参加していなかったヘーゲルの開発エンジニアなのだ。ゆえに機動兵器のテストパイロットにコネクションがない。
「ですが、目ぼしいパイロットは有名メーカーが囲っていますし、自前の試験場を持たない弱小メーカーでさえしっかりと契約パイロットを抱えている状態です。ここにいるのは障害物を使った訓練がしたいか、あとはプライベーターばかりです」
「そのプライベーターの中から光る原石を見つけるのが私たちの役目ですわ」
彼女の名はラヴィアーナ・チキルス。開発トップの主任の地位にいる。助言をしているのは副主任のジアーノ・ジョアンである。
「本来ならスカウティングなんて営業か専門部署を設けるべきでしょう?」
副主任のジアーノはヘッドハントされたアームドスキンの業界人である。
「ヘーゲルには実績が皆無です。かなりの資金がすでに投下されているとはいえ、成功するか否かというプロジェクトにスカウト専門部署を作るほどの賭けはできませんわね」
「でも、主任は操機に関しては素人でしょう? 見てどうなるものでも」
「開発した機体の特性を最も知っているのは私です。パイロットスキルはともかく、どんな動きをさせているかは見極められると思っていますわ」
(ジアーノはその道のプロなのですわね。私では「操機」なんて単語が出てきませんもの)
多少は気後れを感じる。
(でも、大切な初めてのアームドスキン。託す人くらい自分で決めたいと考えるのは我儘なのでしょうか)
「基本的にはチームが望ましいですよね? 様々なコンディションを同時に試験できるのが大きい」
そのあたりの機微は彼が詳しい。
「ええ。ソロ選手では賞金稼ぎでも試合数には限度があるのでしょう? チューニングの足枷になりますわね」
「バランスの良い編成のチームがベストです。特に駆動系のほうが弱いので2トップ、いや3トップくらいだとやりやすいです」
「偏っていないほうがいいのね。もっとも、強いチームはあまり偏りがないものと言ってませんでしたか?」
ジアーノの解説は受けている。
「ほとんどは。まあ、どこにでも異端児っていうのはいるもので、最近はチーム戦も荒れ気味ですけどね」
「そうなの? よくわからないわ」
「結構かき混ぜられてます」
変動はあるらしい。ましてやクロスファイトそのものが開催されるようになって五年でしかない。安定するにはまだ早いか。
「もう1チーム出てきましたね。ゼムロンですか。プライベーターみたいです」
管理局開発のクロスファイト仕様機の名前が挙がる。
「どれだけの技術者を抱え込んでいるのでしょう、管理局は。あんな機体を簡単に実験投入できるなんて信じられませんわ」
「あの『銀河の至宝』が動いたってもっぱらの噂ですね。ああ、わかりました。レンタル記録によるとチーム『フラワーダンス』です。お、話題の女子スクール生チームですよ?」
「学生ですか。では難しいですね。プロのように時間が使えるわけではないでしょうから」
選択肢から除外せざるを得ない。
「はい。クラスはAAとわりと高いですが、ロークラストーナメントでも優勝回数はそれほどでもない。どちらかというとコンスタントに好成績を収めているタイプのチームです」
「安定性がある?」
「成長しているともいえますか。ハイクラストーナメントでもまあまあの成績ですし」
(条件は悪いけれど、見るところがあるかもしれない? 成績がしっかりしているということはパイロットスキルも見込めるってこと? どうにも読めない)
ラヴィアーナはスティープルをするすると縫っている五機に注目した。
◇ ◇ ◇
「まずはリンクフォーメーションチェック。訓練場だからスティープルは固定配置だけど参考程度でね」
ビビアンは指示する。
「二人が来るまでに温めとくわよ」
フラワーダンスメンバーは直接ドームにやって来ている。ミュッセルとグレオヌスは自分の機体をリフトトレーラーで運ばねばならないので少し遅れる。
昼間に予約しておいたレンタル機に各々が動作プロトコルをインストールすると訓練場に出す。いつものアームドスキンだが軽く慣らしをしておくつもりで。
「リィ、ほぐしといて」
もう一人のトップの猫娘を相手にブレードを抜く。
「ミン、サリ、配置は?」
「OK、ビビ」
「でき!」
「ウルは隙を指摘」
「あい」
棒術娘に指示してビビアンは動きだした。
次回『見つめられる花(2)』 「ううっ、味方ながらめんどい!」




