花と約束(3)
週明けの登校時、いつもどおりにミュッセルが学校に向けてリフトバイクを走らせているとレーンが詰まっていた。それもそのはず、フラワーダンスメンバーがスツールリフトでバイクレーンを占領している。
「おい、後ろ詰まってんぞ!」
バイザーシールドを跳ねあげて叫ぶ。
「適正速度よ。後ろに付きなさい」
「マジか! そんな玩具に付き合えってのかよ」
「バイクレーンは先行者優先」
システム上、カーレーンには入れないので当然そうなる。彼は後ろのグレオヌスに合図しながら速度を落とした。文句を言ったのは冗談である。
「お前らは問題なさそうだな」
σ・ルーン同士で相互リンクが張られる。
「全然。あんたの言うとおり玩具みたいなもの」
「面白いに。みんなとお話しながら学校行けるから楽しいにー」
「ねー」
これまで一人バイク通学女子だったユーリィは嬉しそうである。彼女の車体だけが二回りは大きいが。
「エナもちゃんと見てやれよ」
先頭を走っているのは彼女である。
「当たり前よ。今朝はそのために待ち合わせて走ってるんだから」
「大丈夫。安定してるでしょ、ミュウ?」
「まあな。そういうふうにできてっからよ」
ほとんど趣味の乗り物だ。利便性は高くても選択肢の一つでしかないのは事実。どこに行くにも公共交通機関が張り巡らされているし自動運転車もある。資産家の中には子弟に無人専用車を用意する家庭もあった。
「ま、学校からクロスファイトドームに直行するには楽だけどよ」
「ミュウみたいにリフトトレーラー引っ張りださなくてもいいもんね」
「フラワーダンスはドームに備え付けだもんな」
そういう意味で彼女たちには最適かもしれない。グレオヌスも足を手に入れたことで、ミュッセル自身も観戦だけならバイクで行けるようになった。やはりタンデムで三十分近い行程を走るのは事故のリスクを否めないので避けていただけなのだ。
「着いた。早ーい。これは朝楽になっちゃった。寝坊でいつものトラムに乗れないとか焦らなくていいし」
「だからって油断して寝こけてんじゃねえぞ」
「男子と違って女子は朝が忙しいの!」
駐輪場に収めながら話しつづける。リフトバイクは微速でも安定しているのが最大の利点。順番にゆっくり停めていった。
「おはよー」
そのままガヤガヤと話しながら教室まで。視線が集中し、含み笑いをしている者までいる。
「なによ」
「なんでも。ただ、クロスファイト組が仲良く集団登校してきたなって話してただけ」
「集団登校って。市街エリアから公務官学校までのルートの幹線道路が一本なだけじゃない。時間が同じくらいなら当然だわ」
ビビアンが抗弁しているが空気は変わらない。クラスメイトはなにか思うところがあるようだ。
(たまにこんな雰囲気になることがあんだよな。よくわかんね)
ミュッセルはわからないことは放っておくことにしている。
「時間余裕あんな。なあ、ビビ」
コンソールスティックを机上に置いて開く。
「なによ」
「つっけんどんにすんなよ。予約取れたって話しようとしてるのに」
「予約? なんの?」
本気で憶えがないらしい。
「決まってんだろ。地下訓練場だ。合同練習するっつったじゃん」
「本気? あれは、あんたがまだソロだったときの話。ツインブレイカーズ結成したのにライバルであるあたしたちフラワーダンスと訓練するっていうの? 手の内さらすようなものじゃない」
「そうね。まだミュウたちはノービス1だっていっても、エース級まで駆け上ってくるのは必至。オーバーエーストーナメントでも対戦が予想されるとなると練習で直接手合わせは回避すべきかも」
サリエリが冷静に分析すると他のメンバーも困り顔になってる。乗り気であっても実情が許してくれないと考えているか。
「なに抜かしてんだ。約束しただろうがよ」
彼は否定的だ。
「よく考えてみろよ。どうせいつか当たるんだ」
「だからよ」
「そりゃ、他のチームだって同じだろ? 何回も何回も対戦してお互いを研究して、そのうえでより強くなれたほうが勝つんだよ。たかが一緒に訓練したくれえでどんだけ変わるんだって話じゃねえか」
理屈は合っているはずである。
「そう言われると確かにね」
「情報欲しいだろ、サリエリ? 今は三つも上のAAクラスにいるからって、俺たちツインブレイカーズは手が届くところだぜ? 分析屋のお前にとってどうなんだ?」
「うー、喉から手が出るほど欲しい。でも卑怯な気もする。うちが上なんだもん」
悶えている。他のメンバーも苦笑いしているが、パイロットスキルの向上には合同練習が最善手なのは皆が理解しているだろう。
「気にすんなって。持ちつ持たれつだ。俺も実際に対戦してみたお前たちの実力が知りてえ」
「そうだね。他のチームに比べて気兼ねなく切磋琢磨できる相手だって考えればどうだい?」
「グレイまでそう言ってくれると甘えたくなっちゃうわ」
ビビアンも折れてくる。
「ねえねえ、それって関係者以外立入禁止?」
「新しい作戦を試してみる場合もあるから原則的にはね」
「問題ないに。エナはもう関係者みたいなもんだに」
ユーリィが決めてしまう。エナミは嬉しそうにウルジーと手を取り合って飛び跳ねていた。
「んじゃ、週末前のオージュの日の夕方な」
「りょうかーい」
約束していた合同練習の話がまとまってミュッセルは安心した。
次回『見つめられる花(1)』 「二人が来るまでに温めとくわよ」




