花と約束(2)
作業が一段落し、身綺麗にしてテーブルに集まる。そこにはエナミの持ってきた手土産が広げられていた。ミュッセルはすぐさま手を伸ばそうとしたがチュニセルに見事に迎撃された。
「ちゃんと座りな。行儀が悪い」
叩かれた手をさすりながら腰掛ける。
「いいじゃんよー。身体が水分と糖分を欲してんだよ」
「お客様を歓迎してからだよ」
「っと、そうか。よく来たな、エナ」
先に席に着いていた彼女に改めて挨拶。
「お邪魔してます。お仕事中にごめんね」
「いいって。平気か? 油臭えだろ」
「ううん、大丈夫。立派なお仕事に必要な物だもの」
作り笑いには見えない。かなり育ちはいいはずなのだが、驕ったところが感じられない。しっかりと躾けられていると思った。
「あんたもこっちに来て休憩しな」
「おー、いいもんあんぜ」
「ご相伴にあずかります」
研究室と呼ばれている彼女の私的スペースからメイド服のエンジニアがやってくるとエナミの目は真ん丸になった。あまりの驚きに表情を繕えなくなっている様子。
「噂は聞いていたけど、こんなに綺麗な人……」
「住み込みで手伝ってくれてるマシュリだ。下、なんだっけ?」
「『フェトレル』ですよ、ミュウ。断っておきますが、わたくしは彼には興味ありません。興味あるのはアームドスキンです」
「先手打たれた! 大人っ!」
(なに騒いでんだ? わけわかんね)
エナミの仰天している理由が不明である。
取り乱したのを恥じてうつむいている。ドリンクを吸いながら隣から覗き込むと余計に赤くなった。人当たりは良いのだが、どうにも扱いに慣れない部分がある。
(ビビたちみてえにさっぱりしてねえな。こっちが普通なんだろうがよ)
肩をすくめてお菓子を口にする。
「調子はどうだ?」
「新品だもの。問題ないと思う」
「きっちり仕上げてくれてたろ?」
眺めているのは新車のスツールリフト。今日が納車で、エナミはその足でブーゲンベルクリペアにやってきたのだ。
「こいつの平均速度なら家まで十五分ってとこか」
「そのくらいだと思う。意外と近かったね?」
「おう、俺もあそこがお前ん家だとは知らなかったかんな」
先日の事件で偶然彼女の自宅を知った。高級集合住宅が並ぶあたりである。公的エリアで働く高官が住居にしていて、セキュリティがしっかりとしている。
(そりゃそうか。事実上、メルケーシンのトップの孫が住んでんだからな)
さすがにアストロウォーカーの突進までは防げないだろうが、かなり頑丈な作りをしている。実際に接触された建物の損壊も最小限だった。
ブーゲンベルクリペアのように開けっぴろげでもない。今のようにシャッターを全開にしていると前の通りから丸見えである。間口は大きいが壁はペラペラだ。
「あのへんなら無理しなくても警察機が飛んできたかもな」
現実に飛行してきただろう。
「その前に私、ぺちゃんこになってたかも。本当にありがとう、ミュウ」
「なんてこたぁねえよ。いつでも守ってやる」
「……嬉しい」
はにかむ様子を凝視してしまう。
「どうしたの?」
「いや、花が咲くみてえに笑うんだなって」
「それをあなたが言う?」
反論された。
「何度も言うけどさ、君はもっと鏡を見るべきだ。他の人の迷惑になる」
「どういう意味だ、グレイ。俺が笑ったら怖いとでも言うのかよ」
「逆だよ」
呆れ顔の親友に首をかしげる。出会った頃は非常に表情の読みにくい相手だと思ったが、最近はかなりわかるようになってきた。
そんな感じで他愛もない会話をしたあとにエナミの新車を見る。基本構造はミュッセルのリフトバイクとそう変わらないが極めて軽量にできていた。
「すごく取り回しが楽にできてる。かなり自由度あっから慣れたら便利だぜ」
「そうなのかしら?」
起動させると彼は立ち乗りする。浮揚した車体をその場で旋回させてみせた。リフトバイクならではの動作である。一般仕様のリフトカーはそういう操作ができないようになっていた。
「リフトカーみてえに前後左右好きな方向に動くだけじゃなく、こういう芸当もできる。傾けないと振り落とされっから練習しないと無理だがな」
「やってみる」
「下の軟らかい所でフィットスキンを着てからにするのをお勧めするよ」
グレオヌスも助言している。
ベースの下を覗き込む。やはり構造的には同じで、彼の物の縮小版みたいになっていた。
「ブラストノズルが並んでんだろ? 全部斜め内向きに噴射してる。それで走行安定性が生まれるんだぜ」
「よく考えてあるのね」
「重心移動でバランススタビライザも働く。簡単にはコケねえから色々やってみろ」
内蔵されているジャイロが乗っている人間の重心移動まで感知して噴射のパワー調整までする。そういう細やかな部分が、ヘーゲルのマシンが一歩先んじているところである。
「ポケットにカーボンスティック入れといてやっから。無くなったら言えよ」
「そんな、悪いもの」
「菓子の礼だ。メンテもしてやる。わかんねえことがあったらいつでも訊け。修理に入れなくてもある程度のことはできっから」
友人に自慢できる部分などそんなところしかない。気前よく請け負った。それに、嬉しそうに笑う彼女を見ていると気分がいい。
(今までにいねえタイプの友達だかんな。大事にしねえと)
ミュッセルはそんなふうに考えていた。
次回『花と約束(3)』 「男子と違って女子は朝が忙しいの!」




