花と約束(1)
「おら、どうだ! 俺のほうがいい仕事してんじゃん」
「張り合うなよ、ライトスキン使っておいてさ」
ミュッセルは大量の部品を修理中のランドウォーカーの足元まで運んで誇るが認めてくれない。グレオヌスは呆れたように返してくる。
「ハンデだ、ハンデ。体格違いすぎんだろうが」
「いくら僕でもライトスキンのパワーには敵わない。乗って挑んでくるのやめなよ」
たまに悪戯で組手を挑むが丁重に断られている。しかし実際に手合わせすれば負けてしまうだろう。そこまで器用に動いてくれない機体の腕をかいくぐってシートに迫ればギブアップするしかない。
「遊んでないでちゃんと手伝え」
「おう、親父。肩は任しとけ。作業支持架?」
呼ぶ必要はないのだが、なんとなく声に出す。σ・ルーンの操作で降りてきた支持架のラッチがライトスキンのケージフレームの天辺を噛む。
反重力端子を効かせて重量を人体ほどに設定すると吊りあげさせる。肩の位置で止めメンテナンスハッチを開けた。
「5番、9番……、ヤベ、2番も駄目じゃんかよ。グレイ、一本持って上がってきてくれよ」
「どのシリンダだい?」
「SY6204って書いてあるやつ」
碧星杯二回戦は無傷でクリアしたのでヴァンダラムもレギ・クロウも整備だけで済んでいる。空いた時間をダナスルの手伝いにまわした。ライトスキンで効率化したからといって仕事は次々やってくる。父親一人でこなすのは難しい状態だった。
(有名になるのも考えもんだな。押し掛けては来ねえが、変に気ぃ遣って仕事まわしてきやがる。別に困ってねえっつーのに)
彼の家ブーゲンベルクリペアが請け負っている仕事はほとんどランドウォーカーもしくはアストロウォーカーの修理。稀にアームドスキンが混ざる程度だ。
どれも建築土木などの作業に用いられているもの。扱いは雑でろくに整備もされない状態で運用されている。一度入ってくれば、根本的に修理しなくてはならない箇所が多い。
「箱の中、あと二本だったけど?」
「マジか。足んなくなるかもしんねえな」
横並びにまだ三機も基台に乗っている。
「すでに発注済みです、ミュウ。午前中には届きますので速やかに交換してください」
「サンキュな、マシュリ。んじゃ、このパットで受けてくれよ、グレイ。作動ジェル抜くからよ」
「こうかい?」
「そのまんま、そのまんま」
空気弁ボルトを緩めて外す。すると下の緩めてあった排出孔から作動ジェルが流れだした。
「きったね! 腐ってんじゃん。変えたのいつだよ。それくらい自分でやれっつーの」
ピンクのはずのジェルが茶色にまで濁っている。
「使用期限超えるとこんなんなるのか。初めて見たよ」
「普通はここまで使わないもんなんだよ。そりゃお前がいたような本格的な戦闘艦の整備士ならきっちり定期的に交換してるって」
「だよな。戦闘中に動作不良なんて洒落にもならない」
日常のメンテナンスの重要性をよく知っている。
「こんなんするのは儲け主義の現場だけだ。親父、予算枠どうなんだ? 全部、ジェル交換しても収まんのか?」
「やってやれ。文句は言わせないからよ」
「しゃーねーな。こいつは結構手間だぜ」
修理と言っても客には予算枠というものがある。なんでもかんでも直せばいいものではない。修理屋としては綺麗に直したいものだが、払ってもらえないほど金が掛かってしまえば赤字になる。
「こんにちはー」
華やかな声が聞こえた。
「来たか、エナ。すぐにわかったか?」
「うん、大丈夫だった。忙しそう」
「ちょっと待ってろ。ここだけやっちまうからよ」
見下ろして言う。
「こっちにおいでな、お嬢さん。お茶出してあげるから」
「すみません。押し掛けたのにお手間かけてしまって」
「いいんだよ、男どもは働かせておけば」
チュニセルが相手してくれている。
週末のトリアの日なので公務官学校はお休み。朝からの用を済ませたあとにエナミが初めてブーゲンベルクリペアにやってくる約束だった。事前に両親には話してある。
「改めて、エナミ・ネストレルと申します、おかあさま」
育ちが良さそうな挨拶だ。
「ええ、ええ、ユナミ局長さんのお孫さんなんだろう? お世話になったね。ようこそ、ブーゲンベルク家へ」
「私こそご迷惑をお掛けしました。ミュウ君に助けてもらったのに、お詫びに伺うのが遅れて申し訳ございません。よろしかったらお召し上がりください」
「気を遣わせてしまったね。ありがたくちょうだいするよ」
エナミが差し出している箱の中身が気になるが、まずは仕事を片付けなくてはならない。甘い物を補給できる希望を胸に作業に集中する。
「臭いよ、ミュウ」
「しゃーねーだろ。劣化すると臭うんだよ」
「それで腐ってるって言ったのか」
本当に腐っているわけではない。
「この独特の匂いが鼻に付いてな。飯が不味くなるのなんの」
「まさか、そのために僕を下にしたんじゃないだろうな?」
「気にすんな、気にすんな。成り行きってやつだかんよ」
意地悪な笑いを口元に張り付けたものの、手元の道具箱からマスクを取り出してグレオヌスに渡す。いささか小さいだろうが、どうにか鼻面だけは覆えるだろう。
「あと二本だから辛抱しろよ」
「僕の鼻が十分馬鹿になるレベルだね」
可哀想になってきたのでミュッセルは場所を変わってあげた。
次回『花と約束(2)』 「先手打たれた! 大人っ!」




