碧星杯二回戦(3)
ブレードを握る相手の手首を握ったヴァンダラム。抵抗する左手の自由も奪うと、思い切り仰け反った。そして頭部を叩きつける。要するに頭突きである。
「冗談!」
エナミの隣でビビアンが叫ぶ。
「え、変?」
「当然でしょ。センサーの集中するデリケートな頭部で頭突きなんかしたら、こっちもダメージ受けちゃうじゃない」
「うん。でもダメージあるふうじゃないかも」
「なして!?」
軍務科三年生の乗るシュトロンの頭部は完全に破壊されている。部品を撒き散らして木っ端微塵だ。ところがヴァンダラムの赤い顔面にはなんの問題もなさそうだ。
「粉砕だぁー!」
リングアナも吠える。
「なんと凶悪ぅー! これでこそ紅の破壊者ぁー!」
一時的に視界を奪われたシュトロンはなすがまま。膝で打ちあげられ、胸を押されて地面に叩きつけられて終わる。
「バイタルロストぉー! 撃墜判定だぁー!」
「よ、四つ?」
フラワーダンスメンバーもちょっと引いている。それくらい衝撃映像であった。まるで生身の格闘シーンを見ているかのごとくだ。
「頭部衝角の味はどうだよ、先輩。終わったぜ、グレイ」
「お疲れさま。ありがとう」
「わけねえぜ」
エナミはコクピット内でニヤつくミュッセルに苦笑いした。
◇ ◇ ◇
(知ってはいたんだけどさ)
グレオヌスは嘆息する。
過日、ブーゲンベルクリペアのメンテスペースでヴァンダラムを見上げているとマシュリが通り掛かる。気になっていたことを訊いてみることにした。
「まさか、あれは機能しないんですよね?」
赤いアームドスキンの額から伸びる一本角のようなアクセサリ。
「機能します。無駄はありません」
「本気ですか?」
「そのために頸部フレームを多段仕様にして特殊な駆動系を組み込んであります。フレームとも直結している頭部衝角は格闘用の装備です。ミュウの希望でしたので」
事もなげに言われた。つまりそのために異質な設計を行っているということ。カメラアイが並列二段になっているのは、センサー系を左右に分配して額にフレームを通す必要からだったという。
(引くよな)
円周客席が一瞬にして沈黙した。
ところが次の瞬間、爆笑に包まれる。女性でさえ大口を開けて笑う姿が散見された。その反応は彼にとってちょっと意外なもの。
「笑わせるんじゃないぞ、天使の仮面を持つ悪魔!」
「なによ、その冗談みたいなアームドスキン。そこまでして笑いに貪欲なの?」
「勘違いすんな、馬鹿どもが! きっちり仕事してんだからいいじゃんかよ!」
ほとんどネタ扱いだ。狼頭の少年はバディを組んだことをちょっとだけ後悔する。遠くない未来に色物分類されるのは確定かもしれない。
「こんな恥辱は初めてだ。貴様ら、ふざけているのか?」
「とんでもない。ご覧のとおり普通に勝ちにいってますよ」
パオは憤っているが心外な言い分である。
「逃げ場はねえぞ、パオ先輩。正々堂々といこうじゃねえか。グレイを倒せるんなら次は俺様が相手してやんぜ」
「その減らず口を黙らせてやる」
「たぶん無理です」
グレオヌスははっきりと告げる。誰かを見下して悦に入るような人間は総じて努力が足りない。不安を高圧的な態度で塗りつぶして隠そうとしているだけである。
(そんな相手に負ける気なんて毛頭ないな)
きちんと構えを取る気にさえならない。
半身で伸ばした右腕のブレードの切っ先をゆっくりと回す。いつでも来いと言わんばかりの挑発だ。事実、モニタのウインドウに映るパオの顔は真っ赤に染まっていた。
「うおおっ!」
一度振り被ったブレードが落ちてくる。彼はするりと横に避けたが、予想どおり途中で止まった。追尾するように突きに変化した。
(甘い。本気の斬り落としになっていない。フェイントなのが丸出し。そんな技術の無さのほうが余程恥ずかしいと思えないのか?)
下がりつつ鍔元で絡めて横に逃がす。上段まで振りあげて「はぁっ!」と気合いとともに一閃。パオ機は威圧感に飛び退く。
「そのていど」
「なにぃ!」
飛び退くより速いスピードですり抜けていく。刃は変化して胴を薙いでいた。本来なら真っ二つの斬撃が決まる。シュトロンは機能停止して膝立ちに崩れた。
「接触判定! ノックダウぅーンっ!」
ゴングが連打される。
「勝者ぁー! ツぅイーンブレイカぁーズっ!」
目の肥えた観客は一瞬のブレードアクションを称えてくれる。ハッチを開けると腕を掲げて歓声に応える。
グレオヌスは勝利の余韻を味わった。
◇ ◇ ◇
赤いアームドスキンのブレストプレートが跳ねあがり、アンダーハッチに当たるステージにミュッセルの姿が現れる。
(簡単に勝ってしまうなんて)
勝利は信じていたエナミだが、これほど圧倒するとは思っていなかった。
腕を掲げて勝利を誇る少年。その瞳が彼女を捉えたような気がした。そして、親指が立てられる。彼女に向けて示された。まるで仇は討ってやったぞといわんばかりに。
(あ……)
胸が締め付けられるような、得も言われぬ感覚に襲われる。
(私、ミュウが好きなんだ)
ドキドキが止まらない。胸の奥が熱くなって震える。それなのに心地よい興奮なのを自覚する。
エナミはようやく自分の本心に気づかされたのだった。
次はエピソード『花咲く乙女の舞』『花と約束(1)』 「お世話になったね。ようこそ、ブーゲンベルク家へ」




