碧星杯二回戦(2)
試合開始のゴングからわずか、エナミは固唾を飲んでセンタースペースを映す映像に見入っていた。σ・ルーンのパノラマビューは直接覗き込んでいるかのような精細な映像を見せてくれる。
(お願いしてよかった。専用モニターもいいけど、σ・ルーンはやっぱり高性能なんだもの)
父は活用の幅を求めてパイロットスペックの物を準備してくれた。
チーム『ウォーロジック』は前衛の三機が剣士装備で攻撃の気配を放つ。対するツインブレイカーズは構えるだけであからさまな動きを見せていない。
(普通に作戦しゃべってたのに平気?)
相手は聞く耳持っていなかったがコクピットマイクは拾っていた。
「グレイが釣り出しにいってる」
隣のビビアンが解説を入れてくれる。
「釣り出し?」
「見てみて。弾幕を浴びているフリしてちょっとずつ下がってる。パオ先輩がその分前に出てるでしょ?」
「ほんとだ」
徐々にだが動きがある。
「もう少し釣り出したらミュウが動くわよ。うーん、たぶん先に砲撃手を叩くかな? あたしならそうさせる」
「えっと、散らして逃げられたら不利になってしまうから?」
「勉強してるのね、エナ。すっごい勢いでクロスファイト通になってきちゃうわ」
エナミは「そんな」と謙遜した。
学んでいるのは事実である。過去映像を見比べて戦術に興味を抱いた。パイロットスキル重視のミュッセルと違って駆け引きに面白さを感じたのだ。
(戦術派のフラワーダンスは本当にすごい。毎回違うレンタル機に乗っているのに安定した戦いができてる。それはビビアンの戦術眼とそれを遂行する実力のあるメンバーが揃っているから)
彼女たちの戦いは非常に勉強になった。だからといってツインブレイカーズが雑なわけではない。ソロ戦ではウェイトが低いだけで、チーム戦となると今回みたいに駆け引きも用いている。
「行った!」
「走るの? 速い!」
飛び越えていくのかと思ったが、ヴァンダラムは迂回して後衛を狙いに行く。相手チームも意表を突かれたか反応が薄い。
「ミュウのすごいところはあれ。ステップで回避してるでしょ。ちょっと真似できない」
残像を刻むほど機体が揺れている。
「ビームをものともしない」
「そのうえでブレードスキンもあるわ。手を付けられない」
距離が詰まるほどにステップでの回避は難しくなる。するとミュッセルは腕のブレードスキンを使ってビームを弾きはじめた。一転して直線で突っ込まれると砲撃手は逃げる機会を失ってしまう。
「く、正気か?」
「援護! なにしてる!」
エナミはヴァンダラムを光学ロックオンして背後から追うドローン映像に切り替えた。赤い肩越しに無数のビームが自身目掛けて浴びせられる映像は、身体が反射的に動いてしまうほどのど迫力である。
なのにミュッセルは躊躇いもなく疾走し、直撃しそうな光条を腕のブレードスキンで弾きつづけていた。光ったと同時に傍を通過していくビームをどうして撃ち落とせるのか信じられない。
「は、はうあっ!」
「エナったらすごいの選んでるじゃん。相乗りさせて」
「あちきもー!」
フラワーダンスの面々まで同じ映像に切り替えるが皆青褪める。終始紙一重の荒業に継ぐ言葉がない。手に汗握って見守った。
「近っ!」
「激ヤバっ!」
数mの距離で向けられた砲口が光を孕む。ヴァンダラムは肩を振っただけで躱した。至近距離で加熱したビームコートがガスとなって散る。
ミュッセルはそのままビームランチャーを掴んで持ちあげる。がら空きになった胴へ膝蹴りを入れた。腰だめにした掌底が顎を捉える。勢いで後方にロールしたシュトロンが背中から叩きつけられた。
「いったい!」
「あんなの吐いちゃう」
パイロット組はコクピット内の状態が想像できてしまうらしい。口々に悲鳴をあげる。実際にその砲撃手もバイタルロストで撃墜判定を食らった。
「一つ!」
サリエリがカウントを始める。
ブラインドの位置にいた砲撃手も即座に反応するが間に合わない。画面から消えん勢いで低く入ったヴァンダラム。ドローンもビームの束を回避する。
地面に線を刻みながら走った左の拳が鳩尾にヒットする。恐るべくもアームドスキンの重量をも浮かす一撃。跳ねた右拳が胸のど真ん中を捉えると苦鳴を吐く暇も与えられなかった。
「ノックダウぅーンっ! ミュウ選手、二機撃破ぁー! さらに攻撃は続くぅー!」
「二つ!」
カウントの声は増える。
駆けつけた剣士が放った一閃が機体をかすめる。完全に見切ったかのような10cmと離れていない回避。妙技にアリーナも轟々と湧いていた。
滑らせた足がシュトロンのつま先を払う。つんのめった機体の腹に肘が激しく衝撃。振り抜かれた一撃で相手は吹き飛んで何度もバウンドしている。
「またも撃破ぁー!」
「三つ!」
もう一機のシュトロンが叩きつけるかごとく振りおろした斬撃は左のブレードスキンで阻まれていた。凄まじい紫電の火花が両機を彩る。そこで両者は力試しの均衡を作った。
「このっ!」
「なあ、先輩。なんでこいつが『ヴァンダラム』っていうのか教えてやんよ」
ミュッセルの宣言の声がエナミの耳朶を打った。
次回、エピソード最終回『碧星杯二回戦(3)』 「機能します。無駄はありません」




