団欒の場で
ユナミ・ネストレルは、ひと月ぶりくらいに息子家族の家を訪れる。早くに夫を亡くしてしまったので、普段は本部ビル内の本局長公室で起居しているからだ。
「いらっしゃい、母さん」
「昼ぶりね、セティ」
息子のセッタムが歓迎してくれる。
「私の顔なんか見飽きてるだろうから、主に孫たちが歓迎するよ」
「そのほうがありがたいわ。ああ、イシュミナもご苦労さま」
「いえ、お義母様もお元気そうでなによりです」
お嫁さんも労う。
「お祖母様!」
「お祖母ちゃん!」
我慢して順番待ちしていた二人の孫が抱きついてくる。途端に目尻が下がってしまうのはどうしようもない。
「ありがとう、お祖母様。無理を言ってごめんなさい」
エナミは少し申し訳なさそうにしている。
「我儘を言ったようですみません」
「良い、と言いたいところだけどちょっと大変だったわ」
「でも、ミュウのお陰で助かったのは本当だし、あれで逮捕されるのは理不尽に思ってしまって」
孫娘は悄然とする。しかし、あまり間違ったことを言ったとは思っていない様子。
(子供たちは純粋でいい。これくらい善悪に真正面から向き合える人間ばかりなら社会はもっと美しいものであるはずなんだけど)
現実は損得勘定で摩訶不思議になる。
「大目に見てあげる。良い出会いをさせてもらったし」
上がった顔は花開いたごとく。
「ね、素敵な男の子でしょ?」
「ふふん、エナ。あなた、彼のことが好きなの?」
「本当か?」
父親は気が気でない。
「んー、仲良くしてるけど……、そうなのかな?」
「ピンとこない感じなのね。乙女心は複雑だもの」
「そうか」
セッタムは露骨に胸を撫でおろしている。だが、ユナミは感触を得ていた。自覚が足りないだけで心は惹かれていると。
「ちょっと向こう見ずなところはあるけど真正直な心根を持つ少年だわ」
濁した表現をする。
「びっくりしなかった? 私、最初は女の子だと思ったもの。みんなそうだけど」
「見事なギャップね。神様は悪戯だわ。でも、中身は男そのものでしょう?」
「こう言っては悪いのだけれど原始的な闘争心? そんな感じ。でも、とっても一本気なの」
言い表す言葉に困っている。
「あれは戦闘職……、軍人気質じゃなくて戦士の気質。わかりにくいわよね」
「わかんない。お祖母様みたく、色んな人を見てきてないもの」
膝に乗る孫息子を愛でながら例える。少年から感じる空気は思春期の少女には難しかろう。大人でないと見極められない。
「悪い子じゃない。大事になさい」
「はい」
我がことのように喜んでいる。
「母さんまで。ミュッセル君のことはずいぶん無理をしたんじゃないか?」
「多少はね。必要なことなのはあなたにもわかるでしょう?」
「もちろん。しかし、扱いが難しい。どうしてこんなにいきなり本部のあるメルケーシンに」
セッタムは人事まで統括する内務部局の長。ゼムナ案件であるのを報せないわけにはいかない。
「話したでしょう? 好機でもあり危険でもある。こちらの出方次第」
「気疲れしますよ」
息子は優秀ではあるが精神面の成長が望ましい。
「ミュウのこと? なにか事情が?」
「大したことではないわ。ちょっとお願い事をしたのだけどそれは秘密」
「はーい」
聞き分けはいいエナミ。普段は素直な良い子なのに今回だけは我儘を言った。言わせられたのかもしれない。なにか大きな運命が巡り始めたように感じる。
(あれほど遵法的だったジュリアがリトルベアのこととなると気持ちを曲げた。結果、結ばれてジュネ君が生まれた。そして彼がタンタルを討った。これを単なる偶然で片付けるほど、わたしもリアリストではないの)
滔々と流れる時は人の思いなど簡単に飲み込んでしまう。
「彼のことが気になるのは本当。だから、わたしに普段の様子を教えてくれる?」
「はい、ミュウのことは気に掛けておきます。意識しなくても目が惹きつけられちゃうけど」
「でしょうね。狼頭の彼と二人セットでなら、どんな嵐が起きてしまうのやら」
苦い面持ちになったのを見て孫娘はくすくすと笑いだす。共感がそうさせたのだろう。笑いは家族皆に伝染していった。
(こんな平和を守るためなら幾らでも悩むわ)
ユナミは信じた道を行く。
◇ ◇ ◇
「なんか体よく押し付けられた気がしねえ?」
グレオヌスはミュッセルに疑問を投げ掛けられる。
「迷惑に思うかい?」
「そうじゃねえけどよ、秘密にしろってのはどういう理由があるんだか」
「あまり大袈裟にしたくないんじゃない」
とはいえ、すでに大袈裟になっている。事件の目撃者は多数。ヴァンダラムの起動も多くの映像が残っていた。
表向きは正当防衛と緊急避難の重複による特別措置で不問。内実はある種、取引がなされている形である。
(さすがの本部局長でもマシュリには逆らえない)
彼には経緯が手に取るようにわかる。
(苦しい言い訳だけど、結果的に彼女はミュウを取り込んだ。これは大きい)
「文句ばっかり言ってないで、しゃきしゃき恩返ししな」
「わかってるって。しつこいぜ、お袋」
「自由の身でいられるのは局長さんのお陰なんだからね」
そうは言うがチュニセルも息子の正義感や無罪放免が嬉しかったのだろう。あれから夕食は若干豪華な状態が続いている。
(とばっちりで僕まで取り込まれたのは計算外だけどさ)
それでも団欒が心地よいグレオヌスだった。
次回『碧星杯二回戦(1)』 「その驕り、今日この場で打ち砕いてやろう」




