ミュウ、逮捕される(4)
「話? 話なら昼におば……、局長としたじゃん。マズいとわかっててやったって」
ミュッセルはキョトンとした面持ちで答えてくる。
「ええ、したこととその影響、君の動機まで含めてちゃんと吟味すべきだと思って調べ直したわ」
「孫娘の意見に処分が左右されるようじゃマズくね?」
「主に君の動機から考え直すべきだと思ったの」
突如として現れた本局長のユナミに担当官はおののき絶句している。この場で肝の据わっているのは部外者ばかりという奇妙な状況。
(さあ、納得できる建前から組み上げてきたから聞いてちょうだい)
銀髪のメイド服の人物に視線を送るが素知らぬ顔。
「あんたって子は、こんなお偉い方の手まで煩わせたのかい?」
少年は平手でペシペシと額を叩かれている。
「まあまあ、チュニさん。あちらにも事情があるのでしょう。まずは話を聞いてからにしませんか?」
「そうかい、グレイ。じゃ、仕方ないね」
「ありがとう。では、どうぞ」
アゼルナンの少年は訳知り顔で宥める。これだけの少ない会話で裏事情を察したのだろう。彼もゼムナ案件に関しては事情通である。
(こっちの子はあの美女が何者なのか察しているみたいね)
家族のほうは難しい説明を省けそうで安堵する。
「まず本件に関して」
彼女は前置きする。
「事件発生時の近隣の在宅者に聞き取りを行いました。状況的にミュッセル君の行動で救われた者が多数。証言からも正当防衛行動だったのは明白です」
「ですが局長、かのアームドスキンはクロスファイト仕様強化機で極めて危険なものなのはご存知かと?」
「そうね、防衛行動としては過剰に当たります」
担当官の疑問に答える。
(ここで意見する度胸があるのね。彼の査定を上げるよう意見書を出しておきましょう)
勇気を評する。
「別の要因を加えましょう」
投影パネルを皆から見える位置へ。
「これら全てがミュッセル君の行動を讃え、罪状の酌量を求める声。彼の正義感に基づく勇気に対する市民の評価がこれ」
「ありがたいねえ、うちの馬鹿にこんなに」
「なので罪を減じるべきと思うのだけれど元々罪そのものが極めて軽いもの。あっても反省文の提出などのけん責処分、それとアームドスキンライセンスの短期的な停止という戒め的な意味合いの強いものになるわ」
処分内容を並べていく。
「減じるとなると、もう不問に付すくらいしかないの。それでかまわないかしら?」
「局長がそうお考えであるならば」
「ごめんなさいね、管轄が違うのに横槍を入れて」
担当官は身を引く構え。ユナミが提示したものは正当な情状酌量要件に当たる。彼も納得したであろう。
「ただし気をつけて。民間アームドスキンの運用法が変わるわけではないわ」
ポーズでもお叱りは与えておかねばならない。
「でもよ、局長。昼に話したとおり、俺は同じ状況になったらまた同じことをやっちまうと思うんだ。罰を受けたほうが良くね?」
「そこでもう一つ君にお願い」
「駄目っつったって無理だぜ」
ほとんど反射行動だと自覚している。
「違うわ。その夢を先に買い取ります。君を『民間治安協力官』に任じるわ。今後、事件が発生して管理局および治安機関が協力を求めた場合、君は動員されることになります」
「うちの馬鹿息子をかい?」
「ええ、お母様、そういうことになりますね」
民間治安協力官という制度は実在する。メルケーシンで非常時における人員確保のための予備役制度である。
主に退任したGSO捜査官やGPF隊員に適用されるもの。普通はただの民間人に求める職責ではない。
(お気に召さないわよね)
ミュッセルは嫌な顔を隠さない。
「うーわ、面倒くせえ。そいつが今回の罰かよ」
「こら、ありがたく受けな!」
チュニセルに叱られている。
「その他に、君が事件に直面した場合、抑止する術を持っているならば対処する権限を与えます」
「俺がヤバいって思ったら動いていいってことか!?」
「ええ、そうよ」
喜んで腕を突きあげる。
「ただし、必ず抑止行動前にわたしに一報をちょうだい。それで許可を出すスタイルにするわ。完全に任意でとはいかない」
「十分だぜ。ありがとよ」
「ご配慮感謝します」
落とし所に納得した狼頭の少年も頭を下げる。彼女がどうするつもりなのか見極める気だったらしい。
「他人事ではなくてよ、グレオヌス君。君も同じく民間治安協力官に任じます。万が一のときは二人で協力して事に当たってくださる?」
「僕もですか? あー、確かに加減が効きやすいのは僕かもしれませんね」
「どういう意味だよ!」
ミュッセルは冗談でアゼルナンの腹に軽く拳を入れている。
「要は僕も君も相当危険な代物を扱ってるって意味さ。相応の義務を問われてる。断れるかな?」
「無理に決まってんじゃん。こんなに気ぃ遣ってもらって恩を感じないほど馬鹿じゃねえ」
「じゃあ、決まりだ」
(これが今回わたしがひねり出したトリック。どうかしら?)
うかがうと、ゼムナの遺志は小さく頷いて返す。胸を撫でおろした。
しかし、ユナミはこのときの判断をのちに英断だったと振り返ることになるとは知る由もなかった。
次回『団欒の場で』 「あなた、彼のことが好きなの?」




