ミュウ、逮捕される(2)
「もし、あの場で君がアームドスキンを動かしたら逮捕されるって思わなかったのかしら?」
「されるのはわかってた」
ユナミが問うとミュッセルは普通に答える。
透明金属パーテーションの中にいるのは本当に普通の少年だった。見た目は少年っぽくはないし、言葉遣いも荒々しく態度は大胆不敵。それでも感性はどこにでもいる少年である。
「でもよ、考えてる暇があったら動けって話だと思った」
自嘲する意識もある。
「実際に困ったことになってるわ」
「だよなー。こいつは確実にライセンス停止だ。碧星杯二回戦は不戦敗になっちまう。グレイに悪いことしちまったな」
「試合の心配?」
ミュッセル・ブーゲンベルクに関する直近のわかりうる範囲の情報が手元のプロフィール画面に表示されている。彼の言っているのは参加中のチームトーナメントのことだが、ソロの成績は目を瞠るものがある。
(この年でこれ? 飛び抜けて優秀なパイロットだわ。こんなところで挫折させるのは惜しい)
だからといって法の運用は曲げられない。
「もっと困ることになるのでなくて?」
本人の意識改革、要するに大人になってほしい。
「例えば犯罪歴が付いてしまう。今後の進学や就職に影響してしまうとか、周りの人間の評価とか問題が生じるわ」
「気になんねえとは言わねえがよ」
「自分が乗っているクロスファイト仕様アームドスキンが特殊なものだという自覚。そういうのが必要だとわかるでしょう?」
自制を促す。
「でもよ」
「力をひけらかしたいと思う?」
「そんなんじゃねえ。咄嗟に動いちまうんだよ。俺がマズいことになっても『助かった』って感じる人がいるんだったらな。たぶん、同じことになったらまた俺はコクピットに入るぜ」
(驚いた)
ユナミは笑みがこぼれそうになるのを必死に抑える。
(どこまでも利他的なのね。自分が誰かを助けられるならリスクのことなんて頭にないと)
「それは禁じられていること。それだけは忘れないで」
「おう」
とてもいい笑顔に出会ってしまう。
「こんな俺でも、将来はメルケーシンを守る星間保安機構隊員を目指してるからよ。できるだけ法は守んなんきゃなんねえよな」
「ええ、立派な目標だわ」
「手間掛けてすまん。エナにもありがとって言っといてくれよ。どうせ、あいつが口添えしてくれて局長のあんたが来る羽目になったんだろ?」
聡いところも示してくる。思わず微笑んで「伝えておくわ」と返してしまった。ミュッセルは親指を立てて見送ってくれる。
「あまりに惜しいわ」
公用車に戻ってからドライブシートの補佐官にこぼす。
「シンプルに正義感からの行動。それであの子に犯罪歴を付けるのは心苦しい。でも事実は事実。どうにもならない」
「局長のお心が彼に伝わればいいのですが」
「美しい夢を叶えてあげたいのだけれど。エナも悲しませたくないし」
頭を働かせる。
「なにか方法はないかしら? 状況的には正当防衛。でも、私人がアームドスキンを持ちだすのは過剰。ましてやクロスファイト仕様であれば」
「罪に問わざるを得ませんね」
「酌量の余地はあっても不問にとはいかない。司法部監査室の歴々でも同じ判断をするでしょう」
司法のトップを例に挙げるも彼女の判断に狂いはない。そうでなければ今の地位になどいられない。
(まだ未成年。幾らでも取り返しはつく。彼の名前は憶えておこう)
ユナミはそう決めたが、事態はそれどころでは収まらなかった。
昼過ぎにミュッセルとの面談を終えて午後は重要案件の処理をする。忙しく、少年のことは頭の片隅に置いておくことしかできなかった。
「おや?」
携帯端末の着信に気づく。
本局長の立場ともなると、個人回線など職務に関わる誰かに教えることなどすべきでない。そこに届くということは、個人的な親交がある人物か家族に限られる。
(エナがせっついて来たのかしら。少し注意しておくべきね)
分をわきまえさせないといけない。
しかし、通信パネルに映った人物は知らない相手。息を飲むほどの美形女性である。長い銀髪に銀の瞳、バストアップで映ってる部分は臙脂色のメイド服だった。
「どなたかしら?」
その回線を知られるのは不都合なので確認しなくてはいけない。
「ミュッセル・ブーゲンベルクを返していただきます。速やかに解放を」
「彼の関係者? どうやって、この回線を……」
「ゴート協定第十四条」
最後まで言わせてもらえなかった。
「第十四……?」
「該当する人物です。何人たりとも彼を逮捕拘束する権利を有しません。おわかりでしょう?」
「……ゼムナ案件!」
特殊なローカル協定ではあるが彼女にはピンとくる。それは現在の星間銀河圏でかなり重要度の高い条文であるからだ。
「本当なの?」
「わたくしが嘘をついていると? この回線を容易に突き止めたのが証明となると考えたのですが不十分でしたか」
「いえ、十分です。あなたは『ゼムナの遺志』なのですね? すると、あの少年は……」
ユナミは疲れた脳をさらに酷使しなくてはいけなかった。
次回『ミュウ、逮捕される(3)』 「あの少年、ゼムナ案件でした」




