ミュウ、逮捕される(1)
ユナミ・ネストレルは幾つかの案件を専用ブースで処理している。周囲では高等政務官が数多く立ち働いていた。
彼女は星間管理局本部、本局長。つまり星間管理局のトップ中のトップ、最高官職にある。責任は重いがユナミのところまで上がってくる案件は限られている。
「局長、こちらを」
「ありがとう。なにかしら?」
副局長が出向いてくるのは稀である。ちょっと難しい事案なのかと覚悟して情報パネルに目を移した。
「実は孫娘さんがぜひにと嘆願を送っていらっしゃって」
「エナミが?」
(あら、珍しい。仕事のことで血縁を利用するなんて絶対にしてこなかったあの娘が?)
意外に思う。
「本来は局長のお耳に入れるほどの案件ではないのですがご裁可をいただきたく」
「アームドスキンの不正使用? タレス都市部でクロスファイト仕様のアームドスキンを機動したの。へぇ」
「釈放を願っておられます。それが、ネストレル内務部長のお宅を危うく破壊しかねたアストロウォーカーの暴走事故を阻止するためであったと」
事情を教えてくれる。
「セッタムの。なるほど。エナミは在宅中?」
「目の前のことだったらしく。ご無事でなによりでした」
「でも、不正使用に変わりないわね」
言うまでもない。
「ただ、容疑者がエナミ様の御学友なのです。同じクラスのスクール生、ミュッセル・ブーゲンベルクという少年です」
「あら、まあ」
「私ではなんとも判断し難く……」
気持ちはわからなくもない。
だからといって融通できない。アームドスキン、特にクロスファイト仕様機はかなり強化されている。なのでメルケーシンでは決まった場所以外での使用を厳に禁じていた。かなり危うい事案である。
(エナがなんて言おうと法は曲げられないわ。ましてや本局長のわたしの立場では特に)
権限を私物化するなど絶対に許されることではない。
(でも、エナも重々承知しているはず。それなのに言ってくるなんてどう受け取るべきかしら。なにか理由がある?)
それが孫娘の感謝の意でも乙女心でも関係ない。法は厳正に用いられるべきである。ただし興味は湧いた。
「会います。時間はいい?」
「大丈夫です。お願いいたします」
「星間保安機構の留置所ね」
ユナミは公用車でGSOビルに出向く。エントランスに着くと部局長が飛んで出てきた。
「突然なんでしょう?」
泡を食っている。
「とある案件の容疑者に用があって来ましたの。副局長に訊いているのでしょう?」
「はい、うかがいましたが、局長自らおいでくださるような案件ではございません。処理が済んだらご報告だけはさせていただくつもりでした」
「ええ、それで結構。ただの興味本位です」
彼女の息子の自宅が関わる案件だとは把握しているらしい。
「犯人はすでに逮捕されております。ただの泥酔者でテロなどではありません。ご安心を」
「ありがとう。でも、容疑者がもう一人いるでしょう?」
「は、あの少年のほうですか?」
そこまでは理解していなかった様子。孫娘から酌量の嘆願が来たのだと説明する。
「そうでしたか。では、案内いたしましょう」
「いいえ、結構。ちょっと話すだけですから」
「そうでありますか」
拒まれては同行はできない。変に気を遣われるのは避けたい。付き従ってきた補佐官一人なら彼女のやり方を心得ていて余計な口出しはすまい。留置スペースへと通してもらい、問題の少年がいる房へと着いた。
(あら、少年?)
そこには真紅に金の差し色の入ったフィットスキンの子供が寝っ転がっていた。見た目は美少女にしか見えないが、だらしなくも呑気に鼻を掻いている。切羽詰まった様子は欠片も見せない。
(大胆というかなんというか)
笑いの衝動に駆られる。
「ミュッセル・ブーゲンベルク?」
「お? おばさん、誰だ?」
「わたしはユナミ。ユナミ・ネストレル」
名乗るが眉根が寄る。
「誰……だっけ?」
「スクール生なのに今の本局長の名前くらい知らないの?」
「…………」
途端に目が伏せられ、ゆっくりと顔を背ける。なんともいたたまれない空気を醸しだしていた。
「し、知ってんぜ」
しらばっくれる。
「本当? ネストレルという名前に聞き覚えは?」
「そっちは聞き覚えがあんな。なんだっけ。お、エナが確かそんなファミリーネームだったような!」
「ええ、エナミはわたしの孫」
納得したように手を打っている。
「そっか! 孫? おお、あいつ、本局長の孫娘だったのかよ」
「そういうこと」
「なんかビビたちが言ってたが気にしてなかったぜ」
(エナの友人というコネクションを使うつもりで無茶をしたわけではないのね)
もっとも疑わしかった部分が解消される。余計に興味が湧いてきた。
「どうして街中でクロスファイト仕様のアームドスキンなど使用したのかしら?」
本意を知りたい。
「どうしたもこうしたねえじゃん。ヤバかったら動く。俺に止める力があんならよ」
「ただの善意だったと」
「善意もくそもねえ。誰かが危なかったら助けるに決まってんじゃん。なんでそんなこと訊くんだよ。わけわかんねえな」
(この子は……。ただ本能的に人を守るためだけに動いたってことなのね)
ユナミは呆れるような嬉しいようななんともいえぬ感情を抱いていた。
次回『ミュウ、逮捕される(2)』 「力をひけらかしたいと思う?」




