エナミの受難(4)
ミュッセルは本来のドアではない、緊急用のキャリアハッチを蹴り開ける。くぐるとそこはキャリア上。ヴァンダラムが頭を前に仰向けに寝ている。
操作してきたのでウイングルーフは開きつつあった。陽の光が赤い機体を照らす。σ・ルーンで信号を送るとブレストプレートが前にせり出し、上に跳ねあげられた。操縦殻からシートが押しだされてくる。
「くそ、遠い」
タラップを駆けのぼってパイロットシートに身を投げだす。コンソールパネルを操作して起動準備に入った。対消滅炉に火が入る。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
同調して起こそうとするがそう簡単にはいかない。
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
「緊急事態だ。動かすぜ」
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
警告が繰り返されるだけ。しかしアームドスキンはその性質上、機動操作が縛られることはない。演習プログラムによる停止も極めて特殊な操作。パイロットの同意により、機体単体で一定条件下での機動停止をしているだけだ。
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
「ち、うるせ」
警告を止める操作もできない。そういう措置が施されているから民間で所持が許されているのである。つまりパイロットの任意に依存する縛りなのである。
「あのままじゃ突っ込んじまう」
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
「わかったって!」
ヴァンダラムを起こす。渋滞で停まっている周りの車両から人々が降りて指差してくる。外に足を置くのも注意が必要だった。
「どいてくれ! あれを止めなきゃとんでもねえことになる!」
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
「ヴァンダラム? まさか『天使の仮面を持つ悪魔』か?」
「そんなんどうでもいいからどけ! 飛ぶぜ!」
キャリアに立たせると重力波フィンを展開。空を飛ばせる。普段は見られない景色だが楽しんでいる暇はない。
「こんのー!」
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
「もうちょっとだけ待てよ」
黄色いアストロウォーカーの前にヴァンダラムを降ろす。肩からぶち当てて前進だけは止めた。
「なーにしやがるー……」
「酔っ払ってやがんのか! このバカ野郎!」
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
持ちこたえる。パワーで負ける心配はない。だが、処理に困った。
「え、ミュウ?」
「は?」
『現在地は公共エリア上です。本機は機動できません。ただちに駐機して停止してください』
「エナ? そこ、お前ん家か?」
ミュッセルは窓の向こうで怯える影が知り合いなのに気づいた。
◇ ◇ ◇
エナミは恐怖で足が動かない。ただ目を見開いて突進してくる黄色い機体を見つめていた。
(死んじゃうかも……)
いくら頑強な建造物でも、金属の塊みたいな機動兵器の突進に耐えられる構造にはなっていない。押しつぶされて死ぬ想像が頭を駆け巡って余計に身体が固まる。
(幸せすぎたのかな)
最近の幸運は神様が最後に恵んでくれたものかと思った。
しかし、舞い降りてきた幸運は真紅のボディを持っている。黄色い災難は真紅の幸運が受け止めてくれた。
(ヴァンダラム!?)
そして、よく見知った形をしている。先ほどまで想像の中心にいた人物の持ち物だった。
「え、ミュウ?」
「は、エナ? そこお前ん家か?」
掃除のために外気を入れようと開けていた窓が言葉を伝えてくれる。今一番彼女に安心をもたらしてくれるソプラノボイスが聞こえてきた。
「ちょっと下がってろ。すぐ終わらすからよ」
「うん!」
タックルしていたヴァンダラムがするりと姿勢を下げる。身体を入れ替えて腕を取り、背中に担いで黄色い機体を路面に叩きつけた。
「起きてんなら出てこい! ち、のびちまったか」
「ミュウ!」
ベランダに出て手を伸ばす。
「おい、危ねえぞ」
「ありがとう!」
「なんてことねえって。無事で良かったぜ」
しかし、幸せの時間は長続きしなかった。黄色と黒に塗り分けられたアームドスキンが三機も降下してくる。
「そこの赤いアームドスキン、直ちに停止して降機しなさい! それは公道上で機動を許された機体ではない!」
「そんな! 助けてくれたのに」
「くり返す、直ちに停止して降機しなさい! それは公道上で機動を許された機体ではない!」
彼女の声も願いも届かない。警察機は銃器を構えてヴァンダラムを包囲した。ブレストハッチが開いてステージ上にパイロットシートが突きだされる。そこで赤いフィットスキン姿のミュッセルは両手を開けて降参のポーズをしていた。
「ミュウぅー!」
「またな。ちょっと逮捕されてくる」
エナミの目の前で少年は逮捕連行されていった。
次回『ミュウ、逮捕される(1)』 「でも、不正使用に変わりないわね」




