スクール生の日常(3)
(可愛い)
エナミは一目で気に入った。
「ん、それ? バイクとはちょっと違うんだけどね」
「これも乗れるんですよね?」
「ああ、もちろん。『スツールリフト』って種類の車体だよ」
名前を聞くだけでピンとくる。ベースになる本体からスツール状の椅子が立ちあがっている。それ以外はハンドルバーが伸びていて、操作用の諸々がハンドルに付いているだけの乗り物。
「仕組みはリフトバイクと同じ。リフトベースはイオンブラストで浮上して後方噴射で走るんだ」
ベース下にはリフトノズルが並んでいる様子。
「スピードはそんなに出ないけど、操作も簡略化されていて乗りやすい。うん、これならスカートでも大丈夫だしね」
「おー、移動で乗るならこんくらいでいいんじゃね? 軽くて取り回しも良さそうだしな」
「確かに。利便性重視ならこっちのほうがよさそうだな」
ミュッセルたちも賛同してくれる。
「普通は短距離をちょっと乗る程度のユーザー向けなんだけど、通学だったり買い物だったりならぴったり」
「バイクレーン走れるんだよな?」
「もちろん。車幅もこのくらいだから邪魔にならないよ」
(これ、いい。欲しい)
物見遊山のつもりが本気になっていた。
トラムでも問題ないが、どうしてもロスタイムが生じる。目的地近くに駅があるとは限らないので時間節約ができる。
「カーボンスティックの燃料電池式だから充電要らず。便利だよ」
「これ乗るのには、どのライセンスが要るんですか?」
店員に詳しい説明を聞く。生活車両の扱いのようでかなりハードルも低いし車体も安い。夢中になって聞いていた。
「家の人に訊いてみます」
「うん、決まったら当店をよろしく」
店員も頼りになりそうだ。
「安くしてくれよ。俺の紹介なんだからよ」
「その分は投票権で還元してくれるんならね」
「任せとけ」
カタログをブックマークして店を出る。真剣に検討してみるつもりだ。
「んじゃ、駅まで送るぜ。後ろ乗れよ」
「え?」
意外なことに戸惑う。
「後ろならスカートでもOKだ。横座りすりゃいい」
「僕のバイクが来たから後ろが空いたしね」
「ちょ……、それ」
拒めない流れだった。
「とりあえず座れ。ハーネスはこうやって着ける」
「こ、こう?」
「おう、腕を通してな。引っ張ってカチって止まりゃ出来上がりだ」
身体をねじって安全装置を着けさせてくれる。いつの間にか準備完了してしまった。
「メット被って掴まれ。ハーネスはもしもんときの保険でしかねえ。腰に腕をまわせ」
「うん」
「ゆっくりな。僕も後ろで見てるから」
「ったり前ぇだ」
店員に見送られて走りだす。背中にすがって頬を肩につけた。いきなりの密着体勢に胸の鼓動が収まらない。
(どうしよう。ドキドキが伝わっちゃう)
でも身体を離す度胸はない。
顔が火照るが、その熱も風がさらっていく。二人をつなぐ体温だけが残る。ミュッセルに身を任せるとなぜか安心できた。
(ずっと、これだったらスツールリフト要らないかも)
おかしな妄想に頭が支配されていく。
「着いたぜ」
「速っ!」
つかの間の幸せに終わる。
「速いだろ? バイクって便利なんだぜ。親父さんに頼んでみろよ」
「そういう意味じゃ……、ううん、なんでもない」
「明日、学校でな」
二人は手を振りつつ走りだした。その背中もあっという間に小さくなっていく。
(せめて追いつけたなら)
色んな意味で一緒にいられるとエナミは思った。
◇ ◇ ◇
「お父様、お願いが」
「この前頼まれたσ・ルーンなら明日に届くそうだ」
エナミは帰宅した父セッタムにすぐさま相談する。だが、誤解したままダイニングに歩いていく。
「拡張性の高い装具だからな。これからなにを目指すにも慣らしておいて損はない。君から言ってくれて勧める手間が省けた」
そちらは問題なく要望が通っている。
「そうじゃなくて、あの……。別のお願いなの」
「違った? なんだい?」
「実は……」
話のわからない父親ではないが、このところお願いしどおしなので気が引ける。
「スツールリフトを買おうと思ってるんだけど、いい? こんなの」
「スツールリフト?」
「通学とか色々使おうかと思って」
カタログを投影パネルに出して見せた。
父は眉根を寄せている。ここのところ冒険の過ぎる娘に困っている様子だ。
「どうしても必要かね。通学ならトラムで十分だろう?」
納得していない。
「タイムロスを少なくできるの。そしたらクリオとも一緒にいられてお母様の助けにもなるし」
「ふむ」
「他にも色々便利になると思って。駄目?」
感触はあまり良くない。
「クロスファイトドームに通うためと言わないあたりが利口だと言っておこうか」
「それだって今より早く帰れるし」
「姉ぇ、早く帰ってくる?」
援軍が来た。使わない手はない。
「たぶんね。一緒には乗れないけど」
「父ぃ、姉ぇ早く帰ってくれるって」
せがんでいる。
「もちろん、貯めたお金で買うから。どう?」
「仕方ないな。万一のことがあったら禁止する。いいね?」
「はい! ありがとう、お父様。ライセンスも要るから同意書にサインして」
「段取りが良すぎるぞ」
苦笑いする父親にエナミは抱きついた。
次回『エナミの受難(1)』 「今更だっつーんだよな」




