地下訓練場(1)
円周スロープを降りてアリーナ地下訓練場にリフトトレーラーを乗り入れる。しっかりと広い駐車場と、その向こうには模擬リングが設けられていた。
(こんな場所が作られてるんだ)
グレオヌスは感心する。
国家ごとにライセンス制度は違う。アストロウォーカーやランドウォーカー、そしてアームドスキンのライセンス新設を急ぐ国も数多い。
星間管理局はライセンスをランク制にしていて、高位ライセンスを取得すると下位機種には乗れるようになっていた。船舶各種を除けば、アームドスキンライセンスは最高位資格になっている。
しかしライセンス取得は可能でも、滅多な場所でアームドスキンは使えない。試験場はあっても、宇宙以外の地上で動かせる場所は限定される。
そうなると困るのはクロスファイトのプライベーターである。ワークスチームのパイロットは自前のテストエリアがあっても、個人でアームドスキンを使えるほど土地を所持している富豪など一握りだ。
(で、ここを使うわけか)
地下訓練場の出番となる。
実機シミュレーターで練習を重ね、最終的にこの地下訓練場で確認作業をすることになる。あとはミュッセルのように新型機体の動作確認などに用いられよう。
「立ち上げますよ?」
今日は当然マシュリも同伴している。
「おう。うるせえな。先客がいる」
「トリアの日です。仕方ありません」
「賞金稼ぎのプロとワークスチームを除けば週末のトリアかレーネに借りるしかねえもんな」
障害物で見通せない奥のほうから戦闘訓練の騒音が響いてくる。彼らと同じプライベーターが練習に使っているものと思っていた。
「スペースに指定はあるのかい?」
区画で分けてあるのかと尋ねる。
「ねえ。適当に距離取ってやれってやつ」
「じゃあ見られてしまう可能性もあるか。面白くないね?」
「誰も俺が引退するとか思ってねえよ。新しいアームドスキンを段取りすっか、どっかと契約すっかして復帰するって踏んでる。こんなに早えとは思ってねえだろうけどよ」
ヴァンダラムを見られるのはどうかと思ったが、ミュッセルは手の内を明かしてもいいと考えている様子。それなら遠慮はいらないだろう。
「よーし、立てんぞ」
シートまでよじ登った美少年は起動させている。
「どうぞ」
「初エントリだ」
リフトトレーラーのウイングルーフが開き、赤いアームドスキンが立ち上がろうとする。するりと上半身が立ち、手を突いて腰を持ち上げる。前傾になり、グイと起こして直立姿勢になった。
「どうです?」
マシュリが具合を問う。
「思ったより粘りがあんな。パワーは十分だ。押されてるような感触があんぜ」
「特性に合わせた学習が進めば、もう少し反応は速くなると思われます」
「慣れるまでは戸惑いそうだ。だが重くはねえ。慣熟が必要なのは俺のほうだ」
機構の特性に関わる会話をしている。特殊な構造を組み込んでいるような台詞が漏れ聞こえてくる。マシュリの口調からして実験的な機構らしい。
「とりあえず肩周りと股関節だけでこれか。予想はしていたが癖が強えな」
「稼働時間によって温度変化があるかもしれません。そのあたりは、わたくしがデータ収集いたします」
メイド服のエンジニアは胸元に提げたコンソールを示す。すでに収集が始まっているのだろう。
「レギ・クロウも起こしましょう、グレイ」
「はい」
「修理部分の調子を確認いたします」
「お願いします」
灰色のアームドスキンも起動させる。リフトトレーラーから降ろして立ち上がらせた。洗練されたフォルムを持つ機体が並ぶと、ようやく同じステージに立てた気分になる。
(もっとも、ヴァリアント相手でも五分だった僕では、ヴァンダラムに乗るミュウとどれだけやれるかわからないけどさ)
同じ協定機で条件は同じだ。
(もう一度真剣勝負をしてみたい気もするけど、肩を並べて戦うのも悪くないな。当分はそっちを楽しむとしよう)
「軽く慣らす。ちょっと待ってろ」
ウインドウ内にヘルメットのミュッセルの顔。
「いいよ。僕も換装部分の調子見てる」
「万全にしとけよ」
ヴァンダラムがゆったりと歩きはじめる。歩き方の癖まで反映されていて面白い。ヴァリアントのように機械機械した印象がないだけ如実に表れていた。
(なるほど、格闘士タイプは人体に近ければ近いほど生身に近い動作ができそうだ。よく考えてある。さすがゼムナの遺志というところだな)
たまにくり返しやっている型をなぞる。そのままミュッセルの姿が重なって見えるほどに忠実に再現していた。空恐ろしいほどの追従性といえよう。
専用σ・ルーンとの親和性も問題ないようだった。協定機に乗るべくして生まれてきた人間と証明しているかのよう。マシュリが見出すのも当然と思えた。
「ふっ」
呼気とともに素早く手足が踊る。するするとポール型スティープルに近づいていくと打撃を加えた。歯切れのいい金属衝撃音が鳴る。
「いい感じみたいだね……、ミュウ?」
ヴァンダラムが左手をポールに当てている。
「烈波」
「げ!」
いきなり奥義を放ったミュッセルにグレオヌスは驚いて駆け寄った。
次回『地下訓練場(2)』 「ずいぶんと賑やかだと思ったら君か」




