ミュウのプレゼント
「ミュウ、いつ、こいつをデビューさせんだい?」
「待ってろよ、おっさん。まだろくに動かしてもねえんだからよ」
隣家のモーチウス家の主人ゾダロがやってくる。普段は気を利かせてあまり来ないようにしているが、ヴァンダラムを見て痺れを切らせてしまったらしい。彼は熱烈なクロスファイトのファンなのだ。それも、賭けるほうの。
「決まっても教えねえし」
ミュッセルは薄ら笑いで応じる。
「インサイダー情報になるから広めたりしないって。でも、こいつが動いてるとこが早く見たくてウズウズしてんだ」
「そんな先じゃねえから心配すんな。慣熟調整したらすぐ投入だ」
「頼むよ。楽しみで仕方ない」
(そんなのは俺も同じだっつーの)
学生の身分では時間が限られる。
「お預けだ。稼がせてやっからよ」
「本当か? 見掛け倒しはやめてくれ?」
「聞き捨てなりませんね。追い出しましょう」
マシュリが冷たい視線を送る。
「冗談だ、冗談。勘弁してちょーよ、マシュリちゃん」
「用が済んだら帰ってください」
「珍しくミュウが暇してるからかまいたくなっただけだって。今日も調整だけかい?」
今週は放課後直帰をくり返している。レギ・クロウの修理にヴァリアントの解体、ヴァンダラムの調整と時間が幾らあっても足りない状態。さらに別の用件もある。
「今日は荷受けしねえといけねえんだ」
グレオヌスと目を合わせて微笑する。
「なんか届く予定あったか?」
「もう時間だ。場所空けてあっから問題ねえぜ」
「それならいいが」
ダナスルが心配している。
そう言っているうちに左のシャッターに大きめの無人リフトトラックが入ってきた。端末で停止命令を出し、荷台の梱包を吊り上げる作業に入る。
「でかいじゃないか」
さすがにダナスルも気になった様子でやってくる。
「親父にプレゼントだ。開けるぜ」
「儂にだと? なんの風の吹き回しだ」
「珍しいこともあるもんだね」
チュニセルも顔を出す。
梱包を降ろしてトラックを帰すと開梱に入る。蓋を取って中身を吊り上げて横に出した。
「こいつは……」
ダナスルも珍しく目を丸くする。
「作業用アームドスキンだ。ゴート宙区で使ってる『ライトスキン』ってやつだぜ」
「小型のアームドスキンか」
全高は3m足らず。下半分だけの操縦殻に手足を付けただけのような作業機械である。上半分はケージフレームしかなくオープン構造になっている。
「訓練用じゃないのか?」
「違うって」
勘違いを正す。
「簡易反重力端子搭載の作業用だ。空は飛べねえが作業支持架で吊れる。重いもんも簡単に持ち運べるし、力のいる作業もお手のもんだぜ」
「儂に使えって?」
「ああ、また忙しくなっちまうからよ、なかなか手伝いができねえ。代わりにこいつに働いてもらう。グレイと一緒に賞金で取り寄せたんだぜ」
父親一人での修理作業は大変だ。忙しければチュニセルがクレーンまで扱う羽目になる。それを解消するためにライトスキン導入を決めたのだった。
「高かったろ?」
「なに、また賞金稼ぐさ。貯めてた分でヴァリアントの二代目を組むつもりだったのに、マシュリが気を利かせてヴァンダラムを組んどいてくれたから浮いた金だ」
有効活用する。
「僕もぜひともお世話になるお礼をしたかったので受け取ってください」
「すまん。助かる」
「いい子だね。夕食は奮発してあげようね」
チュニセルが満面の笑みで二人の背中を叩く。喜んでもらえたようだ。
「いい話だねぇ」
ゾダロは男泣きをしている。
「うちの息子もミュウくらい孝行者だったらよかったのに」
「ちゃんと勉強してんじゃん。そのうち返してくれるって」
「だといいがねぇ」
そんな話をしてから隣家の主人は帰っていく。彼も仕事が忙しいはずなのだ。
「では調整を行います。ダーナ様、お掛けになってください」
マシュリが促す。
「σ・ルーンが要るのかい?」
「ええ、一緒に取り寄せましたのでこれを。ライトスキン、作業支持架など総合的に操作できるようプログラムに改良を加えます」
「じゃ、頼む」
コンソールデスクでσ・ルーンの調整に入る。ダナスルとマシュリが掛かりきりになったのでグレオヌスと目配せを交わした。
「じゃあ、これで遊ぼうぜ」
「先に君が乗るのかい?」
「大丈夫だって。作業機械だぞ? パイロット切り替えできるようになってっから」
σ・ルーンの命令信号の違いにも対応可能で、何人でも登録できるようになっている。背部のスロットに反応用のカーボンスティックを差し込んで起動した。
「乗れよ、グレイ。登録すっから」
「ああ、お先」
広々としたシートに腰掛けさせる。σ・ルーンと同調させて簡単な調整を加えた。
「よし。じゃあ、手合わせすっか」
「いくら君でもこれは倒せないな」
「冗談だ。まず梱包の処分と、中の交換部品の整理からだぜ?」
箱を指差す。
「僕に仕事をさせるために先に乗せたね?」
「わかったら、さっさとしろよ」
「まったく」
苦笑いしながら動かしはじめる。パイロットだけあって手慣れたものだ。トリガーボタンなどなにもないフィットバーを器用に操る。
(さて、これでチーム戦で忙しくなっても親父に苦労させないですむぜ)
ミュッセルは少し安心できた。
次回『地下訓練場(1)』 「よーし、立てんぞ」




