再始動は大変(3)
結局、決勝翌日のポセの日のミュッセルは情けない面持ちのまま夜中まで掛けてヴァリアントを解体した。構内クレーンを使って中庭の廃棄スペースへと積んでいく。
(操縦殻と対消滅炉の取り出しは明日にしよ。心が折れそうだぜ)
泣く泣くの作業である。
思えば二年近く赤い機体に乗ってきた。初期は思ったほど動いてくれず、苦汁を飲んだことも少なくない。マシュリが来てくれて手を入れてからは、ともに勝利を喜ぶほうが多かった相棒ともお別れだ。今は惨憺たる有様である。
「ありがとな。使えるとこはちゃんと流用すっからよ)
歴史ある傷跡に指を這わせた。
アームドスキンメーカーのワークスマシンならとっくに換装しているような装甲もずっと使ってきた。プライベーターでもチームを持ってるようなところは、スポンサーの手前綺麗に維持する。
数少ない、彼のような本当のプライベーターだけが騙し騙し装甲を使いまわしたりする。ファンの中には味が出ると評する傾向はなくもないが、現実には定期的に交換するほうがいい。ひと試合で機体に蓄積するダメージが変わってしまう。
「成仏してくれ」
最終的には自分で引導を渡した形。それも、勝利で飾ってやれなかった。後悔はないが無念だと感じなくもない。これから組む二代目はもっといい思いをさせてやりたいと思う。
(ゆっくり休めよ)
ミュッセルは高輝度ライトでひととおり照らしたあと自室へと戻って眠った。
◇ ◇ ◇
「早く帰るぜ」
「ああ」
「今日も忙しいかんな」
レギ・クロウのパーツが届いているはず。組付けの作業はさすがにマシュリ一人ではできない。三人掛かりでの大仕事が待っている。
「じゃあなー」
「復帰の目処がついたらすぐに教えなさいよ!」
フラワーダンスメンバーに見送られる。
リフトバイクのリアシートに座る親友は口数少ない。ずっと塞ぎ込んでいる様子だった。
「気にすんなっつってんだろ?」
「でもさ、君のほうは目処もついてないのに僕の機体だけ形になるのは申し訳なくって」
「ったく」
見た目のわりに繊細な狼である。
「だから、『ツインブレイカーズ』の立ち上げはいつのことになるかわかんねって言ってんだろ。なんだったら、お前はソロで出てろ。腕が鈍らないようにしろよ?」
「もちろん。でも気が乗らないな」
「無理にでもアゲて稼げ。例のもん、発注したんだからな。既製品だから近日中には届くんだぜ?」
二人だけの別の計画も進行中である。トレドは幾らあってもかまわないのだ。高額賞金のオープントーナメントの優勝、準優勝が揃っていても、金食い虫のアームドスキンの維持は苦労する。
「力仕事だ。気合い入れてけ」
「うん」
返事を聞きながらリフトバイクを減速してシャッターをくぐる。中には梱包された大荷物が並んでいて、隙間を縫って駐車しなくてはならない。
「え!?」
「どうした? 足らないか?」
「違っ!」
グレオヌスが指差す先を見る。レギ・クロウの隣の基台には真新しいアームドスキンが堂々と立っていた。もちろん真紅に塗装されている。
「う……あ……」
「お帰りなさいませ。梱包の確認をしたら解いて作業に入りますよ」
マシュリはレギ・クロウの前で待っている。
「そうじゃねえ! あれは?」
「計画どおりではありませんか、ミュウ。あなたの要望と基本スペックを反映させた機体です。完成しておりました」
「完成しておりました、じゃねえ!」
新品のアームドスキンはヴァリアントのような無骨なシルエットをしていない。かなり人体に近いフォルムをしている。それなのに、どこか勇ましさも持っていた。
「重力波フィンタイプ。やはり構想していたんですね?」
グレオヌスは妙に納得顔で言う。
「パルススラスターはリングではそれほど有効ではありません。小型の端子突起も瞬時の出力可変に劣ります。必要不可欠です」
「俺の要望どおりの機体なんだな?」
「ええ、『ヴァンダラム』は望み通りに動くでしょう。気は済みましたか? では、レギ・クロウの修理をします」
「そんな殺生な!」
思わず嘆く。
「ここに来てお預けかよ」
「ですが、レギ・クロウを復旧しなければチーム『ツインブレイカーズ』の立ち上げは叶いません。修理が最優先です」
「なんだけどよぅ」
泣き言になってしまう。目の前にご馳走をぶら下げられて後まわしにされるとムズムズして集中できない。
「悪いね、マシュリ。ちょっとだけ触らせてやっておくれよ」
チュニセルが助け舟を出してくれる。
「仕方ありません。少しだけですよ。今日中に組付けだけ完了する予定なのですから」
「死ぬほど働くから頼む」
「僕からもお願いします。どうせ入荷確認する時間が要りますから」
グレオヌスもフォローしてくれた。
「一緒に内容確認しようと思っていたのですがあきらめます。今後はレギ・クロウの換装部品もここで製造管理する予定なのですから」
「シシルに頼んで設計図を送ってもらいますから」
「わかりました。では、ミュウ、乗ってください」
ミュッセルは喜び勇んでマシュリを急かしつつスパンエレベータに飛び乗った。
次回『ヴァンダラム(1)』 「未練たらしく座っていては作業になりません」




