新世代たち
なにを急いでいるのか、幹線道路を爆走する二台のリフトバイク。バイクレーンの先行車をギリギリで追い抜き、ときにカーレーンまで若干はみ出しつつスピードを上げる。交通管制システムの信号を無視して走り続けた。
ところが、派手にスライドしながら交差点をカーブしたところで二台に影が覆い被さる。ギョッとしたライダーは上空を見上げた。
「よーし、お前ら、そこまでだ。それ以上暴走するようなら車体はあきらめろ?」
「げぇ!」
上には真紅のアームドスキンが飛んでいる。肩や胸の装甲のエッジには警告灯が施され、今は眩しい赤い光が往復して走っていた。
「天使の仮面を持つ悪魔!」
「ほぉ? いい根性だ。今日も痛い目見ねえとわかんねえようだな?」
「なんでMSSOが俺たちばっかり」
「うっせ。タレスが平和すぎんだ。お前らみてえな悪戯小僧の相手くらいしかやることねえんだよ」
パイロットのミュッセル・ブーゲンベルクはメルケーシン特別保安機構の中心人物。首都防衛の最強部隊が彼らのような交通犯罪者を追うほうがおかしい。
「わかったなら黙って止まれ。今なら吊り下げるだけで勘弁してやる」
「またかよ。やめてくれよ、恥ずかしいんだから」
「性懲りもねえお前らが悪ぃ」
幾度となく検挙されてきた少年二人をヴァン・ブレイズが摘み上げる。そのまま連行するつもりなのだ。大人気のアームドスキンだけあって、交通システムによって停車させられた車列の人々が見上げている。さらし者になった気分だ。
随伴してきた警察機が二人のリフトバイクも回収する。前回と同じなら、星間保安機構につれていかれて説教&罰金のフルコースである。
「はぁ、運がない」
「あきらめろ。メルケーシンに俺様の目の届かねえところはねえ」
指さされて笑われながら少年たちは項垂れた。
◇ ◇ ◇
カタストロフ事件から四年の月日が流れている。
キナ・クラマランはスツールリフトを古臭い工場に滑り込ませる。まだ朝早いのに仕事を始めているのかサインパネルは点灯していた。そこには『ブーゲンベルクリペア』と表示されている。
「おはよう、師範代!」
適当に駐車して挨拶する。
「早えな、キナ」
「師範代、今日、非番だよね?」
「おう。学校終わったら稽古つけてやるから来い」
「やったー!」
彼女のリクモン流の師匠は弱冠二十歳にしてメルケーシン方面警備部の中心人物であるばかりか、道場でも師範代の肩書を持つ。今は『MSSO』のロゴが入ったトレードマークの真紅のフィットスキンでテーブルに着いて朝食の最中だった。期待どおりの答えをもらえてキナは躍り上がる。
「ヘーリテ、まだぁ?」
「あ、ごめんね、キナ。昨夜ちょっと遅くまで兄様と話してて」
狼系獣人の少女が欠伸をしつつ現れる。
「グレイは元気そうか?」
「はい、ミュウ兄様。ようやく例の任務が終わったそうです」
「あいつも第二遊撃艦隊のエースパイロットだもんな。忙しいだろうぜ」
親友のヘーリテの兄グレオヌスは師範代ミュッセルの相棒ともいえる存在。彼が公務官学校を卒業する二年前までは『ツインブレイカーズ』という伝説級のチームを組んでいた。
「師範代も目立ってるじゃん。今朝アップのニュースにヴァン・ブレイズ映ってた」
「どうせ昨日、とっ捕まえた小僧どものときのだろ。あんなん仕事してるうちに入るかよ」
ミュッセルはスクール卒業後、星間保安機構に入隊して機動部隊に所属していた。そして、一年の見習い期間終了後は発足された特務警察『MSSO』のトップパイロットとして活躍している。噂では、ユナミ・ネストレル本部局長肝いりで、彼のために設けられた部署だといわれている。
「そんなことより気合い入れてけよ。来週にゃ翠華杯が始まんぞ」
ミュッセルが片眉を上げて言う。
「うん、楽しみ」
「フラワーダンスに目にもの見せてやりたいんだろ? 骨が折れるどころじゃねえぜ」
「だいじょぶ。ヘーリテも調子いいし、パーシュもヴァッチもキクリーも絶好調」
チームメンバーは全員スクール生女子。へーリテとパーシュがショートレンジシューター、ヴァッチとキクリーは砲撃手メインだがかなり走れるようになった。そして、キナも試合中でも高確率でリクモン流打撃が通るようになってきている。コーチしてくれるミュッセルのお陰だ。
「絶対女王『フラワーダンス』に勝つのはキナたちなんだから」
「うん、頑張ろうねぇ」
ツインブレイカーズと並んで語り草になっているフラワーダンス。キナたち五人と同じくヘーゲルワークスのチームは、2シーズン前など七大メジャータイトル全てを両チームで独占するという快挙を成し遂げた。
ヘーゲルの正所属パイロットとなった今はアームドスキン『ユニバース』を操る屈指のチーム。姉貴分とはいえ、とてつもなく強大な壁である。
「格闘士タイプをトップに置いたチームで人気出てきてるから斡旋も順調にもらえてるし」
「そこは実績でって言おうよ、ヘーリテ」
ブーゲンベルクリペアにステイ中の親友に文句をつける。
「はいはい。エナミ姉様はどこに?」
「今日は実家のほうだ」
「お帰りになられたんですね」
師範代の恋人エナミは局長の孫という重要人物。それなのに彼女にも物腰柔らかく接してくれている。ただし、フラワーダンスのコマンダーというライバル関係にあるので一線を引いていた。
「ほんと、わかんねえよ。籍入れるっつってんのに中央公務官大学卒業するまで恋人同士でいたいとか言ってよ」
ミュッセルは渋い顔。
「そこは乙女心だよ、師範代。複雑なの」
「だって、週の半分以上はうちで暮らしてんじゃん」
「微妙な距離感が恋を深めるのー」
「わかんね」
エナミは大学の政務科学生。入局するつもりはないと言っているが将来のことを考えて両親に説得されたらしい。
「ともかく、フラワーダンスに一矢くらい報いてやれよ。せっかく委託製造の『ヴァン・ダルブ』をまわしたし、お前には俺様お手製の試作機を使わせてやってんだからな?」
「はいです」
基台に立つ彼女の紺色のアームドスキンは師匠のヴァン・ブレイズの量産フィードバック機である。
「ヘーリテも乗れてきたから、そろそろお袋さんが動いてくれんだろ」
「レギ・クロウ、乗り換えるの?」
「うーん。もうちょっとかな?」
兄のお下がりのアームドスキンも十分に高性能機だと思うが、親友は持ち前のセンスで乗りこなしている。とても、ホームステイに入ってから乗り始めたとは思えない。
「急がないと遅刻いたしますよ?」
臙脂色のメイド服姿のエンジニアに急かされる。
「さ、行きましょ、キナ」
「うん! じゃ、チーム『ブレイクダンス』発進!」
キナは威勢よく学校に向けてスツールリフトを走らせた。
<完>
完結です。総括的「あとがき」を同時更新していますのでよろしければ。