クロスファイトフェス(3)
「グレイ選手、ミュウ選手の地を裂くが如きショットをグリップエンドで叩き落としてからの一閃! 決まるのかぁー!」
黎明期からの経験と目が培われていなければ、フレディにもとても実況解説など出来はしない。
「しかし、その狙い定めた一撃もわずか数cmの隙間を残して半身になったヴァン・ブレイズの鼻先をすり抜けていったぁー! 一転してスイング中のレギ・ソウルがピンチぃー! ここぞとばかりに踏み込んでショートフックで崩しにいくもグリップが引き戻されているぅー! 慌てたミュウ選手が手刀で手首を叩いて逸らし、事なきを得たぁー!」
目まぐるしく展開する攻防をすべて言葉にするなど不可能。この二人に至っては、どちらかが優勢などとお茶を濁すのも難しい。仕方なく「火を吹くかのような攻撃が互いにぶつかる」などと抽象的な表現を挟みながらになる。
「油断も隙もねえじゃん」
「君相手に油断するとか、いつから僕を間抜けだと思っているんだい?」
彼を慮ってくれているのではないだろうが、二人の少年は言葉を交わしつつ激突している。邪魔しないように控えるフリをしながら繋ぐのも可能。
「ミュウ選手、一歩引いたぁー! これは烈波への布石かぁー!」
レギ・ソウルが間合いを押しつぶすように横薙ぎの一閃を放つ。足運びを崩さないためにスウェーひとつで回避を試みるヴァン・ブレイズ。頭上を抜けたところを貫手でグリップを突いて弾こうとした。
ところがグレオヌスが強引にグリップを引き寄せ、そこから突きに転じる。あまつさえ、その突撃は手首の返しによるスクリューショットとなっていた。
「げえっ!」
「その気になれば掌底撃に持っていくのも可能かもしれないな」
スピンするブレードは向心力を持っている。それが通常の突撃より逸らしにくい性質を孕んでいた。僅かな差ではあるが、この二人の攻防において僅かな差が次の一撃を大きく左右する一面を持つ。
「ミュウ選手、少し崩されたぁー! 絶好機にグレイ選手の拳が溜められているぅー!」
今にも発射されそうなパンチを解説する。
「しかし、それは本当に好機なのかぁー! わたくしにはミュウ選手の誘いにも見えてしまいますぅー!」
「余計なこと言うんじゃねえ!」
「助言感謝しますよ」
少し重心を残してレギ・ソウルがパンチを放った所為で、ヴァン・ブレイズは左腕を絡め取りそこねてしまう。「ゴリッ!」という擦過音を残して両機は一度間合いを切った。
「くっそ。フレディに読まれるような誘いじゃ通用しねえ」
「君らしくもなくグラップラーみたいな絡め手を使おうとするからさ」
「手管なしでお前が崩れてくれるもんかよ。意表突かなきゃ、決定機に持ち込めねえだろうが」
ゆったりと再び構えを作っていく二人の少年。実戦さながらの中身の濃い攻防にアリーナの観客は熱狂し、逆に選手は苦い面持ちになる。
「低い位置からのヴァン・ブレイズの蹴撃が火花を散らして駆け抜けるぅー! なんと両手ではありますが、レギ・ソウルは受け止めたぁー! 凄まじい激突音がメルケーシンの裏側まで響き渡るぅー!」
本日、一番のフレディの出番はまだ終わりそうになかった。
◇ ◇ ◇
頬を引きつらせながら順番の回ってきたファンと握手するビビアン。その男の半笑いから自分がどんな表情をしていたか気づく。慌てて取り繕った。
「ご、ごめんね」
苦笑しつつ手に力を込める。
「大丈夫です。お気持ちわかりますから」
「ちゃんとしたファンの方で嬉しいです」
「でも、ビビアン選手。よく、あれに勝てましたね?」
痛いところを突かれた。
「ああ、ううん……。なんて言ったらいいのかな?」
「困らせてすみません」
「いいのいいの。あたしたちもリングにいるときはきっと別人」
身体の興奮状態を語っても選手じゃない人には理解しにくいだろう。だから直接的な表現で伝えようとする。
「リングは選手を変えてしまう」
少し考える。
「ううん。リングでスイッチが入る人間だけが戦える場所って気がする。そこに別のものを求めるような邪念がある状態だと、あの二人には絶対に敵わない」
「理解できる気がします」
「だから、そのまんまの赤裸々なあたしたちを単純に楽しんでくれるといいな」
そのファンは何度も感謝を口にしつつステージを降りていった。なんだか嬉しくなった彼女も手を振って送る。
「ビビアン選手、格好いい!」
「そう? ありがとう」
次にビビアンの前に来たのは小さな女の子のファンだった。
◇ ◇ ◇
「おっと、これは意外にも全選手が苦戦しております!」
二十分に及ぶエキシビションが終わったあとの企画コーナーを実況するフレディ。ところが思いがけず進行の遅い企画をどう扱ったものか困ってしまった。
「思ったよりも男子選手が非力なのか、女子選手が重いのか!」
「重いとか抜かしたわね? あんた、憶えときなさいよ!」
デオ・ガイステのヤコミナ選手が目を剥いて怒っている。彼女を抱きかかえて走っている男子選手は言葉を発する余裕さえない。
「これは企画倒れかもしれません! ビビ選手を抱えて走ったミュウ選手をオマージュしたコーナーなのですが、タイムどころかゴールにたどり着けるかどうかの勝負になってしまいました!」
「必死だった俺様をネタにして遊んでんじゃねえ!」
マイクを通した派手なツッコミにアリーナは爆笑に包まれていた。
次回最終話『クロスファイトフェス(4)』 「それほど不思議とは思っていません」