クロスファイトフェス(2)
「それでは選手の入場です!」
フレディは南側を手で指し示した。
意図的に暗くしてある待機スペースから鈍い光を反射しながら進んでくる影。照明の欠片を浴びると、そのアームドスキンは清廉な輝きを放った。
「南サイドからの入場は『狼頭の貴公子』『ブレードの牙持つウルフガイ』『無双の神剣』、今やクロスファイトを代表するフェンサー、グレオヌス・アーフ選手ー!」
「エキシビションだから控えてくれるなんて甘い幻想でした」
「もちろんでございます!」
四方八方に向いた上空の超大型投影パネルにはアナウンスする彼の姿とコクピット内の狼頭の少年の顔も大写しになっている。一見、普通に会話しているように見えた。
「乗機は『戦塵の剣と拳』『闘魂の化身』『リングの覇剣』、豪壮を体現するアームドスキン、レギ・ソぉーウルぅー!」
「もう、お好きに調理なさってください」
「ちなみにわたくしの大好物は妻の手料理です!」
「誰も聞いてません!」
事件後は再び隔離されて隅々まで除染された機体は厚めに塗布したビームコートのお陰でツヤツヤと輝く。相手が相手なので馴染ませてきてあるのか、よく見られるように関節から蒸散剤の粉を落としている様子はない。
「対して北サイドからの入場するは『天使の仮面を持つ悪魔』『紅の破壊者』『震撼の剛拳』、史上類を見ないストライカー、ミュッセル・ブーゲンベルぅーク選手ー!」
「ほほう?」
「なにか含みがある模様ですが置いておきます!」
上空の投影パネルに浮かぶ赤髪の顔はまるで美少女。それなのに、今は目を細めて、いかにも物言いたげな空気を醸し出している。
「乗機は『血塗られたスレッジハンマー』『唸る灼炎』『吸血の拳』、真紅の炎風がリングを焦がす! ヴァーン・ブレぇーイズぅー!」
「いい根性してんじゃん。それに免じて本気で相手してやんよ」
「なんのことでしょう?」
「今日はてめぇも生身さらしてんの忘れたとか言わせねえぜ?」
この日の彼フレディ・カラビニオはリング整備車の引く特製トロッコに乗っていた。普段は自己紹介時に一時映されるだけの甘い顔もアリーナから直接見える。二機の間に挟まれている形なので二人からも手の届く位置。
「なあ、相棒。いい機会だから、こいつ締めてからにしねえ?」
「たしかに色々問い質すには絶好のタイミングかもしれないな」
「なんと窮地に陥ったのはわたくしでしたぁー! ここは逃げの一手しかございませんので邪魔者は撤収いたします!」
「邪魔じゃねえからゆっくりしろよ」
ミュッセルのドスの利いた言葉に圧されるように整備車が急発進する。フレディはトロッコの手すりに掴まってアリーナに手を振りつつ逃げ出した。
「ちっ、ケツまくりやがった」
「君が脅すからさ」
移動しながら二人の会話をインカムでモニタしておく。計算していたわけではないがマイクパフォーマンスにはちょうどいい間になるだろう。
「最近はフラワーダンスとの合同訓練ばっかだったから、アームドスキンでお前とガチンコは久しぶりじゃね?」
「そうかもしれないな。対抗戦するにしても、間に何人か挟んでいたかも」
彼らも望んでいた機会らしい。
「ずいぶんと華々しい舞台を用意してもらったんだ。とことん楽しもうじゃねえか」
「願ってもないことさ。これくらい広いスペースをもらえると腕が鳴る」
「新しいリングに俺たちの足跡をきっちり刻んでやろうぜ」
勇ましい姿勢で対峙する20mの巨体同士が語り合う。とても見世物とは思えない会話にアリーナの期待もいや増すばかりの雰囲気だ。
「はい! 無事、実況席にやってまいりました!」
水を一口飲んで準備万端である。
「それではエキシビションマッチ、ミュウ選手対グレイ選手の試合を開始いたしたいと思います! 準備はよろしいですか?」
「いつでも」
「おう、やってくれ」
「では、ゴースタンバイ? エントリ! ファイっ!」
障害物のない、アリーナから全て見渡せるオープンスペースで赤と灰色の戦慄が轟然と駆け出す。中間地点で向き合うと、左の拳同士が凄まじい音を立ててぶつかり合った。砕けたビームコートどころか金属の発する火花までもが撒き散らされる。
「お、お二人さん? これはエキシビションですよ? 機体が壊れるほどのバトルはちょっと……」
「うっせえ! 邪魔すんじゃねえ!」
「無粋はやめてくださいね?」
全く手加減する気はなさそうだ。運営は軽い訓練程度の試合を依頼していたのに、当人たちからはそんなつもりは欠片も感じられない。
「相変わらずの暴走っぷりは健在です!」
呆れつつも解説を加える。
「グレイ選手のブレードが赤いボディを削りにいくぅー! しかし、ミュウ選手は真正面から迎え撃つぅー! 信じられません! ブレードの切っ先がブレードナックルと激突して、まるで花火を上げたような有り様だぁー! これは激しいー!」
一度離れるも、すぐにぶつかり合う。ブレードが突き入れられ、腕の甲のブレードスキンで紫電を弾けさせながらこすれていく。勢いよく跳ね飛ばすと、ヴァン・ブレイズが瞬転スピンして肘を飛ばした。脇腹をかすめてビームコートが砕けた白い粉を散らす。
フレディはとことん付き合うしかないとあきらめた。
次回『クロスファイトフェス(3)』 「ミュウ選手、少し崩されたぁー!」