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ゼムナ戦記 クリムゾンストーム  作者: 八波草三郎
モンスターブレイカーズ(後編)
403/409

グレートクリムゾン(5)

 ミュッセルが打ったのは瞬速の、ただ一撃のみの右正拳突き。軸足から脊椎(メイン)フレーム、肩から拳へと一直線の綺麗な芯は通しているがパンチに過ぎない。

 しかし、その一撃はカタストロフの腹に手首まで埋まっている。下門撃で(ひび)が入っていた腹の真ん中に。そして、怪物はぴたりと動きを止めていた。


「いくらなんでもそれじゃ……。早く空間エネルギー変換(コンバータ)システムによる攻撃を」

「そうでもねえぜ」

 メリルの進言を否定する。

「如何なとんでもねえ怪物でもよ、一つ残らず細胞壁まで破壊されりゃ生きてらんねえじゃん」

「そこまで?」

破旋(はせん)の浸透系衝撃波は全身駆け巡ってるぜ」


 まず、斬られていた両腕の断面から赤みがかった液体がこぼれ落ちる。それは徐々に全身に波及していき、節々からも垂れ滴っていた。

 首が途中から外れて落ちる。切れたのではない。それは中身の抜けた外側の甲殻だけだった。


「撃滅した……?」

「おう。俺様の最強奥義だぜ? 一撃だ」


 肩の甲殻も外れて落ち、上半身からぼろぼろと崩れて落下する。妙に虚ろな音が響き、全身が甲殻の部品になって転がっていた。生物的な残滓といえばリングの人工土に広がる赤黒い染みだけ。


「か……、カタストロフ撃破ぁー! ツインブレイカーズの勝利ぃー! ここに終了のゴングが鳴り響きますぅー! 二人の少年がメルケーシンを! そして星間銀河圏の平和を守り抜きましたぁー!」

 フレディの断末魔のようなかすれきった声が宣言した。


 右腕を一つ振ったヴァン・ブレイズが両腕を掲げる。「うおおりゃぁー! どうだぁー!」と号砲をあげる。


「お見事。お疲れ」

「お前は最高の相棒だぜ」

 ベストタイミングで理想の攻撃を放ったグレオヌスを讃える。


 両の拳を強めに打ち合わせてグータッチをし、ハイタッチしながらすれ違うと勝利を示す片腕を掲げて見せた。リング内のドローンのライブ配信を観ている観客に向けて。


 ミュッセルは満足げに息を全て吐いた。


   ◇      ◇      ◇


 メインゲートが開いて真紅と薄墨色のアームドスキンが歩いて出てくる。入れ替わりに後処理の星間(G)平和維(P)持軍(F)機が入っていくが目に入らない。今はただ、エナミは愛しい人の無事な姿が見たかった。


「終わりました」

「決めてやったぜぇ!」


 降着姿勢になった二機から二人が降りてくると待機していたクロスファイト選手の集団が殺到してハイタッチやハグを交わす。ボトルの水を掛けられ、頭から肩から至るところを叩かれ、もみくちゃにされながら近づいてくる。


「約束どおり、すぐ戻ってきたろ?」

 彼女は無言で頷く。

「なんて顔してんだ。喜べよ」

「うん……」

「まったく、可愛い顔が台無しじゃねえか。そんなん記録に残せねえぜ」


 涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔を、ミュッセルが抱き寄せて胸に隠す。力強い腕に包まれてようやく安心感を得ることができた。


「さすがだな、我が生涯のライバルよ」

 テンパリングスターのレングレン・ソクラの声が聞こえる。

「うっせ。誰がお前なんぞと一生付き合うかよ」

「つれないこと言ってくれるな。共に戦った仲じゃないか」

「次はぶん殴る相手でしかねえじゃん」

 肩をすくめて去っていく足音。


 エナミはいつも変わらない想い人の胸に強く顔を押し当てた。


   ◇      ◇      ◇


「暇だな、グレイ」

「仕方ないさ。いいかげん、この環境にも慣れたろう?」

「そうだけどよ」


 事件から三日、ミュッセルとグレオヌスはまたも星間管理局本部の衛生隔離棟のお世話になっている。今日の夕方には解放される予定だが、それほど広くない場所だけあってろくに身体を動かしていない。


「満足か、相棒?」

 上機嫌を隠さない戦友の顔をしみじみと眺める。

「それはもちろん。報告したら父にも労いの言葉をもらえたし、あの『ファイヤーバード』から直接お褒めの言葉もいただいたんだからさ」

「あの偉そうな姉ちゃんか。そんなに名誉なことかよ」

「星間銀河圏で一番有名な司法(ジャッジ)巡察官(インスペクター)じゃないか。V案件は司法部が仕切ってるから、あんな大物とも親しく言葉を交わしてもらえる」

 妙に喜んでいるのは認められたからだろう。

「ゼムナの遺志関係の身内ってのも苦労があんだな」

「なにを言ってるんだい? 君は当事者じゃないか」

「おっと、そうか。つい忘れがちになっちまう」


 マシュリの澄まし顔と仕打ちを思い出すとどうも腑に落ちない。尊重されているとは欠片も思えないからだ。


「なに、のほほんとしてるのよ!」

 後ろから噛みつくような声。

「騒ぐなよ、ビビ。こんな荘厳な雰囲気の場所でよ」

「落ち着き払っているあんたが気に入らないの!」

「まあ、解放されたあとは大変な騒ぎになるだろうからな」

 グレオヌスがフォローしている。

「あきらめなよ、ビビ」

「そうそう、ミュウじゃしょうがないし」

「図太さじゃ勝負にならないのにぃ」

「平常運転」


 もちろん、フラワーダンスメンバーを始め、協力チームの選手は軒並み隔離されている。隔離棟はいつになく賑やかだった。


「だいたいね、あんたが余計なことしなきゃエナまで隔離されなくてよかったのに」

「余計なことってなんだよ」

「濃厚接触したじゃない」

「濃厚接触言うなぁー!」


 真っ赤になってる恋人の横でミュッセルは吠えた。

次はエピソード『新たな幕開けへ』『クロスファイトフェス(1)』 「あんなスティープルのないとこだとお粗末な鬼ごっこにしかなんないわ」

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