グレートクリムゾン(3)
そこかしこにヴァラージの分体がひそんでいるかと思うと急にリングが広く見える。しかし、ミュッセルもグレオヌスもそれで尻込みしたりはしない。
「映像解析でカタストロフが自切したところをピックアップするわ。元はただの組織片だからサイズも移動力も知れてる。はず?」
メリルにも確証はないようだ。
「ポイントを上げてくれれば僕が掃討します」
「んじゃ、俺が本体担当だな」
「私がポイントに合わせてミュウに危険を知らせる」
メリル、エナミを加えて役割分担をする。別行動になる危険性を排除しつつ事態を進める方法だ。本体も分体も危険に変わりないのでどちらかを先に撃滅すればいいというものではない。
「なんとぉー! カタストロフがリング中に罠を仕掛けていたぁー! 有利かと思われたツインブレイカーズが途端に窮地に陥るぅー! 恐るべき怪物を少年二人は退治できるのでしょうかぁー! 被害は外に漏れておりませんが、すでに突入から三十分以上が経過しております! 二人のスタミナも気になる頃合いでーす!」
交信全てがライブ配信されているのではなくマシュリがオンオフしている。生音声を聞いているフレディが程よく吟味した情報と作戦内容を暴露しているのだ。
(悪賢い奴だぜ。だがよ、てめぇは一つだけ失敗を犯した。とんでもねえ重大な失敗をな)
戦況は悪くなったのにミュッセルの凄みある笑みは深い。
「先に移動ルート周辺からピックアップしてる。どうしてもジグザグになっちゃうけど」
エナミがナビする。
「そこまで気にしなくていい。レギ・ソウルとのリンクで俺が発見した分体もすぐに焼く。逆に囮になるくらいが手っ取り早ぇ」
「そんなの危険だもの」
「いいか、エナ。お前ならなんとなく感じてんだろ? こいつは好機なんだ。時間を掛けねえのが正解だろ?」
すぐに返事が帰ってこないのをみると彼女も理解している。
「……そうだけど」
「一気に仕掛ける。奴に次をやらねえ」
「ラジャ」
不満を含んだ声音だが了解を得る。
ミュッセルはプラズマ爆弾を手に走っている。若干ショートカット気味のルートを取ると、倒れたスティープルの下から生体ビームが飛んでくる。戦気眼で読んでいた彼はするりと避ける。
手の爆弾を射点に放り込んで爆発させた。すると分体が高熱の青白い炎の中から逃げ出す。しかし、天から落ちてきたビームが引導を渡した。
「どんなもんだ、相棒?」
「三分ってとこだな」
「それじゃ、俺がカタストロフを食っちまうじゃん」
ピックアップが終了したマップを見ている。あくまで予想なのでポイントの範囲は広め。グレオヌスは探りながら滅していかないといけないので手間だ。
「勝負するかい?」
「いや、やめとく。その代わりな……」
ミュッセルは作戦を伝える。
「ちょっと危うげじゃないか? そもそも確実性は?」
「問題ねえはずだ。駄目なら仕切り直す」
「長い一日にならないことを祈ろう」
とはいえ、すでに作戦開始からは三時間近く経過している。二人が集中できているのは脳が出している興奮ホルモンの所為。気が緩んだ瞬間、糸が切れたように疲れが襲ってくることだろう。
「おらよ」
分体のフォースウィップを弾いて蹴りつける。飛び離れるところにプラズマ爆弾を抱かせて起爆させた。今度は直撃して消し炭になる。
「見えたぜぇ?」
赤茶色の駆体が急接近する。
「覚悟はいいんだろうな?」
「シュルシュル……」
「喰らいやがれ」
一切スピードを緩めず飛び込ませたヴァン・ブレイズが胸に掌底を当てる。即座に烈波を放つとカタストロフは大きく仰け反った。
しかし、それも罠。一撃加えられたフリをして若干抜いている感触。そして、後ろには分体が飛び出し、生体ビームのレンズを輝かせた。
「透けてるっつってんだろ!」
予想ポイントを通過したのはミュッセルにもわかっている。意図的に無視したのだ。後ろから狙ってくることも想定している。
彼は左手に持っていた物を後ろに放る。十分に近づいたところで起爆した。プラズマ爆弾ではないそれは、直径30mの消失点を生んだ。
「プラズマ爆弾の衝撃で姿勢を崩すと踏んでたろ? そうはいくかよ」
分体も消失している。
「ちょっと! これで君の手持ちの反物質爆弾はないじゃない。どうやってカタストロフを撃滅する気なの?」
「いんだよ、これで。今からこいつの失策を炙り出してやる」
「ったく」
最後の手段と考えていたであろう反物質爆弾を気前よく放り出したミュッセルにメリルは呆れ声を出す。彼女にしてみれば制御の効いていない攻撃だったろう。ただし、それも必要な手順なのだった。
「さっきので崩せなかったのは大きいなぁ?」
本当なら畳み掛けるつもりだったはずのカタストロフに当てつけがましく言う。
「なぜならよぉ、自切しまくったてめぇはエネルギー不足になりかけてんだろ」
「シュー」
「なのに俺様を懐の中に入れちまった。今のてめぇは連撃に耐えられる状態じゃねえ」
地をこするように放った左拳が直撃する。今度は確かな手応えがある。反動で振り子のように右も走らせた。苦しみに悶える怪物の顔面に叩き込む。
(お粗末だな。それだけ無意識にも追い込まれちまってた証拠だぜ)
ミュッセルは哄笑しながら拳と足刀を交互に打ち込んだ。
次回『グレートクリムゾン(4)』 「俺を打ち負かしゃ生き延びる目はなくもねえ」